第55話 日常

 テスト当日。


 ボロボロの姿のまま教室に入ると、かなりの人に心配された。腫れた顔。引きずられた足。誰が見ても明らかに異常とわかる姿だったから、なにがあったのかと問い詰められた。


 怪我はそう簡単に治らない。一日寝たくらいでは、痛みは引かなかった。


 特に一番ひどいのは 顔だ。漫画でよく見るようなレベルで目元がつぶれ、頬が膨らんでいた。クラスメイトたちが近づき、俺の顔を見るたびに、うわーとドン引きされるくらいにひどいありさまだった。


 もちろん、先生も俺の異常に気付いた。


 何か犯罪に巻き込まれたとか、イジメられたとか、そういうことを心配された。


(おまえ、さすがに保健室に行け)


 担任の城山先生にはそう言われた。


 仕方なく、俺は中間テストを保健室で受ける羽目になった。


 申し訳なかった。家族だけでなく、多くの人に心配をかけてしまった。


 それと同時に、うれしい気持ちもあった。


 中学時代は考えられないことだった。俺ははっきりと嫌われていた。俺がどんな顔になろうと、心配するやつなんて一人たりともいなかった。


 けれど、今は違う。


 たくさんの人が俺のことを気にかけてくれている。


 齋藤、進藤、藤咲、西川……さらに江南さんまで。


 俺のことを心から思いやってくれる人たちが、とてもありがたいと思った。


 テスト漬けの一週間のことを、あまり覚えていない。とにかく、テスト中は集中し、家に帰ってからもずっと勉強ばかりしていた。


 傷は、テスト中ずっと痛かったが、それでも関係ない。テストのために準備してきたし、生ぬるい覚悟でテストを受けていない。


 テストの間、俺の意識は答案用紙の中に飛び込む。


 部屋の中で培われた集中力は、俺を目の前の問題に引きずり込んでいく。





 そして、テスト結果の発表日。


 俺たちは、廊下の掲示板の前に集まっていた。


 もうすぐ、テスト結果が掲示される。


 1分くらいして、先生たちが掲示板の前に大きな模造紙を持ってくる。巻かれた模造紙を少しずつ開いていき、4隅を画鋲で止めて、その場から離れた。


 模造紙の一番右。そこにはいつものように、俺の名前が刻まれていた。


 1位 大楠直哉 778点


 驚きはない。少しだけ安心するが、そうだろうなという確信があった。


 隣に立つ齋藤が言う。


「また、一位かよ……」


 呆れたような声だった。


 ……中間テストが終了してから、すでに10日ほどが経過していた。


 テストの答案は、各生徒に返却済みだ。俺の計算と貼られた総合点に差異はない。廊下の掲示板には、上位50名のみの名前が掲示されている。当然、齋藤や進藤の名前はそこにはない。


「おまえ、ほんとどういう勉強してんだ?」


 齋藤に訊かれるが、俺は苦笑で返すしかない。


 とにかくがむしゃらだ。必死になって、集中して、問題を解いて解いて解きまくっているだけにすぎない。


 ずっと一位をキープする。そのことは高校入学前から決めていた。


 誰かに負けるなんて許されない。俺のせめてもの矜持だった。


「いいよなぁ。その10分の1でも分けてもらえれば赤点回避できんだけどな」

「じゃあ、俺の10分の1でも努力すればいいだろ」


 どうやら、齋藤はいくつか赤点の科目があるらしい。赤点がある場合、追試を受けて合格点を勝ち取らなければならない。


「わーってるよ。真面目な奴は違うな」


 そう言って、齋藤はその場を立ち去る。


 齋藤の名前が載るはずがないのに、いつも上位成績者の発表を見にくる。俺が学年一位をまたとるのかが気になると以前に言っていた。


 まぁ、そのたびに、嫌味を言われるんだけどな。


 ふと、2位の名前を見ると、見覚えのある名前であることに気がついた。


 そして、その人物は、齋藤と入れ替わりで俺の隣までやってきた。


「勝てなかった……」


 藤咲が、肩を落としていた。


 いつも以上に勉強してきたらしい。4位くらいが多かった藤咲が、珍しく2位まで順位を上げた。俺との勝負に全力をかけてきたようだ。


 俺は言う。


「いや、でも危なかったよ。あとちょっとだったな」

「余裕そうで悔しいよ~。そりゃ、50点も点数が離れてたら、そんなことも言えるよね」

「……すまん」


 そう、1位と2位で名前が並んでいるが、差が圧倒的だ。


 どれだけ、藤咲が勉強してこようが関係ない。俺の牙城はそう簡単に崩せない。


「あーあ。勝負に負けちゃった。わたしから勝負を持ち掛けたんだし、しっかり守らないとだめだよね」


 横目で見られる。正直なところどっちでもよかったが、そう言うとまた悔しがるだろう。


「そうだな。なんて命令しようかな。命令する内容は自由だったよな、確か」


 藤咲は、自分の肩を抱いて後ずさる。


「え? なに? 何を命令するつもりなの? 大楠君!?」

「さあて、どうしようかな……」

「だめだよ、変なことは絶対ダメだからね!?」


 藤咲の慌てっぷりに笑ってしまう。


 当然、変なことなどするつもりはない。だが、反応が面白いのでしばらくからかうことにする。


「変なことってなんだかわからないな。教えてくれ」

「え、そそそそんなの、言えるわけないでしょ!」

「さては、藤咲。エロいこと考えてるな?」

「大楠君!」


 顔を真っ赤にしている藤咲はとてもかわいかった。

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