第3話 江南さんと西川
放課後、俺は部室へと向かう。
第一実験室に入ると、すでに部長がいた。部長は、なぜか上半身裸だった。鍛え上げられていない、たるんだ背中が見える。
「なにやってんですか、部長」
俺の声に、部長が振り向く。胸毛が濃かった。あんまり見たいものじゃないなと思う。
「大楠か。なに、乾布摩擦を試していただけだ」
よく見ると部長の手にはタオルがある。コミケで入手したらしい、キャラ絵の入ったタオルだった。
「なぜ? 乾布摩擦を?」
「健康にいいらしいじゃないか。一応、今年は受験だからさ。健康を崩してしまってはよくないから、いろいろな健康法を試しているんだ」
「受験のことを気にするなら、とっとと部活を引退すべきではないでしょうか?」
「正論すぎてつまらないぞ」
胸毛がこれだけ生えているにもかかわらず、悲しくなるほどの前頭部の髪の薄さ。おそらく、30手前にはほぼ髪の毛がなくなっているんじゃないかと思えるペースだ。
「大楠もやってみるか? 悪くないぞ」
「遠慮します。そんなことしてる暇があるんなら勉強してください」
俺は、部長から離れて実験台の前の椅子に座る。
部長は不満そうに口をとがらせている。しかし、こんな部長だが、成績はすこぶるいいのである。高校3年生の学年1位をずっとキープしている。もともと要領がいいのだろう。驚異的なゲームの腕を保持しつつ、東橋大に入れるくらいの成績を上げている。
天才肌とは、こういう人のことを言うんだろうな……。
俺は、携帯ゲーム機の電源を入れ、いつものように英単語を覚えるソフトを起動する。
と、そこで齋藤たちがまだ来ていないことに気がつく。すべての授業が終わったあともエロ小説を読み続けていたから置いてきたのだ。もしかしたら、今日はエロ小説に夢中で部活には来ないかもしれない。
「大楠。今日は少ないな」
部長の声を聞いて、辺りを見渡す。
確かに、人が少ない。齋藤たちだけじゃない。いつもの半分くらいしかそろっていない。今日は何もなかったはずだが、どうしてこんなに少ないのだろうか。
「部長、何か知ってますか?」
しかし、部長は首をかしげている。部長も知らないのであれば、やはり何もないのだろう。たまたま人が少なかっただけに過ぎない。
「よし、じゃあ、マリ〇カートやろうか」
「やりません」
「またダメなのか!?」
残念ながら、俺が部長と一緒にゲームをやる日はもう来ないだろう。俺が断固拒否するからだ。まだ、とかそういう問題じゃない。絶対にしない。
「いいじゃないか。僕も、卒業まであまり時間がない。3学期はほとんど出席しない予定だから、今くらいしか僕とゲームできるチャンスはないぞ」
「うるさいです。集中したいんで向こう行ってください」
「悲しい……」
とぼとぼと前のほうに戻っていった。ずっと上半身裸のままだが、寒くないのだろうか。
俺は、改めて、第一実験室のなかを見渡す。
いつもよりも静かだ。この時間であれば、いつも集団ができ、騒がしくなっていた。しかし、今は、ソロプレイしているやつらが目につく。
その中の一人。1年生のやつがマスクを口にしていることに気がつく。ときおり、こほ、と咳をしている。あまり体調がよくなさそうだった。
もしかして、風邪でも流行りはじめたんだろうか。俺のクラスでは、まだ欠席者が出ていないが、他のクラスの事情は知らない。
気をつけようと思いながら、携帯ゲーム機の画面に目を落とす。
17時くらいになったところで、ゲーム機の電源を切った。
第一実験室の中の人数はさらに減っていた。マスクをしていた1年もすでに帰ってしまったようだった。
窓の外は暗くなりはじめている。最近は、本当に日が沈むのが早い。
部長はまだ帰っていない。驚いたことに、ずっと乾布摩擦をしていたらしい。未だに上半身裸だった。
「風邪ひいても知らないですよ」
忠告だけして、第一実験室を後にする。
校舎から出て、正門に向かう。と、正門の横に、いつもの人影が見えた。
江南さんだった。なぜか、今日に限っては西川まで一緒だった。
「遅い」
江南さんが言う。若干、機嫌が悪そうだ。さすがに放課後ずっとここで待っていたわけじゃないんだろう。もしかして、と思ってスマホを見ると、ラインにメッセージが届いていることに気がついた。
江南 梨沙:話があるから、部活終わったら教えて
俺はあわてて謝る。
「ごめん。全然気づかなかった……」
「結局、そんなに待ってないからいい」
早めに出てよかったと思う。もし、これ以上放置していたら、どんなことを言われていたかわかったものじゃない。
「なおっち、ごめんね~。突然だったから、わからないよね。で、時間大丈夫?」
俺はうなずく。
「そんなに時間かからないんなら。買い物も済ませてあるから、18時を越えなければ大丈夫だと思う」
「そんなに遅くならないから大丈夫! じゃあ、行こう」
二人が歩き出したのに合わせて、俺もついていく。
「話ってなに? というか、どこに行くの?」
しかし、俺の質問に二人は曖昧な答えしか返さない。
「あとで教えるよ~」
江南さんもそうだが、西川も案外強引だな。俺は、寒さに凍えながら坂を下っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます