2. 三角関係

第9話 マンション

 江南さんの家は、6階建てマンションの一室だった。


 外観は、きわめて普通。ベージュを基調とした配色となっている。駐車場がマンションの周囲にあり、20台くらいが停められていた。そのそばに自転車置き場もある。

 住宅街の中にあり、近くにも似たようなマンションが並んでいた。


 入口から中に入る。


 オートロックにはなっておらず、住人でなくとも自由に出入りできるみたいだ。築30年は経ってそうなほどの古さだった。薄汚れた郵便受け、反応の遅い自動ドア。エレベーターはあったが、全ての階には止まらないようだった。


 そして、江南さんが住んでいるのは、5階らしい。偶数階のみエレベーターが止まるため、6階まで行ってから、階段で5階まで下りる。

 1フロアに6部屋程度並んでいる。その真ん中あたりに江南家があった。


 ドアを見た限りでは、特に変なところはない。ドアの差し入れ口に物がたまっているということもない。


「思ったよりも、普通な感じだけど」


 古い感じではあるがひどいところには見えない。場合によっては郵便受けがボロボロだったり、マンションの廊下に虫の死骸が落ちっぱなしになっていたりする。

 ここは、最低限の清潔さは保たれている。


「このマンションは、そんなに悪くない。変な住人も少ないし」


 鞄から鍵を取り出しながら、江南さんがそう答える。ちゃんと人が埋まっているらしく、両隣とも人が住んでいる。


「とりあえず、あがって」


 江南さんが、鍵を開ける。ドアを開くと、やはり何の変哲もない玄関が現れた。

 靴の数は少ない。すべてが女性もので、その半分くらいがかかとの高い靴だ。多少埃がたまっているが、それほど汚いわけではない。


 ――父親は?


 喉元まで出かかった疑問を再び飲み込む。あんまり訊かないほうがいいと思った。

 江南さんの手には、相変わらずブレスレットがはめられている。


「おじゃま、します……」


 一応言ってみるが返事はない。西川が、靴を脱ぎながら小さな声で言う。


「梨沙ちゃんの家、二回目だ」


 やはり、一度来たことがあるらしい。西川の表情はいつもどおりだった。


「前に来たときから、そんなに変わってなさそうだね」


 江南さんが答える。


「そんなにころころ変わるわけないでしょ。前って、まだ3か月くらい前じゃなかった?」

「そうだけど」


 廊下の幅は狭い。靴を脱いで、玄関から伸びる廊下に立つが、人が横に並ぶことはできそうにない。廊下は、玄関からリビングと思しき場所まで通じていた。すりガラスの入ったドアが奥の方にあるのが見える。


 部屋の数はあまり多くなさそうだった。俺は、辺りを見渡しながら言った。


「大掃除するほどの場所には見えないね。今のところ」


 もっとやばい光景を想像していた。風邪が治らないとか、料理もまともできないとか聞いていたから、辺り一面ゴミが散らかっているのかと思っていた。

 江南さんは、俺の目を見ない。


「ここはね」


 どうやら、なにかあるらしい。西川を見ると、少し苦笑いしていた。


 3人とも、ホームセンターで買った袋を手に提げている。いったんそれらを置くために、リビングではなく江南さんの部屋に入ることになった。廊下の脇のドアを開けると、6畳くらいの小さな部屋があった。


 殺風景な部屋だった。勉強机と小さな本棚、ハンガーラックくらいしかない。あんまり生活感がない。畳まれた布団が隅の方にある。


「そこらへんに置いてくれればいいから」

「わかった」


 学生鞄と、ホームセンターで買ったものを床に下ろす。

 この部屋も掃除するような場所には見えない。となると、やはり汚いのはリビングだろうか。おそらく、この家は、1LKあるいは1LDK。残っているのはそこしかない。


「家族はまだいないの?」


 さっきから気になっていたことを訊いてみた。江南さんが帰ってきたことに反応がないから、当然誰もいないのかと思った。


 しかし、江南さんは首を横に振る。


「母親がいるよ。リビングにずっとこもってるから」

「え? 嘘」


 リビングからは物音がまったくしなかった。であれば、やはり寝込んでいるのかもしれない。普段から、会話も少ないのだろうか。


「……今日は大人しいから、よかった」


 よくわからないが、もっとうるさいときもあるらしい。江南さんの言う、「精神的にまともじゃない」状態とは、どのような方向性なのだろう。


「風邪の状態はどんな感じなの?」

「熱がずっと下がらない。37度くらいの熱がずっとある。一度、医者に診てもらったけど、やっぱり風邪だって言われた」

「寝てるのかな」

「さあ」


 なんとなく、江南さんと母親の間に距離を感じた。看病しようとしているくらいだからどうでもいいわけじゃないだろう。だが、仲がいいとは思えなかった。


「掃除する場所って、リビングなの?」


 開けっ放しのドアから、リビングのほうを見た。電気はついてなさそうだった。

 江南さんがうなずく。


「そう。リビングは、こことは比べ物にならないから」


 俺の予想通りだ。となると、家を汚したのは江南さんの母親なんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る