それが犬なのか、水本君。

-38-「筋肉」

あれから1週間。


特に何もなく過ごしている。



しかし、俺にとっては陰鬱とした1週間だった。



いや、いくら阿保とはいえ、子どもに「無事でよかった。」と泣かれながら言われてみろ。


精神病むわ。


俺、どうなってたんだと。


俺、どうすりゃいいんだと。



素直に感謝しようと思ったが、このレベルは感謝じゃ足りないんじゃないか。


何かしらのプレゼントが必要なレベルにも感じるのだ。



なので、この前の銭湯でふと思いついた、箱根旅行計画を開始していた。


時期的に、奴らはそろそろ夏休み。これはチャンスじゃあないか?



で、いつも通りに奴らがやってきた夕方。


俺は聞いてみた。



伊月

「温泉入りに箱根、行くか?」



リアクションは、案の定に愚直。



木島

「箱根!素晴らしい!もちろん行くぞ、さぁ行くぞ!今からか?」



伊月

「んなわけないだろ。夏休みに入ったらだ。


いや、よく分からんけど、俺はどうやら迷惑をかけたようだ。その詫びと、慰安ついでだ。どうだ?」



水本

「行きたい!箱根!ね、八幡ちゃんも!」



八幡

「混浴あるなら行きたいっすねぇ。」



伊月

「素直じゃねぇな、八幡。


じゃあ言い方変えるか。行くぞ。」



命令形にすると、八幡はやれやれと肩を竦めた。



八幡

「面倒なガキの扱いを覚えてきやしたね、旦那ぁ。


じゃ、仕方なく。」



満場一致だ。よしよし。



では、次だ。木島と八幡にプリントを配布する。



木島

「なんだ、これは。」



伊月

「参加承諾書。お前らの親御にこれ渡してこい。」



八幡

「いや、学校じゃないんすから。」



伊月

「参加承諾に学校もなにも関係あるか。


お前らにもしものことがあったら、俺は責任取れねぇの。保護者にサイン貰ってこい。なに、面見せろって言われたら面見せてやるよ。」



木島と八幡は溜息を吐いた。


だが、これは必要不可欠だ。この壁だけは超えてもらわねばならん。



と、水本が俺の服の裾を引っ張った。



水本

「僕も、許可を得ないといけない子がいるよ。」



伊月

「なに?保護者がいたのか。」



水本

「ううん、僕の飼い犬。」



そういや、犬を飼ってるとか言ってたな。



伊月

「じゃあ、許可もらってきたらどうだ。」



水本

「うん!


おいで、ブラン!」



すると、相談所の扉が大きな音を立てて開かれた。



そこにいたのは……黒人ゴリマッチョ。


三角パンツのみを装備し、ボディビルダーさながら。


というか、ポーズ決めてるし、ボディビルダーの方だろ。



水本

「ブラン、よしよし。大人しくしてた?」



水本は、ブランの太ももをさする。


ブランは太ももの筋肉を嬉しそうに動かす。水本も、にこにこしながら喜んでいた。



狂気だ。俺はなにを見させられてるんだ。



伊月

「お、おい。木島、八幡。こいつはなんだ。」



木島はきょとんとした。



木島

「犬だろう。ゴールデンレトリバーだな。」



八幡は目頭を押さえていた。



八幡

「いや、いやね、旦那。私には何度見ても黒人マッチョなんすわ。旦那はどう見えてますかね?」



伊月

「いや……黒人マッチョだろ。」



八幡は、思いがけない返答に、思わず手を取ってきた。



八幡

「っすよね!っすよね!あぁ、ようやく共感してくれる人がいたっすわ!


なら、こいつはシールかもしれないっすね。ほとんどの人からはゴールデンレトリバーに見えてるんすよ、この黒人。」



えぇ。なんだそのシール。


というか、まさか……こいつが、水本を育ててきたのだろうか。



ブランは、俺に胸筋を盛り上がらせながら一礼した。


俺は、苦笑いで会釈した。



水本

「あ、ブランね、行っておいでって言ってる気がする。」



いや。ブランは筋肉を見せつけている。



木島

「うむ、主人の門出を祝うかのようだ。」



いや、ブランは筋肉を見せつけている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る