第42話 覚悟

「……忠告?」


 なにを言っているのかよくわからない。


「おまえ、一度、暴れたな?」


 そのとき、初めて俺は理解した。


 あのときのことだ。先週、ゲームセンターに寄ったあと、不良たちに絡まれた。俺は、追い払うために相手を打ちのめした。


「……」


 黙り込んでいると、山崎はそれを肯定と受け取ったようだ。


「やっぱりそうか。もしそうだとしたら、失敗だったな」

「え?」


 忠告、と先ほど山崎は言った。あの不良たちに、なにかあったのだろうか。

 そして、それと同時に俺の中で疑問がわいた。


「どうして、お前がそれを知っている」


 あのことは、誰も知らないはずだ。あの不良は、急に腹が痛くなったと言ったらしい。喧嘩ではないものとして、処理されたと聞いている。


「大したことじゃない。俺とそいつの学校が同じというだけだ」


 相変わらず、ガラの悪いところに行ってるんだなと思った。


「俺の学校の中でも、特に評判の悪い連中だ。学校の中でも弱い者をいたぶって、好き放題している。逆に、俺みたいなやつには一切手を出してこない臆病者だ。俺も、あいつらのことに詳しいわけじゃないが、たまたまお前の話をしているのを聞いてしまった」

「……俺のことだってよくわかったな」

「特徴がお前とかぶっていたからすぐわかった。それに、それだけじゃない。あいつらはお前の名前を調べて、知っていた。大楠直哉という名前が奴らの口から聞こえていた」

「待て、なんで俺のことを……」


 当然名乗っていない。制服から学校名はわかったかもしれないが、それだけだ。


「俺も詳しくは知らない。だが、奴らの口ぶりからすると、お前に仕返しをすることが目的のようだ」

「……本当か」


 焦っていた。失敗だったな、という山崎の言葉がリフレインする。


 どういう事情かはわからない。だが、俺にボコされたことを恨んでいるのだろう。そして、俺のことを調べ上げ、そのうえで復讐をもくろんでいる。


 そして、何よりもまずいのが……


「お前は先ほど言っていたな。そいつらは、弱い者をいたぶることが好きで、お前みたいに喧嘩の強い奴には仕掛けてこないと」

「そうだ」

「もしそうならば……奴らの仕返しというのは」

「察しがいいな。お前の妹に対してだ」


 先ほど、なぜあれほど妹のことを訊いてきたのかようやくわかった。


「お前の妹――紗香だったか。具体的な計画までは知らないが、ろくでもないことを企てている。だから、今日俺が来たわけだ」

「……」


 言葉にならなかった。


 俺は自分を呪いたくて仕方がなかった。


 なぜ、軽率にあのようなことをした。齋藤や進藤に手を出させないように、痛い目を合わせようとした? 違う。それだけじゃない。あのときの俺は、久しぶりの感覚に体がたぎるのを感じていた。ボコりたかったからボコっただけにすぎない。


 どんな言い訳をしても意味がない。俺は、誤った選択をした。


「俺がお前に言えることはそれだけだ。気をつけておけ」


 山崎は立ち上がった。


 絶望的な気分だった。俺の視界が狭くなる。うまくやってきたつもりだった。不良をやめてからずっと問題が起きたことはなかった。


 なのに、今、俺はこんなにも追い詰められている。


 会いたくなかったはずの山崎に言われるまで、紗香に危機が及ぼうとしていることにも全く気付いていなかった。もしも、何も知らないままだったらどうなっていたことだろう。もしも、知らないうちに、紗香がひどい目に遭っていたら、どうするつもりだったんだ。


 バカなのは、俺だった。いつもそうだった。


 山崎のことも疑っていた。助けられていたのに、疑ってしまった。


(家を特定したのは、おまえの妹をつけたからだ)


 もしかしたら、と思う。もしかしたら、紗香を守ってくれていたのだろうか。


 何か起こっても、すぐに助けられるように。決して、俺に会うことだけが目的じゃない。


 頭を抱えた俺を置いて、山崎はさっさと歩いていく。


 だめだ、と思った。このまま山崎を行かせてはだめだ。


 いつまでも落ち込んでいる場合じゃないだろ。俺にはやらなければならないことがある。だから、俺は、足を上げ、前に進まなければならない。


 追いかけて、山崎の腕をつかんだ。山崎が振り返る。


 俺は言った。


「そいつらのことを教えてくれ。普段どこにいるのか」


 山崎は、じっと俺を見ている。俺もその目をしっかりと見つめ返す。


 覚悟はできていた。そのために、俺はこれまで生きてきたのだ。


「あの日の言葉、忘れていない。本当に、忘れていない」


 俺は、思い出す。


 すべてが崩れ去った日の翌日。俺は、山崎を呼び出して、二人きりで会った。

 涙で目が落ちくぼんでいただろう。俺の顔を見て、山崎はなにか察したようだった。

 俺は言った。

(俺はもう二度と――)

 苦しみの中、もがくように声を出した。

 ずっと、その言葉は俺の中に根付いていた。忘れてはならない。どれだけ苦しくても、つらくても、絶対に守らなければならない誓い。


 山崎は、その日と同じようなまなざしで俺を見ている。


「……お前と俺とは違う」


 山崎は言った。


「お前と俺は、本来関わるべきでなかったと思っている。お前は元居る場所に戻り、俺は今なおいるべき場所にとどまりつづけている」

「ああ」


 別々の道。別々の考え。それが再度まじりあうことはないのだろう。

 だが、俺には責任がある。


 山崎と連絡を絶ってまで、守ろうとしたことをやり通す責任が。


「ありがとう、山崎」


 その言葉は、素直に俺の口から出た。山崎が答える。


「気にするな」


 だから、俺は、どんなことになろうとも構わない。

 今はただ、自分のやるべきことをやるだけだ。

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