第8話 ホームセンター
時は過ぎていく。昼休みが終わり、その後の授業も終わり放課後となる。
俺のラインには、すでに江南さんたちからの連絡が入っていた。約束通り、今日から始めるようだ。予定としては、買い出し、及び江南さんの家の状況を確認すること。正門の前で待ち合わせることにしたので、すぐに教室から出ようとする。
そのとき、藤咲に声をかけられた。
「紗香ちゃんのことは、わたしに任せて」
俺は立ち止まって、振り返る。
「今日やってみないとどうなるか見当がつかないけど、頼まれた以上、全力でやるよ」
藤咲は、かなりやる気を出してくれているようだった。昼休みの間に、二人は少し仲良くなり始めていた。俺は言う。
「きつくなったら、いつでもやめてくれていいから。でも、本当にありがとう」
「もしかして、ちょっと急いでる?」
早めに会話を切り上げようとしていると見えたらしい。特に急いでいるわけではないが、江南さんたちをあんまり待たせるのは悪いなと思っていた。
「そんなことないよ。今度、お礼させてくれ」
「え? い、いやいいよ、そんなの」
「いや、それじゃ俺の気が済まないから。紗香もたぶん、相当藤咲に感謝していると思う」
「そう、かな。でも、無理しなくていいからね。人に教えるのは好きだから」
藤咲は、いつも優しい。だから、つい甘えすぎてしまうことがある。どこかでセーブしないといけないなと改めて感じる。
「じゃあ、また明日」
教室から出る。
とはいえ、俺自身も人の頼みごとをほいほい引き受けすぎだ。江南さんの頼みを聞かなければ、紗香の勉強を見る時間ももっと作れたはずなのだ。それでも、俺は、江南さんのために行動することを選んでいる。
(――母親を、見られたくない)
(わたしの母親は、今、精神的にまともな状態じゃない)
江南さんの言葉が脳裏によみがえる。そして、先生がかつて言った、「江南さんの家庭にはいろいろある」という意味深なセリフ。俺の心には、それらが引っかかっていた。
わからない。もしかしたら、大したことではないのかもしれない。
だが、江南さんが不真面目になった理由、よく遅れて来ていた理由につながってくることのように思えた。
だから、単純な善意だけの行動じゃない。
江南さんの裏の事情を、垣間見たいという興味があった。
正門の前には、すでに西川と江南さんが待っていた。俺らは、お互いの姿を確認したあと、ホームセンターのほうまで歩いていく。ホームセンターは、いつも帰る方向とは逆の方角にある。
「今さらながら、悪かった。時間をだいぶとることになるから、今、断ってくれてもいいから」
その途中、江南さんがそんなことを言った。申し訳なさそうな顔をしているが、俺にはそれだけの理由ではないように見えた。
今になって、俺と西川を家にあげていいのか迷っているのではないだろうか。
「もしかしたら、想像よりも面倒くさいことになるかもしれない。いつでも、やめてもらっていい」
俺と西川は、どう答えるべきか悩んでしまう。通常であれば、まずしない表情だった。これが、おそらく江南さんの弱みなのだろう。
先に口を開いたのは、西川だった。
「大丈夫だよ~。そういうの慣れてるから」
そして、西川はいたずらっぽく笑う。
「わたしの身近に、ものすごく面倒くさい女の子がいるから、その子と比べたらたいていのことは許容できるというか~」
すぐに、どういう意味か気づいたようだ。江南さんの眉が吊り上がる。
「西川。それって自分のこと?」
「いやいや。わたしは、ものすごーく気を使えるし、面倒くさくなんかないし」
「ふ~ん」
迷うのがバカバカしくなったらしく、江南さんが前に進んでいく。いつもよりも速足になっている気がする。
「江南さん、そっちじゃなくて右だよ」
ちょうど十字路に差し掛かっていた。まっすぐ行っても住宅街があるだけだ。江南さんは、
「生意気」
と言いながら、軌道修正する。緊張しているんだな、ということがなんとなくわかった。
ホームセンターにて必要なものを買いそろえ、店の外に出た。
店の中と外では気温が全然違う。寒いな、と改めてコートの襟をしめる。
「梨沙ちゃんのところって、暖房あったっけ?」
西川の言葉に、俺は驚く。暖房があるかどうか怪しいほどの場所なのか。
江南さんは、淡々と答えた。
「さすがにある。古いから、効きが悪いけど」
安心した。この寒さがダイレクトに伝わる場所で掃除なんかしたくなかった。
「でも、効きが悪いから、風邪をひきやすいし、治りにくいんだってのはわかってる」
さらに訊いてみる。
「ストーブや、こたつとかは?」
「ない」
どうやら、あまり期待しないほうがよさそうだ。今度から、江南さんの家に行くときは上に羽織るものを持ってこようと思った。
いつのまにか、学校の前を再度通り過ぎようとしていた。江南さんの家は、正門から歩いて15分くらいのところにあるらしい。
終業後からそこまで時間が経っていないため、人がまだ多い。他の生徒たちに見られているような気がした。江南さんや西川と買い物袋を提げて歩く姿は、そこそこ目立つだろう。
――あんまり、気にしないようにしよう。
俺は、前だけを見て、黙って歩く。
先を行く江南さんや西川は、特に視線が気にならないようで、さっきまでと変わった様子がない。
もしかしたら、また噂になったりするのかもしれない。そう考えると、藤咲や紗香に俺の置かれている状況を教えておくべきだったと思う。
とはいえ、江南さんのことを考えると、あまり人に話すべき内容ではない。どうしようかと悩みながら、正門の前を通り過ぎていく。
そのとき、俺は気づいていなかった。
ちょうど紗香と藤咲が並んで校舎から外に出ていた。二人は放課後、少しだけ話し込んでいた。だから、俺たちがホームセンターから戻ってくるタイミングで、ちょうどファミレスに向かうところだった。
そして、そのときに、二人が俺たちの姿を発見したことも。
また、二人が、驚きのあまり絶句していたことも。
藤咲の顔が、少し青ざめたことも。
俺は、まったく気づいていなかったのだった。
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