第41話 忠告

「どうしたんだ。俺の家をお前に教えたことはなかったはずだ。どうして知ってる?」


 しかし、旧友との再会を喜べるような状況ではない。山崎とは、すでに縁を切ったつもりだった。たとえ一方的だったとしても、もう二度と会わないつもりだった。


「どうしてだ? 答えてくれ」


 だからこそ、警戒してしまう。家がバレているとは思わなかった。


「……」


 山崎は答えない。目を細めて、俺の顔を見ている。


 覚えている。イラっとしたときの癖だった。


 ち、と舌打ちしたあと、背後にいる紗香のほうに視線を向けた。紗香は俺と山崎の顔を交互に見て、戸惑っている。


「直哉。用事があるのはお前だけだ。ツラ貸せ」

「……わかった」


 紗香に荷物を持たせ、先に家に入るよう促す。紗香は渋々といったふうで俺の指示に従う。


「どこへ行けばいい?」


 二人だけになったあと、訊いた。


「どこでもいい。ここだとお前が嫌だろうからな。少し離れる」

「ああ」


 家に、争いごとの種になりそうなものを持ち込みたくない。できるだけ離れたい。

 俺と山崎は、ぶらぶらと歩き、ちょうど目についた近くの公園のなかに足を踏み入れる。公園の中には、小さな砂場と滑り台、ブランコが設置されている。まだ幼稚園児と思われる子供たちが何人か走り回っていたが、俺たちの顔を見て急に声のトーンを落とす。いや、正確には、山崎の顔だろうか。山崎の顔は濃く、目つきが鋭い。子供に好かれることはないだろう。


「このへんでいいか」


 そう言って、山崎はベンチの上に勢いよく座る。足を広げ、背もたれの後ろに腕を入れながら、目で俺にも座るよう促してきた。


 仕方なく、俺もベンチに腰掛ける。


 雲が少しだけ黒ずんでいる。天気が崩れそうだった。


「さっきの質問に答えるぞ」


 山崎が、静かに口を開いた。


「家を特定したのは、おまえの妹をつけたからだ。単純な話だ」

「やっぱりそうだったか」


 俺に用事があるはずなのに、どうして紗香に声をかけたのか、これで合点がいった。俺の妹だとわかれば、紗香の帰る家が俺の家であるとわかる。


 胸ポケットから、山崎は煙草のケースを取り出す。いつのまに吸うようになったのだろう。親父も吸っているマルボロだった。ライターで火をつけ、口にくわえた。


 当然、未成年なので悪いことである。しかし、指摘する気にはなれなかった。


「お前も吸うか?」


 差し出された煙草のケースを手で除ける。


「吸うわけないだろ。俺は優等生なんだ」

「はっ」


 鼻で笑われた。マルボロを自分の胸ポケットに戻す。


 山崎は、足を組んで、上半身を前に倒す。煙草を吸い、煙を吐き、吸い、吐きを何回か繰り返した。そして言った。


「急に来て悪かったな」


 珍しい態度だと思った。悪かったな、なんて言うことはあまりなかったはずだ。


「別に」


 もうすでに、4年という月日が経過した。たとえ仲が良かったとはいえ、その月日が俺たちの間に溝を作っている。悪かったな、という言葉に対して、そんなことはないと返すことができない。


「今は、なにやってる? いい子ちゃんしてるのか?」

「ああ」

「勉強ばっかりする生活に逆戻りしてるのか」

「そうだ」

「……そうか」


 滑り台で遊ぶ子供たちの声が聞こえてくる。滑ったあと、また段差を上って頂上まで行く。


「お前が、俺に言った言葉を覚えているか?」


 ゆっくりと、そう問いかけてきた。俺はうなずく。


「覚えていないわけがない。あの日の言葉に嘘はない。あれからずっと、それだけを考えてやってきた」

「ならいい」


 吸い終わった煙草を地面に落とし、靴で踏みつけている。あとで、捨てさせようと思いながら、俺は訊いてみた。


「お前は、あれからどうしていた?」


 山崎は、ああ、と笑う。


「なにも変わっちゃいねーよ。あのころのまんまだ」

「そんな気はしてた」


 風貌やしゃべりかたに大きな違いはない。たぶん、俺がいようがいまいが、こいつの軸は変わらなかっただろう。たまたま、あの時期につるんでいたというだけ。過ぎ去ってしまえば、なんてことはない、やんちゃしていただけの日々だ。


「高校には通ってるけどよ。勉強なんか一切してねーな。もともと、勉強なんて得意じゃないし、好きでもない。今も、その点に変化はない」


 俺と山崎は、本来接点なんてなかったはずだった。


 似ても似つかない。一緒にいたときも、こいつと俺が似ているなんて思ったことはなかった。ただ、似てはいなくても、心の奥底に通じるものがあると感じていた。


 山崎は、俺の家のほうをあごでしゃくり、言った。


「あれが、お前の妹か。なかなか可愛いじゃねえか。そりゃシスコンにもなるわな」

「……言っておくが、手を出したら殺すから」

「勘違いするな。そんな気はねえよ。お前と血がつながってるやつに欲情なんてできるわけがねえ」

「ならいい」


「ちなみに、今いくつだ? 高校生になってるのか?」

「そうだ。あんまり背が高くないから、そうは見えないかもしれないけど」

「なるほど」


 興味ないわりに、やたら訊いてくるな。

 俺は、山崎のほうを見ず、まっすぐ前を見つめながら言った。


「それで? どうして今さら俺に会いに来たんだ?」


 積もる話はいくらでもある。しかし、そんなことを話していても仕方がない。俺は、もう山崎と仲良くなるつもりはない。もう、切れた縁だと思っている。


「……」


 山崎は、足を組み替える。胸ポケットの煙草を再度取り出そうとして、またしまいなおす。それから言った。


「今日は、忠告に来た」

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