第13話 急転
翌日、すぐに藤咲に謝った。昨日、紗香に話した内容とほぼ同じだ。予想通り、特に怒られることはなかった。気にしてないよ、と笑顔を向けてくれる。
だが、言葉と裏腹に、好感度は大きく下がっているかもしれない。藤咲が怒っている姿をあまり見たことがない。表に出していないだけかもしれない。
「大楠君のことだもん。何か事情があるんでしょ」
そんな俺の疑念を打ち破るように、気遣いの言葉をかけてくれる。
「だから謝る必要なんてないよ。むしろ、そんなに謝られると、本当になにか悪いことしてるんじゃないかって怪しんじゃうよ」
話していなかったことは悪かったが、実際、悪いことをしたわけではない。江南さんの依頼を受けたのは、紗香の勉強を見ようと決める前だった。藤咲自身も、何か命令してほしいと言ってきた。だから、藤咲に頼んだのだ。
「藤咲、ありがとう。一応、お詫びはするよ」
「え? いいって……」
「いや、なんか俺の気が済まないから。それに、紗香も藤咲のこと気に入ってたからな」
人見知りな紗香が、一日で人を好きになるのも珍しい。それだけ、藤咲の人柄が優れているということだ。
「紗香ちゃん、いい子だったよ。わたしも気に入っちゃった。一人っ子だから、あんな妹がいるなんて羨ましい」
「相手が藤咲だからだろうな。俺に対しては冷たいんだぞ」
一緒に昼食をとったときのことを思い出したのか、苦笑いされる。嫌われてはいないと思うが、あんまり尊敬されていない。
「でも、大楠君に甘えてるだけだと思う。ファミレスでも大楠君のこと話したんだけど、紗香ちゃん、すごく心配してたよ」
「心配?」
耳を疑う。昨日、紗香の口からこぼれたのは文句だけだった。
「そう。紗香ちゃん、あんまり江南さんのこと知らないからだと思うんだけど。あの美人に騙されてるんじゃないか、無理やり物を買わされているんじゃないかって」
「ま、まじか……」
紗香には、貢がされているように見えたのだろうか。西川も、傍目から見ると派手なギャルだ。目立つ二人に挟まれて重い荷物を運ぶ男子生徒の姿は、確かにそういう印象を与えてしまうのかもしれなかった。
「歩いているとき、『あのバカ』『ダメ兄貴』って苦言を呈しながら、大楠君のいるほうをずっとちらちら見てたよ。心ここにあらず、って感じだった」
「……」
まさか、紗香に心配されていたなんて思わなかった。昨日、不機嫌そうだった理由が少しわかった。
「紗香ちゃん。すごくいい子だね」
にっこりと笑いかけられる。俺は、ああ、と返すことしかできなかった。
「勉強のほうは、心配しないでね。紗香ちゃんは、頭がいい子だからすぐにわかってもらえると思う。あ、でも今日は部活があるから、遅くなるかもしれない」
そのとき、俺の頭に思い浮かんだアイデアは、とても突拍子もないことだった。何らかの形でお礼、お詫びをしたいという思いが、俺の口を開かせていた。
「うちに、くる?」
昨日、紗香に却下されたことを再度声に出していた。家に女子を招くなんてこと、今までしたことがない。しようと考えたこともない。だが、俺はあっさりとそう言っていた。
「え?」
「部活のあとに紗香の勉強を見てくれるんなら、御馳走するよ。藤咲のために、腕によりをかけて飯を作るからさ」
「……」
藤咲の目が真ん丸になっていた。そのまま黙り込んでしまう。
そして、俺は、心の中で頭を抱えた。
俺は、何を言ってるんだ。あまりにも急すぎるだろう。紗香にも、下心があるように見えると忠告されたばかりだ。
冗談だ、とごまかそうとしたが、そのまえに、藤咲が、
「いい、の?」
と声に出した。いいのかどうか訊かれれば、いいと答えるしかない。すると、藤咲は少しうれしそうな表情に変わった。
「じゃ、じゃあ。部活が終わったら、大楠君の家まで行く……」
「お、おう」
「でも、大楠君の家、どこかわからないや……」
「じゃあ、待ち合わせしよう。18時くらいに駅前で……」
「う、うん」
普通に会話しようとするが、動揺を隠しきれない。まさか、こんな展開になるとは想像もしていなかった。自分から言い出したくせに、ビビってしまっている。
「紗香にもそのことを伝えておくよ。部屋に入るのは嫌がるかもしれないから、そのときはリビングで勉強してくれればいいし……」
「親御さんは大丈夫? 急に来て嫌がられないかな」
「そこは心配ないよ。ろくでもない親父が一人いるだけだからさ」
親父のことだから、拒否することはないだろう。むしろ、俺が女子を連れてくることにうざったい反応をしてくるんじゃないかと思う。
「じゃ、じゃあ、放課後。何かあったら、ラインに連絡してくれ」
「うん」
俺は、藤咲の席を離れた。
腕によりをかけて作らなければ。江南さんには悪いが、今日は早めに切り上げさせてもらおう。最低限の買い物をして、臭くならないように着替えもしてから迎えに行こう。
俺の席の後ろでは、相変わらず齋藤たちがエロ小説に夢中になっていた。だが、俺の異変に気が付いたらしい。齋藤が声をかけてきた。
「どうした? ぼーっとしてるぞ」
なんでもない、とぼそぼそ答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます