第47話 河川敷

 晩飯を食べ、片付けを終えたときには8時を過ぎていた。


 日はすでに沈んでいる。レースカーテンの向こうは、すでに真っ暗だ。外に干していた洗濯物を取り込む。日中、日差しがあったおかげで、すでに乾いていた。


 紗香は風呂に入り、親父はソファで横になっている。黙々と取り込んだ洗濯物を畳む。親父の分、紗香の分、俺の分をわけて積み上げていく。


 その後、俺は、自分の部屋へと戻った。


 部屋の中には、さっきまで眺めていた不良時代の服装がベッドの上に広げられている。一度試着してみたら、まだ着ることができた。あれから体格が大きくなっているが、もともとサイズが大きめなのと、ゴムで伸縮するため、今の自分の体にもフィットした。


 俺は、今着ている服を脱ぎ捨てる。


 そして、新たに不良時代の服装に袖を通す。


 左腕、右腕。左足、右足。前のファスナーをしめ、姿見に向き直る。


 そこには、かつての俺の姿があった。


 かつて、全てを失ったときの俺だ。


 俺は、その服のまま、一階へと下りる。


 親父はリビングでくつろいだまま。紗香は風呂からまだ上がっていない。


 顔だけ出して、言う。


「ちょっとコンビニに行ってくる」


 親父は、ちら、とこちらを見て、おう、という返事をする。


 靴を履き、玄関の扉を開け、外に出た。


 少し、肌寒い。秋も深まってきている。最近になって、気温がぐんと落ちてきた。


 ポケットに手を突っ込みながら、歩きはじめる。


 街灯が足元を照らす。前に進むたびにいくつもの影が俺の周囲に作られる。それらはときおり消え、ときおり新たに生まれながらくるくると回っている。


 今日は月が出ていない。いつもよりも夜が暗い。


 静かだった。犬の鳴き声が聞こえてくるくらいだ。人通りはあまり多くない。店はほとんど閉まっている。もともと、そんなに活気のないところだと思う。だけど、今日はさらにいつもより人の気配が少ないと感じる。


 ポケットのなかの感触を確かめる。スマホは、ちゃんとしまってある。


 コンビニの前を通り過ぎ、さらに奥へ。


 視界の隅に、川が見えてくる。不良たちの集まる河川敷はもっと先だ。


 自分の足音が鮮明に聞こえてくる。駅から遠ざかるにつれ、街灯の数が減っていく。足元には影ができなくなってきた。


 川に近づくと、かすかに水の流れる音がする。橋を渡り、反対側にたどり着く。そして、さらに下流のほうに向かって川沿いに歩いていく。


 もうすぐだ。もうすぐ、奴らが見えてくるだろう。


 俺は、ポケットの中で手をぎゅっと握りしめる。





 教えられた河川敷に、不良たちはいた。


 山崎の情報に狂いはなかった、人数は全部で6名。以前にゲーセンで見かけた紫色のTシャツの男もいる。俺が倒したときにできた傷は、まだ顔に残っているようだった。


 他の面子も、ゲーセンで見かけたときと相違ない。


 6人は、大声を上げながら缶チューハイや缶ビールを飲んでいた。半分くらいは煙草も吸っている。草っぱらに腰をすえ、手を叩きながらバカ騒ぎしている。


 人が多くないとはいえ、近くには住宅もある。おそらく、声が聞こえているはずだ。近所迷惑だろう。しかし、明らかにろくでもない連中とわかるので、注意できないのではないかと思う。


 俺は、フードをかぶり、河川敷の手前にある橋の裏に隠れる。


 一応、山崎の言っていたことが本当かどうか探る必要がある。耳を傾けると、なんとか話し声が聞こえてきた。


「てめぇ、川に突き落とすぞ」


 声の主は、リーダー格の男。学ランの下に紫色のTシャツを着ていたが、今は赤い革ジャンを身にまとっていた。


 そいつが、見ているのは少し背が小さめの不良仲間。おそらく、不良たちの中にも序列があるのだろう。ぎゃはぎゃは笑いながらそう脅している姿はいじめに近いものがあった。


 リーダーは、チビの方に腕を回す。そして、指の間にはさんでいた煙草を頬に押し付ける。


「いっ……!」

「舐めてんのか? お? もう一度言ってみろよ」


 その光景に、周囲の不良たちがげらげら笑っている。何が面白いのかまるで理解ができない。彼らは猿か何かだろう。とても文明的な存在には見えなかった。


 煙草を背後に投げ捨てる。幸い、すでに火は消えていたらしく、燃え移るようなことはなかった。そして、リーダーはチビの背中を思い切り蹴飛ばした。


 チビは、バランスを崩し、転がりながら川に落ちていく。


 水しぶきが上がる。ざばん、という水音。


 川の流れが弱いからまだしも、強いところであればかなりの危険行動だ。チビはすぐに川から上がるも、そこを再度蹴られて川のなかに逆戻りする。


 さらに笑い声が大きくなる。


 楽しくて楽しくて仕方がないらしい。


 ろくでもない連中だ。だが、助けてやる義理はない。


 水びたしになったチビは、四つん這いになって川から出てきた。


 リーダーがチビの髪をつかむ。そして、何事かささやいている。


 具体的に、何の話をしているのかさっぱりわからない。


 だが、すぐにチビが大声を上げる。


「無理です! それって犯罪じゃないですか!」


 悲痛な声。すると、チビの頭は、地面に思い切り押し付けられていた。

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