-40-「餓鬼」

ザァァ……。バチャッ、バチャッ。



時間の停滞したバー、Openers相談所。大層な水漏れの音が聞こえ、俺はビビって目を覚ました。


な、なんだ、水道弾けたか!?



咄嗟に音の方へ駆けつける。


すると、あー、なんだ。



伊月

「んだよ。」



水本

「キャーーーー!!!へ、へ、変態ーーーー!!!」



水本が裏手のキッチンでシャワー浴びてた。


いや、流しで行水すんなよ。



俺は顔面に水の塊をぶつけられ、朝っぱらから目覚めバッチリだ、クソッタレ。



伊月

「風呂なら銭湯行けや、近いだろーが。」



水本

「ふ、ふんっ。僕、水でもいいんだもん。2年間そうして生きてきたんだから。」



聞いた話だと、水本は毎日冷水で体洗ってたらしい。よく二度も冬越せたなコイツ。



水本

「ドラム缶に、小石と砂利と炭を入れて……川の水を僕のシールでたくさん注ぐの。そうやってろ過して水を確保してきたんだよ。」



伊月

「よく知ってたな、濾過の仕方。」



水本

「本屋でたくさん立ち読みしてきたからねっ。」



あぁ、きっと本屋の店員も聞いて驚くだろうな。よく立ち読みしているガキが、まさか日々を生き抜くための知識を必死に探しにきていたなんて。



水本

「精米所からもらってきてたんだ、米ぬか。米ぬかは江戸時代の石けんだったんだよ、これで身体を洗ってたの。サポニンって成分がいいらしくて……。」



これぞ生きた教育だよな。1年くらい無人島でサバイバルするのを必須科目にすりゃあ、全ての学生は否が応でも勉強するんじゃねぇの。大半が生還できなそうだが。



さぁて。今日は水曜日。ちと前なら憂鬱な週の中日だったが……優雅なモンだ。時刻は午前9時を回ったところだ、なにしてやろうと考えていたところ。



ピンポン。


ピンポンピンポンピピピピピピピピ。



伊月

「うるっせぇ!!!」



水本

「だ、誰、悪い人……?」



伊月

「間違いなく悪いヤツだろうな!


はいはい、誰だコラ!」



カギを開ける。


すると、とんでもない勢いで内開きのドアが蹴飛ばされ、顔面にドアの衝撃を喰らった。


おぉぉぉ、殺ぉぉぉ……!!!



八幡

「ダラダラしてますなぁ、旦那。あんまり遅いもんで、ドアノブ捻り押すのも億劫になっちまったっすよ。」



伊月

「クソガキが……ァ!!!


折檻したるわ!テメェのパソコンぶっ壊してやる!」



八幡

「おやおや、怖い怖い。怖いこと言う口なら無い方がいいんじゃないの?」



いつの間にか、銃口が口にねじ込まれていた。コイツもう本当やだ。力に物言わせやがってよ。



水本

「や、やめてよ、八幡ちゃん。伊月さんがかわいそう。」



八幡

「けろけろ。たしかに哀れっすな。」



水本

「そういう意味で言ってないよぉ!」



じゅぽっと銃が引き抜かれ、光のチリとなって消えていく。


憤怒ばかりだが、こんなヤツにキレても体力の無駄だ。サイコ気取りとかイタいぜバーカ、いつか過去の自分を思い出してヒャァーってなれってんだ。



伊月

「てかお前、学校はどうしやがったんだ。」



八幡はふてぶてしくソファにふんぞりかえり、水本をアゴで使う。水本もそれに慣れているようで、アゴ一つで麦茶を要請されていることを知り、素直に冷蔵庫へ向かっていった。



八幡

「更けてきたんでさぁ。」



伊月

「素直なヤツ……。それでいいのかよ、お前。」



八幡

「いーんすよ。義務教育ってのは、バカをちっとはまともにさせるための成型機っす。私みたいに地頭良いヤツは用の無いところなんでございましてね。


大学なら行ってやらんこともないんすけど。」



伊月

「こざかしいやっちゃな。IQなんぼだよ。」



八幡

「1万と2000くらい?」



適当言いやがって……どんな教育受けたらこんな生意気ヤローが育つってんだ。


一方で、木島はたしか、八幡がテスト1位だと言っていた。頭が回るヤツだってのも、今までの言動を見てるとなんとなく分かる。



伊月

「……じゃ、一旦信じたとして。」



八幡

「ありゃっす。」



伊月

「学校は行けよ。木島だってなんとか行ってんだぞ。」



八幡

「旦那ぁ。私は説教聞きにきたんじゃないんですぜ。


たかだか会って何日かってガキにそこまで肩入れしてくれてるのは、そりゃあもう深々と感謝したいっすけど。」



いくらなんでも、出しゃばるには私たちを知らなすぎるんじゃないんで?


って言われちゃあな……。ま、その通りだわな。



水本

「あ……あのう。僕はその、伊月さんにはたくさん出しゃばってほしくて、これからもっと僕を知ってほしいと思ってて……。だから、そんなに落ち込まないでっ?」



伊月

「落ち込んでねぇよ。納得しただけだ。


そう。俺とお前はビジネスパートナーだ。それ以上じゃねぇ。」



八幡

「セフレにもなれますぜ、旦那。」



伊月

「1万と2000年早ぇよ。」



八幡

「ほぉ、旦那は熟女がお好きで?」



伊月

「逆だ逆、蒙古斑も消えやらねぇガキなんざに発情するわけねぇだろってんだよ。


クソ、ムカつくぜ。二度寝してやるわ。」



もう一度寝床に戻り、横になる。アイマスクと耳栓は俺のマストアイテムだ。睡眠とは俗世からの隔絶と解放であるからにして。


完全装備してさらば……と思ったが、のしっと俺の上に誰かが寝転がる。思い切り腹に乗ってきたから内臓出そうになる。


耳栓とて、耳元で囁かれればよく聞こえる。八幡は俺の上に乗りながら、ほざいた。



八幡

「抱き枕になったるっす。JC抱いて寝ると一定時間無敵になる効果あるんすよ。」



ねぇよ。

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