-16-「邂逅」
夜は19時を回る。
古びた倉庫群は、そこら中にヒビが入り、逞しくもその隙間に草花が生え茂る。
ここはちょっとしたロストワールドか。人の気配がしない。
伊月
「どこにおるん。」
木島
「2分後にそこの曲がり角あたりに来るぞ。うむ。
隠れるなら、そこだな!」
指示された場所は、崩れかけた壁の裏。
伊月
「あのな。相手は大気圧操作の能力なんだろ?壁崩されたら下敷きになんぞ。」
木島
「でも、他に隠れるところがないのだ。
大丈夫、攻撃されるならどこにいたって危険なのだな。」
まぁ、確かに。
と、なると。俺は怖くなってきた。
安全地帯がないってのは、これほどおっかないことはない。
なら、自分で安全地帯作るしかないじゃろがい。
伊月
「ね、八幡。オススメの鉄砲横流ししてな?」
八幡ったら、その言葉を待ち望んでいたかのように両手を擦り合わせた。
八幡
「へっへっへ、旦那ぁ。私はねぇ、出会った時からその言葉をずっと待ってたんすわぁ。
ささ、好きなだけ持っていきんしゃい。遠くからブチ殺したい?なら狙撃銃はいかがかね。それとも乱射がお好き?ガトリングも出んよ。」
伊月
「やっぱ言わなきゃよかったかしら。
でも貰っとこう。拳銃を。ゴム弾とかないんか。」
八幡
「ゴム弾? 情けないっすわ、旦那ぁ。どうせ撃つなら脳漿見ないと、高まらんのですわ。
はい、G17。このねぇ、遊底の直線美?いいんすよねぇ。丸みのあるフォルムも嫌いじゃないんすけどね。」
受け取る。たぶん中身は実弾だ。覚悟しよう。
木島
「うわ、銃を受け取った……。」
水本
「僕は撃たないでください……。」
伊月
「前に出て来なければ中らねぇよ。」
俺は息を潜める。3人も同様に息を潜めた。
時間的には大して待ってはいない。
だが、ずいぶんと長く感じたもんだ。
遠くから、足音がする。
音だけだからか、余計に想像が醜く歪む。
どんな凶悪犯だよ。サイコパスめ。
やがて、何者かが曲がり角に姿を現した。
その姿に、俺は……息を飲んだ。
どう見たってそいつは、未成年だったから。
高校生くらいか。女だ。
その女は、犬の死体を少しだけ浮かばせていた。
虚ろな目で刃物を取り出し、丹念に、そりゃあもう執拗なほど丹念に犬の死体を切り裂いていく。
木島と水本は抱き合って、もう完全に硬直してしまった。
八幡は溜め息をつき、首を傾げた。
八幡
「つまらん犯人っすなぁ、旦那。死へのリスペクトを感じないっすわ。
撃っちゃいますかぁ?」
ダメだろ。なにをしでかすか分からん。手の内を出来るだけ情報収集するんだ。
しばらくして、女の右手に肉の、左手に骨の山を作ると、その女は両手を広げ、まるで指揮者のような姿勢になった。
そして、ふわりと空気をかき混ぜ、すくい……強く両手を握りしめた。
するとどうだ。途端に突風が吹き始めたではないか!
古びた倉庫はそこら中で軋む音を立て、草木は暴れ出す。
壁面はどんどんと崩れていき、俺たちも必死に掴まって飛ばされまいとする。こりゃあなんだ、突風というか、竜巻にでも巻き込まれたようだ!
そして、肉片と骨片はみるみるうちに集まり、小さくなり、凝縮されていき……やがて、箱状の塊となった。
木島
「や、や、ヤバいぞ……本当にやっちゃったぞ!」
伊月
「黙ってろ……バレちゃうだろ。」
マジでやりやがった。
マジで。
女子高生はのったりと立ち上がった。
木島と水本は「ヒッ」と声をあげ、お互いに一気に青ざめた。
木島
「あ、出ちゃった、声出ちゃったね、死ぬ?死ぬのかな?」
水本
「し、し、死ぬの、死ぬのやだ、やだ!」
こいつらに、声を抑えるなんて頭はもうない。
あぁ、もう手遅れだ。絶対バレた。
連れてこなきゃよかったわ、この2人。
祈るように、女子高生を見る。
しかし、女子高生は、聞こえているはずの会話に一切反応していなかった。
彼女は空を見上げ、右手を空にかざす。
そして、静かに、優美に、手をしならせた。
熱冷めやらぬオーケストラに、静謐を与えるかのように。
風が吹く。しかし、今度は強風ではない。
優しく、涼しい風。
風は彼女に向かって吹き込み、そして空へ舞い上がる。
空に立ち込めていた雲は、彼女の真上から放射状に消え去り、満点の星空が辺りを包んだではないか。
女子高生は、一息つく。
ポケットに手を入れ、しゃがみこんだ。
「……理解者がいない人生は、空虚なものでな。」
「どうにか仲間を見つけたいと思っても、どこにもいやしない。」
「辛いものだ。とても、とても。」
独り言?
違う。
俺たちに話しかけてんだ、これ。
「出てこい。危害は、今のところ加えるつもりはない。」
……あぁ。
神。神ってのがいるのなら、どうかお力添えよろしく。
下手したら、そこの犬の亡骸の仲間入りだ。
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