-5-「挨拶」

翌日、俺は近くの喫茶店でオーナーと話した。


オーナーは寡黙そうな渋い爺さん。名を梶谷かじたにという。


ちと怖そうな雰囲気だったんで、相当覚悟して臨んだ。いや、汗が止まらなかったわ。



だが、話してみれば人の良い爺さんだった。


俺と爺さんはすぐに意気投合し、軽い冗談も言い合える仲になれた。



それで……話を聞けば、梶谷の爺さんは東日本大震災の時に孫を亡くしてるのだとか。


それから重度の鬱になり、ついこの間まで部屋から一歩として出れず、人形のように魂のない空虚な日々を送っていたんだという。



そんな中、いきなり、「あの部屋を貸していただけないか!」と土下座してくる見も知らぬ少女が現れたらしい。


最初はもちろん断ったそうだ。そりゃそうだ。


しかし、彼女はしつこく何度も頼み込んできた。


ある時は貯金箱を持ってきた。まぁ、中身は二足三文だったらしい。


ある時は肩たたきをしてくれた。わりと上手いらしい。


ある時は菓子折りを持ってきた。パイン飴一袋だったらしい。



そして、いつしか爺さんは、木島に孫の姿を重ねたんだ。



梶谷

「こうなったらダメだ。全くにダメなんだよな。」



梶谷の爺さんの乾いた頬に、一筋の涙が伝う。



あぁ、そうだろうな。


どれだけ冷静なジジイでも、どれだけ鬼みたいなジジイでも、孫ってのは弁慶の泣き所だ。



伊月

「で、折れたってわけですな。」



梶谷の爺さんは自嘲するように笑った。



梶谷

「あぁ、折れちまった。ああして人の弱みをくすぐる能力のOpenerだって言っても信じちまうよ。」



Opener。梶谷の爺さんも、知ってるんだな。



伊月

「どこでそれを知ったんですかね?」



梶谷

「あいつに部屋を貸した日、ドアに『Openers』って貼り紙貼ってな。なんじゃこりゃって聞いてみたら、あれよあれよとな。」



本当、アホな子。



梶谷

「いや、もしかしたら貧乏くじ引いちまったかもしれねぇと思ったな。


だが……はっはっは、情けねぇ。もう俺には、孫がそう言ってるようにしか思えなくてな。」



孫がそう言ってんなら、そうなんだろう。


だから世間が間違ってるに決まってんだ。



梶谷の爺さんは、終始自分をバカにしていた。


自分がどれだけあり得ないことを言ってるか、自覚してるんだ。


だからこそ、その瞳の力強さは並大抵のもんじゃなかった。


よし、とことん信じてやるよ、と。強く決意した瞳だ。



伊月

「……かっこいいっすね。人生の先輩。」



梶谷

「ははは、やめろ。気色悪いぞ。」



梶谷の爺さんは、コーヒーを一啜りし、話を変えた。



梶谷

「オーナー業ってのはビジネスだ。こうやって子どもにタダで部屋貸し続けるわけにはいかないだろ。だが、あいつらから取り上げちまうのは……正直、俺にはかなり酷なもんだ。


なんたって、あいつらが来るようになってから、俺の鬱はみるみる内に回復していったもんでな。恩義を感じるだろ、そりゃ。」



「だからな、伊月」と、俺の肩を叩いた。


デカい手だ。そして暖かい。



梶谷

「お前でよかったよ。あいつらの遊び場を買い取ってくれる奴がな。


変なヤツだったらブチ殺してやるところだったぜ、ははは。」



伊月

「ハハハ。クレイジー。」



ふと、梶谷は息を潜め、真顔になる。


小さく、俺に語りかけた。



梶谷

「……話は聞いたぞ。お前もOpenerなんだってな。で、サツに追われてんだろ。」



ついに来たか。


あぁ、なんて言われんだろ。超怖い。


やっぱりお尋ね者は勘弁って感じかな。



しかし、梶谷は真逆のことを言い放った。



梶谷

「あそこは隠れるには丁度いい。ほとぼり冷めるまで大人しくすることだな。」



伊月

「え……い、いいんすか?」



梶谷は腕を組み、首をかしげる。



梶谷

「はぁ? そりゃあ、家賃払えばいいだろ。


あぁ、そうか。今は金稼げないのか。なら、あいつらの子守もしてもらうわけだ、家賃は通常の半分でいいぜ。」



伊月

「いやいやいや、ちょい待って?


お尋ね者っすよ?なにしたか知れたもんじゃないんすよ?」



梶谷

「なに、どうせ大したことはしてねぇだろ。」



ドキッ。



梶谷

「例えば、とっさに人助けしたら能力が出ちまったとか。お前はそんな人間だな。少なからず、犯罪に能力を使うようなタマじゃねぇ。」



ドキッ、ドキッ。



梶谷の爺さんも、もしかしてOpenerなのか?



梶谷

「図星ってとこだな。


ま、あいつらをよろしくよ。お前の所在がバレないように色々手を回してやるからよ。」



そう言って、梶谷の爺さんはOpeners基地の鍵を置いて店を出ていった。


颯爽としていて、渋いぜ。真似しようかな。

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