第18話 初体験
今度は踏むべきボタンが二つに減ったおかげか、蒼乃は上手くゲームを進められている様だ。
俺の方は、そもそももっと難易度の高い曲も行けるため、蒼乃の様子を伺う余裕すらある。
「んっ……とっ……あっ……」
今度はきちんと出来ているせいか、たまに見える蒼乃の横顔も穏やかに見える。
必死になって画面と足元を交互に見ていてちょっと可愛いなと父性にも似た感情が沸き上がって来た。
うん、こういう感情なら兄妹で抱く普通の感情だし別に構わないんだよな。
さっきまで感じてたのはただの勘違いで、蒼乃も素直に俺に懐いてくれてるだけ。男女の感情なんかあるはずがない。ちょっとあの喫茶店の雰囲気に当てられて変な方向に思考がはしっちゃっただけなんだよ。
「兄きちんとやって」
意外な事に喋る余裕が出て来たのか蒼乃から要求が飛ぶ。
「やってるって、一つも逃してないぞ」
俺は台の後方に設置されているバーによりかかり、必要な時だけ足を伸ばして軽くボタンを押している。蒼乃のちょこちょこ動き回っては一生懸命ボタンを踏んでいるのとはずいぶんやり方が違うため、誤解されてしまった様だ。
「ホントに?」
「ホントだって。……ほら終わった」
俺が画面を指さすと同時に曲が終わり、評価発表が始まる。ドラムロールと共にメーターが上がっていき、
「な?」
高得点でクリアしたとの結果と共に、ファンファーレと大歓声が鳴り響いた。
「むぅ……嬉しいけど……兄はなんで、疲れてないの?」
蒼乃は一曲終わっただけなのに、はぁはぁと息を切らせている。
あれだけちょこちょこと動き回り、一回一回全力でボタンを踏みしめて居れば、確かに疲れてもおかしくはない。
「慣れてるからだよ」
はっはっはっとわざとらしく高笑いしながら肩をポンと叩いて半身だけ前に出ると、画面を弄り始める。
「なんか聞いた事ある曲があったら言ってくれ」
ボタンを押してイントロを一瞬だけ流しては次の曲へ。そうやって次々と曲を流していると、
「あ」
テレビCMでも流されている有名な曲の所で蒼乃が反応を見せる。
……ちょっと難易度高めだけどいいか。
決定を押して、イージーモードを選択。とはいえイージーでもそこそこの難易度があるようだ。
「ちょっと難しいけど頑張れ」
「……頑張る」
こうも素直な反応を見せる蒼乃は少し新鮮だな、なんて思いつつ、俺は再びバーに寄り掛かって構えを取る。
とはいえ蒼乃にとって難しくても、俺にとってそうとは限らないのだが……。
「むっ、とっ、んっ」
いちいち声を出さないと踏めないのかと突っ込みたくなるほど蒼乃は騒がしくプレイを始める。
先ほどと違って多少難易度が高いため、蒼乃はずいぶん体を揺らしているようだ。
それは蒼乃が十二分にゲームを楽しんでくれている事の証左であり、俺にとってはかなり嬉しい事だった。
なんて思いながら眺めていたら、大きく動いた蒼乃が台を踏み外して大きく体勢を崩して――。
「危ないっ!!」
俺は咄嗟に蒼乃を抱きしめ、転倒を防ぐ。
「はー……ぶなっ……」
今のは本気で肝が冷えた。
台の高さはせいぜい30センチ程度だが、足を挫くくらいはするだろうし、運が悪ければ何かに頭をぶつけたりするかもしれない。ぶつけたところが尖っていれば、大怪我だってするかもしれないのだ。
蒼乃がそんな事になるのは絶対に嫌だった。
「あ、ありがと……」
「いやいや、怪我が無くてよかっ……た……けど……」
腕を緩めようとして、気付く。
蒼乃の顔が、俺の顔からほんの数センチというごくごく近距離にある事を。
あと少し首を伸ばせば、蒼乃に……してしまえるほどの距離だ。
それが分かった瞬間、俺は金縛りにあってしまったかのように動けなくなってしまった。
先ほどまで運動していたからか、腕の中にいる蒼乃は息を荒らげており、呼吸する度に胸が俺の腕に押し付けられる。
更にその吐息が俺の腕や顔にかかり、生々しい体温と甘い香りを伝えて来て、俺は頭がくらくらしてしまった。
「あ、お……の……」
先ほどまで、兄だなんだと考えて居た自分が馬鹿らしくなるくらい可愛い女の子が、どうにでも、なんでもしてしまえるほど近くに居た。
「に、兄……」
蒼乃が長いまつ毛のついたまぶたをパチパチとしばたたかせる。その奥の瞳に、嫌悪の色はない。それどころか、もっと違う感情、俺の事を受け入れてくれるんじゃないかという、そんな感情が瞬いているような気さえしてくる。
「あ、蒼乃……俺――」
――ガシャーンという大きな音と共にブーイングが鳴り響く。
「わっ」
俺がブーイングされたのかと勘違いして、思わず蒼乃から身を引いたが、もちろんそんな事はあり得ない。ただ単に、プレイを途中でやめたからゲームオーバーになってしまっただけ。
「あ、あはははは……ゲーム、負けちゃったな」
それはあからさまな話題逸らし。いつもの蒼乃なら、何やるつもりだったの、兄! などと言って、俺を怒鳴りつけるはずだろうに……。
「そうだね、残念」
そう軽く言って、何故かゲーム画面でなく俺の方をじっと見つめて来る。
残念なのはゲームじゃなくて、もっと別の物であると言うかのように。
「べ、別のゲームするか。エアホッケーとかやってみようぜ。俺もう何年振りだろ、あれやるの」
「……うん、任せる」
俺がわざとらしく騒いでみせるのとは正反対に、蒼乃は静かにそして冷静に、でもいつもと全く違って俺に逆らうようなことは全くせず、言われるがままに俺の後をついて回った。
「腕痛い……」
「ちょっと張り切り過ぎたなぁ」
エアホッケーや太鼓にドラム、ボール投げ。体を動かすことが要求される様々なゲームをハシゴした結果、俺も蒼乃も腕が持ち上がらなくなるくらいに披露してしまった。
最初の内こそ意識してしまっていたものの、長く遊び続けるうちにそういう意識はどこかに飛んで行ってしまい、最終的には仲のいい兄妹が無邪気に遊ぶだけになっていたように思う。
「結構遊んだし、そろそろ帰るか」
「ん」
心なしか満ち足りた顔の蒼乃が短く頷く。
楽しかったか、なんてわざわざ聞くまでもないだろう。
「明日の筋肉痛が怖いなぁ」
なんて外に出ようと移動していたら……。
「兄、最後にあれやりたい」
「ああ、いいぞ……」
蒼乃が指さす方向に目を向ける。そこにあったのは、いわゆるプリントシールの機械だった。
写真を撮って、その場でシールとして排出される機械で、盗撮の危険があるとかで男性だけでの利用は出来ないようになっている代物だ。
もちろん男性の俺は利用した事がないし、そもそも興味を持ったことも無かった。
「あ、あれって写真撮るやつだからゲームじゃないぞ?」
「知ってる。初めてゲームセンターに来た記念に撮ってみたい」
「……俺でいいのか?」
「いい」
「いやでもな、俺はちょっと恥ずかしいんだが……」
「いいから来る」
蒼乃は俺の肩辺りの服をつまむと機械の方にずんずんと突き進んでいく。
そのまま適当な機械を選び、カーテンをくぐる。
「これは私が払うから」
有無を言わせずコインを投入し、操作を始めてしまう。
何となく居心地の悪さを感じながら、蒼乃をしり目に画面に映る俺の顔を眺める。
俺は今、ちょっとだけ困っている。そう感じているのだから、それが顔にも出ていてちょっと困った様な顔をしているはずだ。はずなのに……。
なんでちょっと笑ってるんだよ。しかも、苦笑とかじゃなくて、純粋に嬉しいって顔だ。
俺はそんなに、そんなに蒼乃とこうして写真を撮るのが嬉しいのだろうか。
「はい、準備できたから……」
「うっし!」
「変顔はしないで」
「してねえよ!」
ちくしょう、何もしないで変顔っていう皮肉かよ。相変わらず可愛くねえな。
画面には今日の日付と、初という文字が書き込まれていて……。
機械が3、2、1とカウントダウンを始めるのに合わせて、蒼乃が早口で何かを呟く。
その声は、ゲーセン特有の騒音にかき消されて俺に届かなかったが、内容は十分に
伝わった。
多分蒼乃はありがとうと言ったんだ。
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