第48話 対峙

「あ?」


 よほど気に障ったようだ。こちらに聞こえるくらいの声で、リーダーが言う。


「てめえ、何様のつもりだ」


 体重を乗せている。チビが苦しそうにもがいている。ろくに息もできない状態だろう。くぐもった声が聞こえてくる。見ているだけで痛々しい。


 しばらくして、リーダーが力を抜いた。その瞬間、チビは顔を上げて大きく息をする。息を整えてから、叫んだ。


「へ、下手したら、捕まりますよ! 絶対に無理です!」

「はっ! バカが! そう簡単に捕まったりしねえよ! だいたい、あのままいいようにやられていいってのかよ! あ?」

「そういうことを言ってるんじゃ……」


 また、顔が地面に沈んでいく。犯罪だとか、捕まるだとか、物騒な言葉ばかりだ。

 周囲を囲む他の4人に特に身動きはない。ただ、黙々と二人の様子を見守っている。リーダーの言葉にときおりうなずくくらいだ。


「……は、はぁ」


 頭を解放されたチビは、胸を抑えて息を荒げる。


 それでも、反抗的な態度は変わっていなかった。ずっとにらみつけるようにリーダーの顔を見ている。


 そして、言った。


「女を襲うなんて、絶対どうかしてます!」


 ……ああ、そういうことか。


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中ですべてがつながった。


 山崎の言っていたことに嘘はなかったんだな。


 納得するのと同時に、強い苛立ちが生まれた。


 ろくでもない。本当にろくでもない。


 リーダーは笑いながら言う。


「ばーか。てめえみたいなチキンには関係ねえよ。俺たちだけで楽しむから、なぁ?」


 後ろを向いたリーダーに下卑た笑いを浮かべる取り巻きたち。


「あの大楠とかいうやつの吠え面が見てえんだ。あいつ、どんな顔するかな」


 俺は、心の中で笑う。


 ハハハハ。今の俺の顔を見たいのか?


 自分で自分の顔を見ることはできないが、どんな表情になっているかがわかる。


 ――殺してやりたい。


 きっと、殺意と怒りに支配された、鬼のような形相をしていることだろう。


 限界だった。山崎の言っていることは100%本当のことだった。だから、もう迷う必要はなかった。親父にはコンビニに行くとだけ伝えた。怪しまれる前に、とっとと家に帰らなければならない。


 ポケットにしまってあったスマホの電源を切り、草むらの中に隠す。


 ざく、ざく、と足音を立てながら、不良たちに近づく。


 背中が浮いたような感覚があった。かつて、踏み入れていたクソみたいな世界に戻ってきてしまった。いてはいけない場所。もう戻ってこないと決めた場所。それでも、俺は、足を進めなければならなかった。


 やがて、不良たちが俺に気がつく。


「んだ、てめえ」


 一人が、俺の肩をつかむ。だが、振り払ってそのまま歩いていく。


「おい」


 背中にかかる声を無視する。


 暗がりから出て、街灯の当たる場所まで行くと、リーダーの男がこちらを向いた。

 そして、俺の顔を見て、目を丸くする。


 一歩。二歩。後ろに下がる。


 俺は、かまわず前に進んでいく。


「おま、おまえ、大楠……」


 相手は下がりつづける。俺は歩きつづける。


 徐々にリーダーは川岸まで追いつめられる。それでも足を止めない。やがて、目と鼻の先まで距離が近づいた。


「な、なんでおまえがこんなとこにいんだよ」


 俺は答えない。ただ、黙って相手の顔を見つめるだけだ。


「聞いてたのか、今の。なあおい」


 明らかに、ビビっている。俺にぶちのめされたときのことを思い出しているのだろう。


「何する気だ。おい。やめろ、なあ。なんだよ、なんなんだよ、てめえはよ」


 相変わらず、息が臭いなと思う。よく見ると、歯がだいぶ汚れている。抜けている歯もあった。煙草と酒の臭いも混じっていて、思わず鼻をつまみたくなる。


 俺は言った。


「別に。ただうるさかったから何事かと思っただけだ」


 しかし、今は嘘みたいに静まり返っている。他の不良たちも気づいたらしい。周囲を見渡してから尋ねる。


「それで……何が目的だ」

「どういう意味、だ」

「そのくだらない犯罪計画によって、何を達成したいんだ」


 目の前の顔が動揺にゆがむ。俺が全部聞いていたと理解したようだ。


「くそ」


 さっきから目が泳いでいる。俺のほうが強いということは、すでに骨身にしみてわかっているはずだ。だからこそ、下手に殴りかかることもできない。


 横を向いて、目をそらされる。それから手で顔を覆う。


 しばらく、そうしていたが、やがて肩が少しずつ揺れ始める。


 やけになったのだろうか。くつくつと笑い出していた。


「ああっ、ほんっと、めんどくせえな!」


 喋りはじめても、その目は俺を見ていない。俺の背後の何かを見ている。


「そこまで言うんなら答えてやるよ」


 ざ、ざ、と背後から足音。俺は、聞こえていないフリをする。

 その顔が、醜くゆがむ。勝ちを確信したときの嗜虐的な笑みだった。


 リーダーが大声で叫ぶ。


「てめえが泣いて悔しがる姿を見るためだ!」


 同時に、背後の足音が急に駆け足になる。何人もの人間が、俺の背後をとり、襲いかかろうとしているのがわかる。


 ちらりと横を見ると、そこには、別の不良の姿。


 そいつは、拾ってきたと思われる木の棒を持って、俺に振り下ろそうとしていた。

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