第34話 迂闊
翌日。
授業が終わり、正門前まで行くと江南さんがいた。
以前と同様に目立っている。本人は平然としているが、明らかに視線を集めている。
近づいていくと、江南さんが顔を上げた。俺は言う。
「……やっぱりいるんだ」
江南さんが返す。
「やっぱりいるよ」
悪びれることなく、江南さんは俺のところまで歩み寄ってくる。昨日ほどのざわめきはないが、周囲の反応は露骨だ。まさか、とか、本当に、とかいう言葉が聞こえてくる。
「一緒に帰ろ」
江南さんにはこの声が聞こえていないのだろうか。教室でなく、正門で待つのは、せめて目立たないようにという配慮じゃないのか。
俺と江南さんは、ゆっくりと坂を下っていく。
そのうち、俺と江南さんが付き合っているというあらぬ噂が立てられるんじゃないかと思った。もしも、俺が目撃者の立場だったら、きっとそう勘違いしただろう。
「なんでそんなにきょろきょろしてるの?」
「なんでもなにも……さっきから見られているから」
「そう? いつもどおりじゃない?」
「そうかなぁ」
と言ったところで、俺は気がついた。
江南さんは、常に視線を集めている人だ。美人だから、学校で有名だから。いつも注目されているがゆえに、今の視線の量を異常だと思えないんじゃないだろうか。
「江南さん、大変なんだね」
「は?」
「いや、なんでもない」
少し進んだところで、江南さんが訊いてきた。
「ねえ、昨日、西川とは何を話してたの?」
「え?」
昼休みのことだろう。俺たちがどこかに行く様子を見ていたのだろうか。
「なにって、江南さんのことだけど?」
「わたし?」
「最近、江南さんどうしたんだろうね、って話だよ」
簡潔に、内容を説明する。二人とも、どうして江南さんが俺と話すようになったのか疑問に思っていること。また、西川が江南さんを心配していたこと。江南さんはそれを訊いて、ふぅんと少し低い声を出した。まさか、これが「機嫌が悪くなったとき」なんだろうか。西川の言う通り、あまり触れないようにしようと思った。
「……ずいぶん、楽しそうな話してたんだね」
そう言って、速足になる。明らかに怒っている。急ぎ足で俺も追いかける。
「……いや、ごめん。悪かった」
俺の言葉に、江南さんの足がぴたりと止まる。そして、俺の顔を見る。
江南さんは、先週までと同様の冷たい表情を浮かべていた。俺は、どこで地雷を踏んでしまったのだろうと焦った。
しばらくお互い見つめあっていると、急に江南さんが、
「もしかして、焦ってる?」
と訊いてきた。表情に変化はない。俺が、どうしようかとしどろもどろになっていると、やがて江南さんのほおが緩む。
「ふふ、やっぱり焦ってる」
「……ええと?」
「怒ってないよ。遊んでみただけ」
なんだ。俺は、緊張がほどけて、上半身を丸める。
「……あんたって、面白いね」
「からかうのはやめてくれ。心臓に悪いだろ」
「ごめんごめん」
江南さんは楽しそうだった。よほど俺の反応がよかったのだろう。
「西川は、いいやつだけど、世話焼きすぎるところあるんだよね。面倒くさかったかもしれないけど、気にしないであげて」
「いや、初めから気にしてないよ。面倒くさいなんて思ってないし」
「そう」
むしろ、西川は本当にいいやつなんだなと思った。江南さんのことをしっかり考えていて、いい関係だと感じた。
「きっと江南さんのことが心配なんだよ。江南さんと一緒にいることが多いから、そういう不安になる面をいっぱい知ってる。ほら、その、江南さんって、ほら……」
少し、仕返しの目的もあった。つい、俺は言ってしまう。
「性格に、その、少し難があるし……」
すぐに俺は後悔した。俺は何を言ってるんだ。面と向かって言う言葉じゃない。
危惧した通り、江南さんは笑顔のまま頬を引きつらせていた。びくっと口元が小刻みに揺れている。さっきとは違い、本当に怒っているように見えた。
「いや、今のは、その、違くて、言葉の綾というか……」
だが、そんな言い訳をしても意味がないくらいはっきりとした言葉だった。
江南さんが、言う。
「性格に難がある、ね。ふーん、へぇ。その話詳しく聞かせてもらってもいい?」
「いやぁ」
困り果てながら、事実じゃないかと思う自分もいた。じゃなければ、教室内であんなに浮いたりしない。当然、そんなことは言えないが。
「ねぇ、まさか西川も同じようなこと言ってないよね」
「違う。あくまで俺が思っただけだ」
「ふぅん。俺が思ったんだね。言葉の綾なんかじゃないね」
しまった。罠だったか。こればっかりはあっさり引っかかってしまった俺が悪い。
「ああ、そうだな」
開き直ることにした。もうごまかすことはできないだろう。だったら、思ったことを素直に言ったほうが健全だと思った。
「江南さんは、自分勝手なところがある」
「へえ」
「たとえば、俺を待ち伏せするようになったけど、その理由をちゃんと教えてくれないところとか」
むしろ、これはチャンスなのではないかと思った。素直な考えを口に出して、江南さんから本心をうかがうことができるかもしれない。
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