第46話 準備

 13時くらいに親父が起きた。


 またお腹がすいてくる。なので、ラーメンを3人分作る。生麺なので、インスタントラーメンよりは美味しくできる。野菜と一緒に2分ほどゆでる。


「もやし入れるなよ」


 親父にそう言われるが無視だ。もやしとキャベツ、ゆで卵をどんぶりに乗せる。


「もやしとラーメン合わないだろ」

「普通に合うから」


 親父が言うには、ラーメンももやしも細長いという点で共通している。しかし、その割に食感が全く異なるので、食べたときにお互いの良さが打ち消されるらしい。


「やっぱり合わないなぁ」


 せめてもの抵抗で、もやしと麺をなるべく分けて食べている。そのため、食べるのがものすごく遅い。麺を箸ですくい、もやしが付着するたびに上下に動かしてもやしを取り除こうとしている。


「いいから、早く食わないと麺が伸びるだろ」

「いいの。俺はこれでいいの」


 もそもそ食べ続けている。その間に紗香は、ラーメンをすべて食べ終わっていた。スープを2、3回すくったあと、流し台まで食器を運ぶ。


「ごちそうさん」


 なんだかんだ、テスト前はまじめに勉強する紗香は、さっさと歯を磨いて二階へと上がっていった。俺もすぐあとに食べ終わったが、親父はまだ半分も食べられていなかった。


「もやし、もやし……」

「どれだけ嫌なんだ」


 自分と紗香の分のどんぶりを洗い、ふきんで拭いてもなおもやしと麺を分けている。こんなことになるなら、もやしを入れなければよかった。正直なところ、背中を丸めて細々箸を動かす親父が情けなくなったのもある。


 歯を磨き、リビングに戻ったところで、ようやく食べ終わっていた。さっさとどんぶりを回収し、洗い、食器棚に戻した。


「お願いだから、もやしは入れないでくれ」


 指で歯の隙間を掃除しながらそう言われる。汚いなぁと思いながら、わかったよと返事をした。


 親父がテレビの電源をつける。昼番組が始まったところだった。


「あとで、歯を磨いてくれ。親父」


 おう、と親父は返事する。虫歯にはならないが、ときおり食後の歯磨きを怠ることがある。


 俺は、二階に戻り、自分の部屋の中に入った。


 中間テストに向け、勉強をしなければならないが、この後のことも考えなければならない。


 山崎の話を思い出す。


(河川敷で騒いでいる姿をよく見かける。たぶん、20時くらいには集まってる)


 教えられた場所は、人通りの少ないところだった。なにをしているのかは、山崎も知らないらしい。ただ、どうせタバコ吸ったり、カツアゲした金で買った酒を飲んだりしているんだろうと言っていた。


 だいたい、つるんでいる人数は6~7名程度。俺たちがゲームセンターで絡まれたときの人数に近い。おそらく、いつも同じ面子で集まっているのだろう。学校やゲーセンなどでカツアゲを繰り返しているのだとすれば、補導経験があるのもうなずける。


 結局、やつらがなんて名前なのか教えてもらっていない。だが、聞いたところで仕方がないという気もしている。どうせ、あまり関わる気がない。今回のことを納めたら、二度と話すことがないようにしたい。


 最優先は、紗香の安全の確保だ。なんとかして、復讐する気を削がなければならない。


 どうすればいいのか、ある程度、考えは固まっていた。


 教えられた河川敷は、ここから歩いて、30分ほどの距離がある。意外と距離がある。そのぶん駅からも離れているため、よほどのことがない限り立ち寄る人はいない。


 おそらく、少し騒いだ程度では、何も言われない。


 自分で蒔いた種だ。自分で回収する必要がある。


 なるべく、汚れてもいい服を見繕う。カジュアルシャツとジーンズという服装が多いが、今日は別の服を使う必要がある。奥にしまった服を一つずつ取り出していく。


 そして、見つけた。


 かつて、俺が不良だったころ、着ていたものだ。黒地に派手な装飾が入っている。フードがついているから、かぶればそこまで顔を見られずに済む。また、今さら汚れても破れても構わない。全く愛着のない服装だ。


 これでいいだろう。


 もう二度と、着ることはないと思っていた。なぜ未だに捨てずにいたのだろうか。いつか、こんな日が来ると思っていたからなのか。それとも、かつての罪の証として、捨ててはならないと考えていたからなのか。


 俺は、目をつむる。かつて、この服を着て、喧嘩に明け暮れていた。しだいに、この服を着ているだけで、恐れられるようになっていった。そのことが快感だった。俺は、特別なんだと感じることができた。


 今となっては、なんてくだらない考えだったのだと思う。


 なにもわかっていなかった。喧嘩が強くなればなるほど、自分の心は満たされていくのだと勘違いした。突き進んだ先に、明るい未来が待っているとあらぬ妄想を抱いた。


 目を開ける。


 だけど、今は違う。自分のやるべきことがちゃんと見えている。俺には、やらなければならないことがあるのだと理解している。


 夜になれば、俺は動き出す。


 はたして、今夜、どうなることだろう。自分でも想像がつかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る