第17話 迷う心と迷わぬ心
今日のミッションは、カップルドリンクを一緒に飲むというものだったが、これは紆余曲折ありつつも、なんとかして達成することが出来た。
ドリンクを飲み終わった俺たちは、喫茶店を後にして雑踏の中を歩き出す。
俺と肩がぶつかってしまいそうなほどの距離を歩く蒼乃の顔は、まだ少し不満が残っているように見えるが、俺はそれよりも気になる事があった。
ゲームが難しくなってから出たミッションは、一メートル以内で一時間とカップルドリンクの二つ。どちらも明らかに、仲良くのレベルが度を越している。
友達とか兄妹として仲良くではなく、恋人のそれだ。
正直言って、今後求められるレベルがそういうものになるのではないかと思っているのだが、今はそんな事どうでもいい。
問題は俺でなく蒼乃。
蒼乃であれば、こんなカップルドリンクなんて絶対に嫌がると思っていた。罵倒したり散々嫌がった後で、仕方なくミッションをクリアするものだと確信すらしていたのだが……。
結果は違う。蒼乃は少しだけ顔を歪めた後、そう、とだけ呟いて自分からあのカップルドリンクを飲める喫茶店に行こうと言い出した。
手作りでもして部屋の中で隠れて飲めばいいのに、わざわざ隣町にまでやってきて、喫茶店で飲むことを選んだのだ。
「蒼乃」
「何?」
俺は蒼乃の真意が知りたくて声を掛ける。
なんと尋ねればいいのだろう。
蒼乃は俺とそういう関係になってもいいのか? とか言えばいいのだろうか。それとも俺の事を何とも思っていないからこういう事できるのか? の方がいいかもしれない。
質問するべき言葉が頭の中をぐるぐると駆けまわり、結論の出ない迷路へと迷い込んでしまう。
「変な
蒼乃は結局黙ったままの俺から視線を外す。
お前の方がよっぽど変だよと言ってやりたかったが……言えなかった。
妹に何意識してるのとか、兄妹でそんな事を考えるなんて気持ち悪いとか、そういう否定されるような事を言われてしまうのが怖かった……のかもしれない。
だからという訳ではないだろうが、代わりに俺の口から飛び出たのは別の事だった。
「ゲーセンでも行かねえ?」
「……なんで?」
「なんでって……」
俺は何故こんな言葉を口にしてしまったのか、自分でも分からなかった。
蒼乃と仲良くなれるならそれに越したことはないが、それは普通の兄妹としての範疇であるべきだ。ゲームの求めているレベルは、絶対にあってはならない。
だから俺は、俺たちは、あくまでもミッションをするだけのドライな関係で居なければならないはずなのに……。
「そうだな、すまん。お前ゲーセンとか行かないもんな。忘れて……」
「行く」
なんで、肯定するんだよ。
いつも通り冷たい目を向けて、有り得ないからって否定してくれよ。そうじゃないと……そうじゃないとさぁ……。
「一度も、行ったことないし……。昔から、ちょとだけ気になってた」
「……そっか」
俺はガシガシと頭を掻きながら立ち止まる。
蒼乃を見ると、蒼乃はこちらを見ずに少しだけ俯いたままでまったく表情を動かしていない。このことに対して何も特別な感情を持っていないからか、それとも押し殺しているのかは外見からでは判断がつかなかった。
「っと……」
歩道の真ん中で立ち止まった俺を避けようとして避けきれなかったのか、背後から肩をぶつけられる。
サラリーマン風の男が、すみませんと小さな声で謝罪しながら通り過ぎて行った。
「兄……もっと近くに来て。邪魔になってる」
蒼乃が俺の袖をつまんで引っ張る。
人差し指と親指だけの僅かな接触。引っ張る力も小さい。それなのに俺は魔法のように蒼乃の方へと吸い寄せられてしまった。
肩と肩が重なり、ほんの少し手を動かすだけで蒼乃と手を繋ぐことが出来る。
それを意識しないはずがなかった。
「行こう。ゲーセンは向こう側だ」
俺はその意識を振り払って、それまで歩いて来た道をまた戻り始める。
蒼乃は後ろをついてきているはずだ。確認は……していない。
なんだったら着いてきてくれなくても良かった。
それだったら、この気の迷いを振り切れるはずだから……。
ガーっと音を立てて自動ドアが開いた瞬間、それ以上の騒音が俺たち二人を包み込む。
この大音量に慣れていない蒼乃は、思わずといった感じで一歩後退って両耳を塞ぐ。
「こんなん序の口だぞ? 中っていうか、ゲームはもっと音でかいからな」
そうは言っても蒼乃は両耳を押さえているため、俺が何を言ったのかすら気付いていない様だ。
俺は手を上げた状態で蒼乃の手を掴もうか悩み、一瞬空中を彷徨わせた後、結局蒼乃の肩に着地させた。
俺に気付いて横を向いた蒼乃に、頭を軽く振ってついてくる様に合図を送るとそのまま歩き出す。
「お前はあんまりゲームとかやったことないよな?」
「え、何ー?」
「ゲーム、どのくらいやった!?」
俺は振り向いて蒼乃の耳元に顔を近づけて声を出す。
「友達の家でするくらい!」
なるほど、つまりほとんど初心者か。なら体感系のゲームが良さそうだな。
そう判断した俺は、体感ゲームと言えばこれって言えるくらい王道なダンスゲームへと向かった。
コインを一つ入れてスタートボタンを押す。
「自分の分くらい払うのに」
ようやく音に慣れて来たと思しき蒼乃が、耳から手を離してそう言ってくる。
「まずはお試しだって。楽しかったら次はお前が出せばいいから」
俺は蒼乃の背中を押して台に上がらせ、軽くゲームシステムの説明をした後、簡単そうな曲を選んで決定ボタンを押した。
「わっ、ちょっちょっと待って!」
「曲選ぶのも時間制限があるんだよ」
まあ、まだ60秒くらいあったけどな。
「も~っ」
不満を漏らす蒼乃を無視してゲームが始まり、画面に表示された矢印がゆっくりと下がって来る。
この矢印が下のバーにたどり着いた瞬間に、タイミングよく足でボタンを踏むゲームなのだが……。
「えっ、とっと? あれっ? こ、これ? えっ?」
はた目にもゆっくりと落ちて来る矢印だったが、ゲーム初心者には結構難しかったらしい。
なかなかタイミングよくボタンを踏めず、ゲージがみるみる内に減っていく。
それに焦って慌ててしまい、更に踏み外すという悪循環に陥っていた。
結果は言うまでもなく最低点で、画面からはブーイングが鳴る。
蒼乃は唇を尖らせて画面を恨めしそうに睨みつけると、
「む~……」
なんて可愛らしく唸り声をあげたものだから、悪いとは思いつつも、つい笑ってしまった。
……初心者向けでこの点数叩き出すヤツ初めてみた、なんて言ったらさすがに蒼乃も怒るだろうなぁ。ったくしょうがないな。
俺は再び同じ曲を選択すると、俺は台に上がって蒼乃の背後に立つ。
「蒼乃。左二つは俺が踏むから、右二つはお前が踏め」
「え? で、でもそれズルじゃないの?」
こんな時でも真面目だなと思わず笑いがこみ上げてくる。
「大丈夫だって。楽しく遊ぶってのが一番大切なんだから」
ついでに、ボタンを踏んだら中心に戻れだとか体を揺らさず体幹をしっかり保てだとか色々コツを教えているうちに音楽が流れ始めた。
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