第18話 謎

 二時限目の授業が終わってすぐ、西川と藤咲が俺の席までやってきた。どうやら、今日の江南さんの授業態度について思うことがあったようだ。以前と同じように階段の踊り場まで移動する。


 踊り場に着くやいなや、俺は頭を下げた。


「ごめん! 二人とも! 先週は勝手に帰ってしまって」


 結局、今に至るまで謝ることができていなかった。朝は、二人が登校したことに気づいていないフリをしていた。自分から謝りに行くのが怖かった。


「いや、いいよ~。気にするなよ、なおっち」


 西川の言葉に、藤咲もうなずく。


「全然大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど、江南さんを思っての行動だもんね。そんなに謝ることないと思う」


 二人とも怒っていないようで安心した。内心、思うところはあるのかもしれないが、関係にひびを入れるようなレベルではなかったらしい。


「ほんとごめん! もう二度とあんなことは起こさないよ。……ちなみに、あのあと江南さんは怒ってなかったの?」


 西川と藤咲は顔を見合わせる。


「それがね、わたしにもよくわからないの」


 藤咲の表情に嘘はないように見えた。首をかしげている。


「そうなんだよね~。あのあとすぐ、梨沙ちゃんも帰っちゃったから」

「え?」


 そうだったのか。でも、そうだとしたら怒っていることにならないか?

 俺のそんな疑問を感じとったのか、すぐに西川が答える。


「別にね、怒っている感じじゃなかったのね。わたしは、梨沙ちゃんと話すことが多いからわかるよ。怒ったときは、もっと眉間にしわが寄るし、露骨に舌打ちしたりするから」

「舌打ち……」


 それでも江南さんなら容易に想像できてしまう。


「だから、してないんだって。梨沙ちゃん、あのあと、何か考え込んでいてね。それからふと思い立ったように席を立ったの。心ここにあらずって感じで、鞄もスマホも置きっぱなしにして出てっちゃった」

「……どういうこと?」


 わけがわからない。


「それはこっちのセリフだっての! 鞄とスマホは梨沙ちゃんの家まで届けたけど、そのときも『あぁ』とかそんな生返事だけで、別のことをずっと考えているみたいだったから」


 ますます謎が深まっていく。怒っているとばかり思っていたが、もしかして本人の心に突き刺さるものがあったのだろうか。


「そして、今日登校してみたら、これだよ。遅刻はしないし、授業中は前を見ているし、先生に指されても真面目に答えてるし、いったい何が起こってるんだかさっぱり!」


 まぁ、本来であれば、それらの行動は極めて普通のことなんだが。

 しかし、一番近くにいるはずの西川すらわからないのか。怒っているわけではないとすると、まずます俺に対しての行動が不可解に感じられる。


「わたしも西川さんと同じ感想。今日はいろいろびっくりしちゃった。なぜか先生にはお礼言われたけど、わたしは特になにもしてないんだよね」

「……あれが気まぐれなのか、それとも心からの改心によるものなのか。前者ならまだわかるけど、後者だとすると、やっぱり俺のせいなのかな」

「たぶんそうだと思う」


 江南さんが何を考えているのか全く分からないのが怖い。明らかに目をつけられているのは俺だ。藤咲や西川に対して、特に変な視線が向けられているようには見えなかった。


「とにかく、梨沙ちゃんのことは、見守るしかないね。わたしもそれとなく聞いてみるけどあんまり期待しないでね」


 そうだな。ひとまず西川に任せるのがいいだろう。俺がとやかく考えていても仕方がない。





 昼休み。


 俺と齋藤と進藤は、いつものように机を囲って弁当を食べていた。あれからしばらく江南さんが俺のほうを見ることはなかった。ただ、授業はまじめに聞いているようで、たまに様子を覗いても、しっかり前の黒板を見ていた。


「不気味だな」


 齋藤が梅干しの種を舌で転がしながら言う。当然、その話題は江南さんのことだ。


「あんなに急にまじめになるとはな。まさか、以前の城山の呼び出しが効いているわけじゃないよな。教室に戻ってきたときぶちギレてたし、とても教師の言うことを素直に聞くようには見えないし」

「……あの不良のことなんか、どうだっていい。どうせ、大したことじゃない」


 進藤もあんまり江南さんのことが好きじゃないようだ。朝もそうだったが、江南さんの話題になると露骨に嫌そうにする。

 齋藤もそうだな、とうなずいている。


「まあ、俺たちの気にすることじゃないか。巻き込まれないように気を付けないとな」


 そう言って、箸をくわえた齋藤は、そのまま静止する。その目は俺の頭上を越えて、さらに後ろをとらえているようだった。


 ――なんだ?


 やがて、進藤も齋藤と同じ方を見て固まっている。気になった俺は、背後を振り返る。


「……え」


 そこには、江南さんがいた。その場に黙って立ち、俺たちを見下ろしていた。


「……」


 俺は、口をぱくぱくさせるしかなかった。立て続けになんでこんなことが起こるんだ。


 江南さんは言った。


「ねえ」


 その言葉は明らかに俺に向けられたものだった。

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