幕間 山崎
急に態度が荒れた俺を、母はどうすることもできなかった。
小学生まで、俺はずっと大人しかった。黙々と勉強をしていた。どんなに寒い日でも暑い日でも、どんなに体調が悪いときでも、机のまえに向かわない日はなかった。
中学生になりたてのころもそうだった。勉強の習慣は簡単には抜けなかった。
態度が荒れる前は、つらくても、誰かにあたるようなことは少なかった。そんなことをするくらいなら、泣き出してしまうくらいだった。一言でいえば、内省的。表に感情を出すのは苦手で、自分の中にため込んでしまうタイプだった。
けれど、そんな自分を忘れたように、俺は、どんどん表に出していった
。
物を投げ飛ばす。大きな声を上げる。家具を蹴り飛ばす。
家の中での会話はどんどん減った。
母だけでなく、紗香も親父も、どう対応すればいいかわからないようだった。誰にも心の内を明かさなかった。こんなにどろどろした感情を言葉にすることなんてできない。
学校では、生活指導が何度も行われた。
その髪の毛の色はなんだ。授業中の態度はなんだ。おまえのせいで、学校全体の品が落ちている。
知るかと思った。そんなことのために、なぜ俺が我慢しなければならない。
態度が悪くなるにつれ、同級生との喧嘩も増えた。通っている中学には、俺のようなタイプはほとんど存在しなかった。みんな、中学受験をしてきたお坊ちゃんだ。遠巻きにバカにされることも多かった。
そんな生活をつづけているうちに、言われた。
――停学だ
はっきりとした口調だった。当たり前だろう。俺の扱いに、みなが苦慮していた。
俺は舌打ちをしながら、その言葉を受け入れた。
停学になってから、三日目くらいのこと。
――なおちゃん、どうしたの?
部屋にこもった俺に、ある日母が膝を詰めてきた。
――なにか不満があるんだったら、ちゃんと言って
しかし、俺は無視した。
俺の気持ちなんて、きっと誰にも分からないんだろうと思った。
ある日、俺は家を出て、近くにあるゲームセンターまで行った。
中に入ると、音がうるさい。ゲームの音。ボタンを操作したり、レバーががたがた傾く音。
その音は、俺の頭のもやもやを打ち消してくれている。そう感じた。
中に入り、適当に見繕った格ゲーをやりはじめる。別に格ゲーが得意なわけでもなんでもない。操作の仕方もわからない。意味もなく、上に下に動かし、パンチやキックを繰り返す。最初のほうは勝てたが、徐々に勝てなくなり、イライラが増していく。
めんどくさ。
しびれをきらした俺は、そのゲームを途中で放置して、席を立つ。
百円がもったいないとか、そんなことは考えなかった。
別の階に移動し、他のゲームを探す。
あるのは、音ゲー、プリクラ、コインゲーム、UFOキャッチャーなど。どれもこれも面白そうには見えない。
俺以外の客は、黙々と自分の選んだゲームをプレイしている。
また一人ぼっちだな、と思った。
好きなものなんて何もない。これをやりたいという希望なんてない。
誰も見向きなんてしなかった。私服を着ていれば、金髪でもそこまで目立つことはない。
各々、やりたいゲームがあり、それに熱中している。
俺にはない。
俺は、こうやって、喧騒の中を一人で歩くことしかできない。
どこにも俺の居場所なんてない……。
俺だけが浮いている。他の人間が、どこか遠いところにいるように思える。目に見えない隔たりが存在し、自分だけがその隔たりの外側にいる。
そんなことを思った。
気づけば、俺は、格ゲーのフロアに戻っていた。特に理由はない。あまりにもつまらなすぎて、行くところがなかっただけだ。
意味もなく家から出たはいいが、得られるものはなかったな。
そう思ったところで、俺がさっきプレイしていた筐体の前に、一人の男子学生が座っているのが見えた。その後ろ姿に、驚く。
赤髪だった。
中学生か、高校生か。そこまで歳は離れていないだろう。
少なくとも、俺の通っている中学の生徒じゃない。学ランだったが、デザインが微妙に違っている。そもそも、こんな赤髪の奴なんて見たことがない。
こいつはいったいなんだろう。興味を持った俺は、その男のもとまで近づく。
俺が背後で見ていることにも気づかず、黙々とプレイしている。
さっきの俺よりはうまかった。
やがて、ゲームが一区切りついたところで、そいつが振り向く。
「……」
見た瞬間に、親近感がわいた。
つまらなそうな顔。眉根に寄せられたしわ。
たぶん、こいつは俺と同類だ。直感的にそう思った。
そいつは言った。
「さっきのやつか。おまえのおかげでただでゲームできたわ」
「え?」
どうやら、俺が席を立ったあと、すぐにプレイを始めたようだ。だから、金を払わずにゲームすることができたのだろう。
ポケットに手を突っ込みながら、そいつが立ち上がる。
立ち上がると、思ったよりも背が高かった。近づかれると、見下ろされる形になる。
「おまえ、格ゲー下手糞だったな」
どうやら、俺のプレイを見ていたらしい。俺は言葉を返す。
「だから?」
ふん、と鼻で笑われる。
「別に。俺のほうがうまいってだけ」
なんなんだ、こいつは。いらっとしたが、そんなことを言いたいがために話しかけたのかと呆れた気持ちもあった。
俺は、相手の顔を見る。
「おまえ、つまんねえな」
つい、ぽろっと口からこぼれてしまう。一瞬、ミスったと思ったが、すぐにまあいいかと考え直す。
「は?」
「何度も言わせるな。うまいからどうした。つまらない」
どうでもよかった。俺にとっては、すべてがくだらない。
怒るかな、と予想した。たぶん、そういう沸点の低い人間なんじゃないかと勝手に想像した。
しかし、そいつは、確かにな、と静かに言うだけだった。
「確かに、つまらないな。お前も、俺も」
意味は分からない。けれど、なぜか共感している自分がいた。
「お前、名前は?」
急に訊かれ、面食らう。が、すぐに答えた。
「大楠」
そいつは、大きくうなずき、それから言った。
「山崎だ。覚えておかなくてもいいぞ」
……それが、俺と山崎との出会いだった。
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