第39話 手当て

 マヨネーズや卵もかごに入れ、買うべきものはだいたいそろえることができた。あとはレジに持っていくだけだが、約束通り、お菓子のコーナーにも立ち寄る。


「一応、手伝ってくれたからな。好きなもの選んでいいぞ」

「ほんと?」


 そこで目をキラキラさせるおまえの精神年齢が心配だ。しかし、そんなことを言う気も失せるほどに楽しそうにお菓子を選んでいる。駄菓子、ポテトチップス、チョコレート。やがて、紗香は24個入りのチョコレートとタラタラしてんじゃねえよ(スティック型)を持ってきた。


「じゃあ、頼んだ」


 かごのなかに入れられる。俺は訊いた。


「チョコレートはまだしも、なぜにタラタラ?」

「酒のつまみにちょうどいいってお父さんよく言ってる」

「ああ、親父の分か?」

「え?」


 なんでそこで疑問符がつくのかよくわからない。


「酒のつまみなんだろ? お前の分じゃないだろ?」

「酒は当然飲まないけど、あたしの分に決まってるじゃん。酒ってどんな味か知らないけど、ジュースでも気分だけ味わえそう」

「ああ、そういう理由……」


 この妹、今さらながら大丈夫だろうか。

 俺の心配を知ってか知らずか、さっさと先へ歩いていく。俺はため息をこぼしながら、カートを運ぶ。


 会計を済ませて、地上まで上がる。


 エスカレーターの先に、長椅子が置かれていることに気がついた。俺は、紗香に声をかけた。


「ここでいったん休もう」

「え?」


 返事を待たず、買い物袋を椅子の上にのせる。家を出てからもうすぐ一時間が経とうとしていた。そろそろ限界だろうと思った。


「あたし、お腹すいたし、もう帰りたい」

「いいから。足、痛いんだろ?」


 買い物中、ずっと足を気にしていた。動き出すたびにちょっと顔をしかめていたし、歩き方もいつもと違っていた。


「まぁ、ちょっと痛いけど。大丈夫だから、もう帰ろうよ」

「あんまり無理するな。とにかく座れ」


 そう言うと、紗香は、渋々俺の隣に腰かける。さっき買った参考書を横に置く。俺は、紗香の足元を指さした。


「靴を脱げ、見てやるから」

「嫌だよ、なんでこんなところでそんなことしないといけないの」

「誰も見てないよ。とにかく脱げ」

「わかったよ」


 紗香がショートブーツのファスナーを下ろす。靴下も脱ぎ、素足になると足の側面とかかとが少し赤くなっていた。かかとにいたっては、擦り切れて血が出ている。


「足に合わないなら返品しろよ。こんなになってまで履くような靴じゃないだろ」

「少し履けば足になじむかなって思ったけど、ダメだった。靴は通販で買うもんじゃないね」

「おしゃれもいいけど、足痛めてたら世話ないぞ」

「わかってるよ、うるさいな」


 俺は、買い物袋からガーゼと包帯を取り出す。


「あれ? いつの間に買ってたの?」

「おまえがトイレに行ってる間にな。ちょっと待ってろ」


 ハンカチで傷をぬぐったあと、ガーゼを傷口に押し当てる。医療用テープで固定したうえで包帯をぐるぐるまいた。同じように側面のほうも手当てする。


「大げさだな」

「全然大げさじゃない。足痛めるとめんどうくさいぞ。風呂入るときにひりひりするし、靴下にも血が付く」

「はいはい」


 しかし、このまま靴を履かせてもすぐに剥がれてしまいかねない。靴下を履きなおした紗香に、さっきのとは別のハンカチを渡す。


「これを靴につめておけ。ないよりましだろ」

「え? クソ兄、ハンカチいくつ持ってるの?」

「どうせ、おまえのことだからハンカチも持っていないんだろうと思ってな。おまえのぶんも持ってきただけだ」

「たしかに、よく見るとあたしのだ」


 これで片方の足については大丈夫だろう。すぐに俺はもう片方も見せるように言った。


「え~? 両方?」

「当たり前だろ。片方だけ靴擦れなんて普通はない」

「そうだけど」


 ぶつぶつ文句を言いながら、反対側の靴を脱ぐ。同じように傷がある。ただし、さっきの足よりはマシなようだ。ガーゼを当て、包帯を巻く。


「これでよし」


 ごみを袋にまとめる。しかし、紗香は不服そうだ。


「なにが、よし、だよ。結局、いろんな人に見られてるんだけど」


 辺りを見渡すと、確かに微笑まし気にこちらを見ている人が幾人かいた。老夫婦と思しき二人は、こちらを見ながらこそこそなにか話している。わたしたちにもあんなことがあったわね~なんて話しているのかもしれない。


 紗香は、その場で足を踏み鳴らしながら、靴の感触を確かめている。さらに、立ったうえで、靴をとんとんと叩く。


「まぁ、大分マシにはなったかな」

「そうだろう。俺に何か言うことがあるんじゃないか?」

「は?」


 きつい視線を送られる。それから、ため息をつかれた。


「クソ兄にはわからないかもしれないけど、こういうのは恩着せがましくしないものなの。なにしようが、感謝しろって態度だとモテないよ?」

「じゃあ、感謝してください、お願いします」

「そういう問題でもないけど」


 呆れた表情になった紗香は、すでに歩き出している。未だに見られているから恥ずかしいのだろう。


「まったく素直じゃないな」


 俺は、そんな紗香を仕方ないやつだなと思いながら追いかけた。

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