-35-「犯人は病院なのか? 八幡君。」

銭湯から出たその足で、市内にある大きな病院へと赴いた。



木島

「本当にここにいるのか?」



八幡君は首を傾げる。



八幡

「可能性の一つっすね。


リーダー。植物人間がこの病院にいませんかね。見てみてくだせぇ。」



植物人間?


それを聞いて、私もようやく八幡君の考えが見抜けた。



木島

「なるほど、だな。そういうことか。確かにあり得る線ではある。」



さっぱりなんのことか理解できていない水本君は、私と八幡君の顔を交互に見て、焦りを隠せないでいる。



水本

「な、なにが分かったの?」



こういう状況の時、八幡君は必ず不敵な笑みを浮かべて、いやらしい交渉をし始めるのだ。



八幡

「知りたいんすかぁ?んー?」



水本君も水本君で、こういう煽り方をされると意地になってしまうのだ。



水本

「し、知りたくない!分かるもん!」



いや、分かってはいないだろう。


私は、植物人間のいる病室をさっさと突き止め、みんなを案内しながら呟いた。



木島

「一応、私の勘違いだったら困るので考えを聞いてくれ。


洗脳シールの植物人間がすることと言ったら、やはり、自由の身である健全者への羨望を晴らすのではないか。だから、健全者を狙って洗脳し、暇つぶしに殺害してるのではないか。そういうことかな、八幡君。」



八幡

「そうっすね。


植物人間にとっては自分の意識の中だけがすべてなんすよ。もはや現世はゲーム世界と同じ、現実味のないものなんじゃないっすか。だから、なにをしても罪悪感が沸かないんすよ。」



水本

「なっ、なるほどぉ。」



やはり、分かってはいないだろう。



そうしているうちに辿り着いた、植物人間のいる唯一の病室。


個室だった。



扉を開けると、そこには女性がいた。


とても美しい女性だ。


でも、生きてる感じがしない。


今にも、消えてしまいそうな……。



女性は私たちに尋ねた。



「何の用かしら?」



うむ。そう言われても困る。


私は既に、ベッドに横たわっている植物人間の男性のデータリストを見終えていた。


間違いない。こいつが犯人なのだ。


しかし、それをどう伝えればいい?



少し戸惑っていると、八幡君がうずうずして、なんかポケットに手を突っ込んで……。


ハッ!マズい!撃ち殺そうとしている!



木島

「あ、あの!我々はその人に会ったんです!」



もうヤケクソだった。


しかし、女性はさほど驚かず、問いを続けた。



「そう。どういうこと?」



木島

「な、なんと説明すればいいか……。」



八幡

「そこの男、大勢の人を洗脳してんすよ。しかも自殺に追い込んでるんす。証拠はないっすよ。でも真実っすね。」



あぁ。八幡君、君という奴は。



……しかし、それでも女性は驚かなかった。



「……そうよね。そうもなるわ。」



木島

「ど、どういうことですかな?」



女性は、無表情のまま、淡々と答えた。



「この人、今夜に生命維持装置を外すのよ。


生きたいって、言ってるのね。だから、こっちで大事を起こして、気づいてほしかったのよ。」



女性は、無表情のままの頬に、一筋……涙を流していた。



「私には、もう限界なの。一生懸命働いたわ。売れるものは全部売ったの。でも、もう……払えないのよ。」



女性は、微笑んでみせた。


酷く不器用だ。


ここ何年も、笑っていなかったんだと思う。


ずっと、この人のために身を粉にしてきたんだろうか。



「これ以上、なにを奪うの?


今夜までの時間さえ、奪うつもりなの?」



そ、そう言われても。



そこで出てくるのは、やはり八幡君。言いにくいことは全部言ってしまう。全部言ってくれるのだ。



八幡

「そいつねぇ、うちのツレを殺してからオサラバするつもりみたいなんすよね。いや、そいつは困るんすわ。


死ぬなら勝手に死んでくれやせんかね。」



流石にこの言葉には、女性も琴線に触れたようだった。



「あいつも……そうだった。彼を轢いたのに、あいつは一瞥して、興味なさげに、走り去ったわ。


お前もあいつと同じか。同じなのか。」



ヤバい。語調が強くなってきた。


ヤバい。雰囲気がヤバい。



木島

「や、八幡君? 非礼を詫びるべきでは?」



無駄だと分かって言ってみたけど、やはり無駄だった。


八幡君はついにポケットから拳銃を取り出し、女性に向けてしまった。



八幡

「どうでもいいっす。他人なんか興味ないっすね。


さっさと生命維持装置を外してもらいやすぜ。じゃなきゃ、あんたも一緒にオサラバっすよ。」



「撃ってみろ!」



八幡

「え、いいの?やった。」



木島

「だ、だぁめダメダメダメ!!!」



水本

「お、落ち着いてよ、八幡ちゃん!」



八幡

「なんすかぁ、つまらんことを。」



木島

「こんなとこで発砲したらもう我々に未来はないだろう……!」



八幡

「そうっすねぇ。


でも、あいつ殺さないと旦那が死んじまいやすぜ。」



木島

「し、しかし……!」



そうしてるうちに、女性はいつのまにかフルーツナイフを握りしめていた。



「殺す……殺してやる!」



とんだとばっちりだ!


とにかくここは逃げなくては!



木島

「逃げるぞ、みんな!」



しかし、なぜか八幡君は私と水本君に拳銃を渡してきた。



木島

「な、なんの冗談だ。」



八幡

「見てみなせぇ。」



促されて、廊下を見やる。



明らかに、挙動のおかしい人間たちがうろついていた。



八幡

「こんなこともあろうかと、洗脳のタネみたいなもんを院内の人間たちに事前に植えといたんすかねぇ。


リーダー、水本。それ、あんたらが躊躇なく撃てるようにゴム弾にしてあるっす。だから、迷うことなく撃つんすよ。」



八幡君の忠告が終わると同時に、いきなり壁がぶち破られた。


こ、コンクリートが、こんないとも簡単に!?



瓦礫の先に現れたのは、洗脳された人間たち。


彼らはおぞましいほどの速度で植物人間を取り囲み、盾となった。



八幡

「あーあ、さっさと撃たせてくれてりゃあこんなことにならんかったんすのに。


さ、お二方。まずは病院出ますかね。」



唐突に始まったゾンビゲー。



私と水本君の頬には、涙が伝っていた。



あぁ。


伊月君。助けて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る