-14-「来犬」

翌日。朝から水本がやってきた。



伊月

「お前、学校は。」



水本はギクリとした様子で、しかし、悟られまいと笑顔を取り繕う。



水本

「きょ、今日は、お休みなんです。」



伊月

「なんの休みだよ。」



水本

「え、えっと、か、川の日。」



伊月

「そんな祝日はない。」



俺は水本の肩を掴み、180度回転させた。



伊月

「ったくよぉ、勝手にサボんじゃねぇっての。義務教育舐めんなよ。


お前は来年何年生だ?ん?言ってみろ。」



肩越しに、水本の身体の熱さが伝わる。


小刻みに震え、呼吸が荒くなっていた。


水本は必死に指を数えて、何度も数えて、掠れた声で言った。



水本

「な、7年生……?」



伊月

「なにこんな時にボケてんだよ。中1だろがい。


水本、どうしたんだよ。お前はあいつらに比べてまともな方だと思ってたんだが。なんか悩み事か、ん?」



水本をもう一度、180度回転させる。


……やべ。涙目になってやがる。



水本

「ぼ、僕、やっぱり、帰ります。……ごめんなさい。」



伊月

「待て待て。学校行けと言ってんだが。


まぁ座れよ……サボった理由くらいは聞いてやるから。」



だが、水本は頷かなかった。



水本

「……ありがとうございます。


でも、僕……その。あ……の。」



水本は散々ごにょごにょと呟いた挙句、バーから飛び出していった。


その速度は人智を超えていた。俺は全く反応出来やしなかった。なるほど、念動力ってそういう使い方も出来るのか。



……しかし、なんだ?


なにか、言おうとはしていた。だが、踏ん切りが付かなくて逃げた。そんな印象を受けた。



あぁ、なんだかな。木島はサボった理由をサラリと言ってみせたんだがな。気質が違うと大変だ。


それに、俺がどこまであいつらの事情に首突っ込んでいいかも分からんし。



ドアを閉めようとすると、なんか黒いもんが足元に現れて超ビックリした。


な、なんだ!?



よく見れば、黒い犬だった。真っ黒な犬。


犬は俺の顔を見つめ、お座りをした。



伊月

「……なんやねん。」



犬は、ゆっくりと俺の部屋に入り、カウンターの下で丸くなった。



伊月

「……なんやねん!


おい、イヌ!なぁに人の部屋に!出てけ、しっし!」



追い払おうとするが、こいつはビクともしない。


ほほぉ、根性あんな。ならば。



俺は犬を担ぎ上げ、玄関まで持って行こうとする。



その瞬間!犬は俺の頭を齧った!



伊月

「ギャーーーー!!!」



牙がゴリゴリと頭蓋骨を削る!痛ぇ!


しかもこいつ、まだ本気でかじってはいない!俺の様子を伺っていやがるな!



伊月

「クソォ!かじっていやがれ!俺は意地でも俺の部屋を守るぜぇ!」



犬の牙がさらに食い込んだ。あだだだだ! あだだだだ!



伊月

「な、なんで、なんで俺がこんな目に。なんで。」



激痛に対する不条理に、俺は弱音を吐き始める。


なんでこんなことになっちゃったんだよ。痛ぇ。助けて誰か。



犬は、トドメとばかりに牙を食い込ませ、ついに出血が伴った。



俺はがっくり膝をつき、その場に倒れた。



俺、犬以下だ。



犬は俺の頭に前足を乗せて、何度か擦る。


撫でてるつもりか。チクショウ。

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