-37-「感謝したまえ、伊月君。」

私たちは、太ももを抑えながら、なんとか相談所へ戻った。



そこには、風呂上がりと思われる伊月君。


ちょっと長めの髪に水滴を滴らせながら、私たちを眺めていた。



伊月

「……おかえり。


あー、なんだ。記憶がないんだが……たぶん、お前らはなんかしてくれたんだな。」



そして、伊月君は珍しく会釈した。



伊月

「ありがとさん。」



八幡

「それだけっすかぁ?もうじき旦那ぁ、取り殺されてたところだったんすよ?」



伊月君は、ちょっと困ったように頭をかく。



伊月

「記憶にないからマジか嘘か分かんねぇよ。参ったな。」



私は、変わらない伊月君の姿に、心が震えた。



もうダメだ。何か言わないといてられない。



なにを言ってやろう。


心配させたことに、一通りの罵詈雑言を並べて叩き込もうか。


土下座させたってお釣りがくるぞ。


いっそ、慰謝料でも請求しようかな。



最初の一言が大切だぞ。


言いたいことを、そこに詰め込むんだ。



そして、唇が、舌が、喉が、不器用に協和して、言葉が出ていった。



木島

「無事で……よかった。」



あれ。


満を持して出た言葉のはずなのに。



ふと、頬に痒みを感じた。


いつの間にか、涙も溢れていた。



おかしいなぁ。


これじゃあ、伊月君に伝わらないな。


私たちの苦労。


私たちの心配。


私たちの想いが。



困ったな。



リーダーが余裕ある態度取れないと、威厳が。



これじゃあまるで、私たちが伊月君のために必死になったみたいだ。



なんか、恥ずかしいな。



でも、涙は止まらなかった。


リーダーは、泣いちゃダメなのに。



かっこつかないなぁ。

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