-22-「貧困」

相談所に戻った。



俺は水本を前にして、目頭を押さえていた。



伊月

「あー、つまりなんだ。お前、一昨年からホームレスやってんだな?」



水本

「はい……。」



伊月

「親はどうした。」



水本

「たぶん、死んじゃいました……。


あの、ある日、僕……両親に、遊園地に連れてってもらって……迷子になったきり、逢えなくて……でも、住所を知ってたから、がんばって電車で帰ったんです。」



水本は、小さく縮こまる。


回想してる時の姿勢ってのは、当時の姿勢になりがちだ。


こいつも、当時はこうして縮こまってることしか出来なかったんだろうか。



水本

「家が……燃えてて。


ニュースには、僕も含めて、みんな死んじゃったって……。」



……水本も含めて?


生きてんじゃん。



うわ。なんか陰謀を感じてならない。



伊月

「ま、まぁ、分かった。お前、戸籍上は死んだことになってんのな。」



水本

「たぶん、はい……。」



伊月

「そうかよ……。」



どうすっかな。



俺Aは囁く。


こんなチマいガキ、ホームレスさせとくってのは人道に背くぞ。


別に1匹増えたところで変わんねぇだろ。



俺Bは囁く。


事情がヤバすぎるだろ。それに、戸籍上死んでる奴だぞ。警察や児相来たらどう説明すんだよ。


それに、2年もホームレスやれてんだからこれからも出来るだろ。



伊月

「……はぁ。考えるの面倒くせぇなぁ……。」



水本は心配そうに俺を見つめている。



……もういいわ。


人間、岐路に立った時点で、どっちを選んでも後悔するわけで。そうなったら、適当に選んで、その道で上手くやってくしかないだろ。



俺は水本の髪をくしゃくしゃとかき回した。


あぁ、確かに。まともに髪も洗えてねぇんだな。脂っぽいわ。



伊月

「俺はどうでもいい。お前はどうしてぇんだよ。


小細工なしで言え。男だろ。」



水本は、ぐっと息を飲み込む。


言うことはもちろん決まってるだろうな。



水本

「僕、ここに住みたいっ。もう1人はやだよ……。」



……はぁ。


そう言われちゃあ、な。



俺、面倒くさがりだが、非人道を気取る趣味はない。



俺は立ち上がり、まだ仕分けし終えていないダンボールの中を漁る。


適当に、Tシャツと半ズボン、パンツ、タオルを取り出し、水本にパスした。



水本は、意味もわからずそれを一生懸命キャッチする。



俺も似たような持ち物を揃え、玄関の扉を開けた。



伊月

「風呂行くぞ。俺の家に出入りすんなら、最低限の身だしなみ整えろ。」



水本は、分かりやすいぐらいに顔を明るく輝かせた。


ついでに、涙を頬に伝わせながら。



水本

「……うんっ。」



……あーあ。


俺、オンナもいないくせに、ガキ作っちまった。

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