第28話 心配

「なおっち、ちょっといい?」


 次の日。


 昼休み、いつものように弁当を食べようとしたところで、西川に話しかけられた。

 以前にも、それとなく江南さんに事情をうかがうと言っていたから、その報告かもしれない。俺は、二つ返事で了承した。


 階段の踊り場まで移動する。


「梨沙ちゃんのことだけどさ……」


 やはり、内容は江南さんのことみたいだ。


 すでに、江南さんに異変があってから三日目だ。昨日の騒ぎを考えると、一緒に帰ったことも耳に入っているだろう。

 西川は見るからに落ち込んでいる。そういえば、最近江南さんと話している姿をあまり見ていない気がする。


「……江南さんには、いろいろ訊いてくれた、のか?」


 うん、と西川は言う。


「もうわたしにはよくわかんない。梨沙ちゃんに訊いても、『ちょっと興味が出た』としか教えてくれないから。……そんなことより、最近、梨沙ちゃんと何話してるの?」


 どうやら、メインの目的は、報告ではなく質問であるようだ。俺は答える。


「……実は昨日、2人で勉強していた」

「ぶぇ、べんきょ、う……? ふ、ふたりで……?」


 大げさなまでにショックを受けていた。片手で頭をおさえ、言葉を失っている。

 確かに、驚くよな。つい最近まで西川以外とはろくに会話もしなかった人だ。急に男子生徒と二人きりで勉強するようになったら、混乱するのも無理はない。


「一昨日、昨日と一緒に帰ってる。江南さんに正門前で待ち伏せされてる」

「……」

「話している内容は、他愛もないことだよ。勉強のこととか、家族のこととか」

「……へぇ」

「あと、昨日は江南さんとラインのIDを交換した」

「ちょっと待ってくれる? 怒涛の畳みかけでわたしの頭は限界を迎えている!」


 そうだな。俺の頭も限界を迎えた。だから考えることをやめたのだ。


「昨日、一緒に帰ったのは知ってたけど、一昨日もなんだ……」

「うん。部活が終わるまで、正門で待っていたらしい」

「部活、終わる、まで……?」


 ますます混乱の淵にはまっていく。わかるぞ、その気持ち。西川は、両手で頭を抱えてしまった。しばらく、そのまま固まっていたが、思考するのを諦めたらしい。


 両腕を下ろして、はぁ、と一つため息をついた。


「梨沙ちゃん、なんにも教えてくれないから、わたしはさびしいよ。わたしとの接し方にあまり変化はないけど、こんなこと初めてだからさ」

「結局、本人のみぞ知るってことか。俺が訊いても、『面白そうだから』くらいにしか言わないから、よくわかんないんだよ」

「う~ん、なるほどね」


 今となってみれば、そもそもなんで人に冷たくあたるのかがわからない。最近の江南さんを見ていると、本当は冷たい人間じゃないんじゃないかと思う。普通に笑うし、普通にこちらの言葉に返してくれる。ラインだって、変な内容ではなかった。

 とにかく、この謎を解き明かすには、もっと江南さんと話すしかないということだ。


「……ねえ、ちなみに、ラインのID交換したってホントなの?」

「え、うん」


 どうやら、そこを一番気にしているらしかった。


「西川も当然知ってるんだよな」


 もともと唯一の友達だったのだから、さすがに教えているだろう。でなければ、なんのためにラインをインストールしているのかがわからない。


「……知ってはいる」


 言葉に含みがあった。


「でも、実際にラインしたことはないんだよね。こっちから送ったことあるけど、既読が付いただけで、特に返答はなし。返答を求めた内容じゃなかったけどさ」

「な、なるほど……」


 あれ? 俺は、がっつり会話してしまったんだが。しかも、向こうからメッセージが送られてきた。


「ね、ねえ、なおっち。ラインのID交換しただけで、特にそれから何もないよね?」


 不安そうな面持ちでそう訊かれる。いつも明るい表情をし、元気そうにしている西川にしては珍しい表情だった。自分だけ既読無視されて、急に別の人間とラインで会話し始めていたら、嫌な気持ちにもなるだろう。


 本当のことは言えないなと思った。


「特に、何も、ない、よ」

「ホントに?」

「本当、本当だって」

「そう、なんだ」


 露骨に安心していた。ふぅ、と大きく息を吐いている。


「でも、梨沙ちゃんが他の人にも心を開いたんだったら、喜ばないとね! 今までずっとわたししか話す相手がいなかったからさ。なおっちなら、きっと梨沙ちゃんともうまくやれると思うし、頑張ってね」

「うん、頑張る……」


 人と話すだけで頑張らなければならないという時点で異常なんだけど。


「前にも言ったけど、梨沙ちゃん、たまに怒らせるようなこと言ったりするから気を付けてね。ぶっきらぼうになることもあるけど、どう言えばいいかわからなくて困っているだけのことも多いから。あと、機嫌が悪いときは、あんまり事情を訊かないであげてね」

「ああ」

「梨沙ちゃん、なおっちのこと気に入ってるのは間違いないはずだから、あんまり邪険にしないであげてね」

「わかってる」

「それとね……」


 よっぽど江南さんのことが心配なようだった。


 西川は、面倒見のいいやつだから、江南さんと話しているのかと少し思っていたが、違うようだ。ちゃんと江南さんのことが好きで、一緒にいる。


 一つ分かったのは、そんなことだった。


―――――――――――――――――――――

いつもお読みいただきありがとうございます。


前話の幕間「過去」ですが、文章が粗かったため、改稿いたしました。

文章が少し変わっていますが、内容に変化はありませんので、読み返す必要はありません。

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