第36話 愛は止まらない
歩いて帰るなど不可能だった俺たちは、結局バスを乗り継いで――普通に乗れたのは、きっとゲームが終わったからだろう――家にたどり着いた。
その間、母親やぼたん、名取に妹尾萌香など、迷惑をかけた相手に電話やメールをして蒼乃の無事を知らせると、そのほとんどの相手から良かったと返事が返って来た。
ほとんどというのは、母親からは大目玉付きの電話であったからだ。
蒼乃が家出をしたという事になっていたので、怒りの矛先は蒼乃に向けられてしまったのが申し訳なかったのだが……。
お詫びとしてデート一回という、俺にとっては報酬にしかなっていない事を献上することになってしまったのは、仕方ないというかむしろ嬉しい悲鳴である。
「蒼司、大丈夫? もうすぐ家だけど歩ける? おんぶしようか?」
「妹におんぶされる兄貴とか恥ずかしすぎるからやめてくれ」
というか今おんぶされると色々と困ってしまう。
主にこう……男特有の突起が大変な事になっているからだ。
くそっ、母親が居ない家に帰るってだけなのに……。別に俺は期待なんてしてねえっての。疲れてると元気になるとか言うけどそういうのだって。決して蒼乃と色々したいとか……したいけど考えてねえってば!
「それに、これだけで十分だって」
そう言って、俺は蒼乃と指を絡ませている左手を上げて見せる。
電話するときも、バスに乗った時も、歩いている時も。蒼乃を見つけた時からずっと、手を繋ぎっぱなしだった。
「そ、そう?」
うわぁ、俺の妹兼恋人超可愛い。
頬を紅に染めながらうっすらと笑うその姿はとても艶やかで、きっと世界中のどんな美女をかき集めても蒼乃の髪の毛一本分にもならないに違いなかった。
「でも急ごう。手を繋いでる所をご近所さんに見られたら変に思われる」
仲の良い兄妹ですね、ですめばいいだろうが、今の俺と蒼乃の間にはハートが大量に乱舞している。見られてしまえばただならぬ関係なのではと邪推されてしまうかもしれない。
「ん」
痛む足を引きずりながら家へと急ぐ。
バス停から家までほんの2、300メートルだというのにとても長く感じた。
それでもようやく家までたどり着き……つないだ手を離さないために二人がかりでリュックから鍵を取り出して玄関の扉を開ける。
一緒に家の中に入って、一緒に靴を脱いで、手を繋いだまま靴を並べると、なんだかゲームをやっているみたいで楽しくなってきてしまった。
「どこまで繋いでいられるか、みたいな感じかな?」
どうやら蒼乃も同じ感覚だったらしい。さすが長年時間を同じくした兄妹だ。
「さすがにシャワーの時にはやめないとな」
「え~」
……妹よ。シャワーも一緒に浴びるつもりかな? 俺の忍耐がどこまで続くか試してる?
襲って欲しいの? って聞いたら即座にうんっという返事が戻って来そうだったから聞かない事にする。そんな事言われたら、確実に理性が切れる自信があるから。
「パパっと入ってくるから、その間に消毒薬と簡単に食べられる物を準備しといてくれると嬉しい」
なんて、シャワーに乱入されないようにするための予防策だけど。
「ん、分かった」
確約を貰った後、一緒に上がり框をのぼれば……手を離す時がやってきてしまう。
俺は着替えを取りに二階へ。蒼乃は薬や食事の準備で一階に居なければならない。
手を離すなんて、大したことはないと考えて居たのに、どうしようもないほどの抵抗を覚えてしまっていた。
「えっと、蒼乃。手、離していいんだぞ?」
「離すなら蒼司が離して。私からは嫌」
……そんな直球過ぎんだろ、反則だ。
今までずっとツンツンしてたのに、こんなにデレデレになるとかもうギャップがあり過ぎて俺の脳細胞が溶けちゃうだろ。
くっそー……。
「分かった」
俺は深呼吸をしてから、指を一本一本引きはがしていく。
本音を言うならば、ずっと繋いでいたかったが仕方がない。俺は後ろ髪を引かれまくってハゲになるんじゃないかってくらいの想いでようやく繋いでいた手を離したのだった。
「じゃ」
そこからの俺は迅速の一言に尽きた。
まだこんな体力が残っていたのかと自分でも驚くほどの速さで二階へと駆けあがり、着替えを持って風呂場に行くと、カラスよりも素早くシャワーを浴びて外に出る。
蒼乃と一緒に居たい選手権があったら俺は世界一を取れるくらいの気分だった。
キッチンのドアを開けると同時に自分でも驚くくらいの大声で蒼乃の名前を呼んでしまう。
「蒼乃っ」
実は、俺が離れている間に蒼乃が消えてしまうんじゃないかという恐怖に襲われてしまっていたのだが、それは胸に仕舞っておこう。
「うん、なあに?」
制服の上にいつもの薄い青色のエプロンを付けて、新妻よろしく料理をしている蒼乃の姿は、こう、グッとくるものがあった。
「何作ってくれてるの?」
「ん、卵焼き。得意だしね」
後は本来弁当様だった冷凍食品が出されている。
一応蒼乃はある程度料理が出来るはずなので、これは早さを優先したのだろう。
「ありがとう、大好きだよ」
「…………」
なんだよ、急に固まってこっち見て。
「もうっ!」
なんだよ。蒼乃の卵焼き大好きって言っただけじゃん。
なんで急に怒られなきゃいけないんだよ。
「っと、救急箱出しててくれたのか、サンキュー」
「どういたしましてっ」
俺はソファーに座って足の裏を消毒し始める。
蒼乃は料理を続けていた。
しばらく俺たちの間を沈黙が支配する。けれどこれは以前の様なギスギスした空気など欠片も無く、心地の良い静寂だ。
俺は安心できるその空間に心を預け、治療を続けていた。
「終わったよ」
蒼乃が食事の用意が出来たことを教えてくれる。
味噌汁に卵焼き、ご飯に冷凍食品のおかずと納豆。豪華すぎる昼食が食卓に並んでいた。
「美味そうだなぁ。それに蒼乃の手料理が食べられるとか幸せ過ぎる」
「蒼司、それお母さんが居る時に言っちゃダメだからね」
「分かってる。でもお前もさっきから蒼司って言ってるだろ」
「今お母さん居ないからいいんだもん……」
……互いに気を付けないとな。
「そうだな。俺たちは恋人だけど……」
「
それまで浮かれていた心に、急激に冷や水を浴びせられた気がしてしまう。
「でも兄妹の前に恋人だ」
どこまでやっていいだとか、どうやって隠していくかはこれから話し合って決めていくしかないだろう。
そんな辛い選択を俺たちはして、いばらの道を歩いていくことを覚悟したんだ。
でも、蒼乃となら歩いて行ける。そんな気がしていた。
「これから色んな事決めて行かなきゃな」
「……例えば?」
「……どこまでしていいとか?」
途端に蒼乃が押し黙る。
顔を真っ赤にしている所を見ると、そういう事まで考えて居るのだろう。
そこは多分やっちゃダメなラインだけどな、想像だけど。
「特定の場所では絶対、関係が分かるような事をしちゃいけないとかが先だからな」
例えばスマホの裏に貼ってあるシールとか。
「そ、そうだね」
すまし顔で取り繕ってみせる蒼乃だが、どうにもそんな蒼乃が愛おしくて愛おしくて……。
これはあれだろう。好きな女の子にいじわるしたくなるとかそういう類の感情ではないだろうか。俺はムラムラっと沸き上がって来た感情を抑えきれず、ついつい爆発させてしまう。
……今は大丈夫な状況だし、仕方ないね。
「蒼乃、好きだぞ」
「ふわっ」
好きだと告白するなんて、本当はもっとドキドキすることだろうに、俺はそれが当然すぎてもう胸の高鳴りなんか何も感じなくなっていた。蒼乃は違うようだけど。
好きなんて、何も特別な事じゃない。俺にとって蒼乃を好きなんて事は、生きているのと同じくらい当たり前の事なんだ。
というか警察官の前であれだけ抱き合って好き好き言い合ったのに今更恥ずかしがるのかよ。
「い、いいから早く食べてよ。兄の好きな甘い卵焼きなんだから」
蒼乃は辛い方が好きなはずなのに、俺の好みに合わせてくれている様だった。それがもう可愛くて可愛くて……俺の体は俺の意思とは別に動き出してしまい……。
「蒼乃」
「なにっ……んっ」
いずれ俺たちは危機に直面する事だろう。
周りのみんなに迷惑をかけて、白い目で見られ、後ろ指を指されたりするかもしれない。
今日の様に無理やり引きはなされて、今度こそ一生会えなくなってしまうなんて事も考えられる。
きっと、俺たちが歩む未来には
分かっている。分かっているけれど、
俺は、俺たちはいけない事をしている。
それでも、俺と蒼乃は、愛し合う事を
ツンツンな妹が実はデレデレだったって本当ですか? 駆威命『かけい みこと』(元・駆逐ライフ @helpme
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