桜にピアス

悦太郎

桜にピアス

 桜が好き。

ピンクで可愛い。ほんのすこしの間しか咲いていないのが惜しいくらい。


 高校一年の春。私に素敵な出会いがあった。エナメルの厚底靴にシルバーアクセ、耳に沢山ピアスをつけた女の子だ。彼女は私より一個年上。彼女とはたまに同じ電車の車両で会っていた。あるとき思いきって私から挨拶をしたのがきっかけで、いまでは学校の最寄りに着くまで色々な話をする仲になった。


 彼女の服装はロックでかっこいい。全身黒いファッションに、ピンクのショートヘアがよく映えた。その桜のような彼女の髪色が、私は大好きだった。


──「学校には行ってないの?」


 彼女の服装から気になって、思いきって聞いてみたことがあった。

すると彼女はうなずいてなぜこんな朝から電車にのっているのかを教えてくれた。彼女は年上の彼氏の家に泊まっていて、たまに実家に帰るために電車を使っていると。


「へぇー、彼氏いるんだ」

別におかしな話でもない。彼女はすごくかわいいし。


「画像あるけどみる?」

彼女がスマホを取り出す。そうとう彼氏の事が好きなのだろうか。そう思うと何だかモヤモヤとした気持ちになった。

どう?イケメンじゃない?と聞いてくる彼女に、そうでもないねとぶっきらぼうに答えてしまい自分が嫌になった。別に彼女を困らせようとか、思ってなかったんだけどな。


──それからなんとなく気まずくなって、私は一本早い電車に乗るようになった。10割私が悪いのだが、彼女に正直に弁解するのも馬鹿馬鹿しく思えてきたからだ。


 次の日、クラスメイトと寄り道していると、遠くの方に見馴れた姿が見えた。彼女だ。そしてその横には、例の彼氏が立っているではないか。咄嗟に隠れようとした私を見て、どうしたの?とクラスメイトがキョロキョロと辺りを見渡した。クラスメイトは街に馴染みきれてないピンク色の髪を見つけてしまったようで、あっと声をあげる。


「見て、あのカップル。すごい派手な格好。なんか怖くてイヤじゃない?女の人、髪の毛ピンクだし」

クラスメイトの発言に、私は面をくらってしまった。今まで彼女に対して怖いとか、そう思ったことは一度もない。だって彼女は可愛くて、話すととってもおちゃめで。

そこまで考えた所でハッとなる。彼氏を否定された彼女も、こんな気持ちだったのかな、なんて。

遠くで楽しそうな彼女を見ていると、なんだかいたたまれなくなった。私はクラスメイトに曖昧な返事をすると踵を返してしまった。


──今日こそは謝ろう、そう思いたち、一週間後私はまた彼女と同じ時間の電車に乗った。

どんな顔をして彼女に会おう、なんてずっと考えていたが、いざ彼女に会ったとき、私は今年最大のビックリ顔を彼女に披露することになってしまった。

彼女の綺麗なピンクの髪が、私とおなじ黒髪になっていたからだ。


「あ、れ?髪どうしたの?」

真っ先に出た言葉がこれだ。挨拶も謝罪もすっ飛ばして、無意識のうちに口から漏れていた。


「彼氏に、もう派手髪はやめろって」

彼女は力なく笑うと、その黒くなった毛先に触れた。


「そんな。あの色、凄い似合ってて可愛かったのに」

全身真っ黒になってしまった彼女は、肩を落とす私を見るなり、黒髪似合ってない?と首をかしげた。


「ううん、似合ってる。私とお揃いだね」

でも、私の中では似合っている似合っていないの問題ではなかった。そんな自分の中の好みを押し付ける男に合わせるほど、彼女がそいつの事を好いているんだと思うと、ひどく気分が悪かった。そんなよこしまな事を私が考えているとも知らない彼女は、ありがとうと嬉しそうに笑った。


──「こんどはどうしたの?その顔」

次の日、電車で見た彼女の頬には、なんと大きな痣ができていた。彼氏に殴られた、という彼女の返事を聞くなり、莫大な怒りと呆れで私は言葉に詰まってしまった。

口の内まで切れてしまっているようで、その傷に気を使うような話し方で、彼女は静かにそこまでの経緯を話し始めた。


「ちょっと揉めちゃって。私の発言が気に入らなかったみたいで、殴られちゃって。それで……すごい、怖かった……」

頬をさする彼女の手が震えた。まだ学校の最寄りまで一駅あるが、私は今にも泣きそうな彼女の手を掴むと一緒にホームに降りた。

少し濡れた彼女の目元を指で拭ってやると、止めどなく涙が流れてきた。


「ごめん……」


「いいよ、落ち着くまで歩こ。ここら辺あんまり人いないし」

私達は改札をでると、狭い桜並木の道を手を繋いだまま歩いた。こんな状況下の中で、少しでも優越感を感じてしまう自分が憎い。

じきに落ち着いてきた彼女が立ち止まり、ありがとうとぽつりと呟いた。

半歩前を歩いていた私も立ち止まり、決心すると彼女の方を振り返る。


「見て、ここの桜きれいでしょ」

なるべく明るい風を装い、俯く彼女に話しかけた。


「うん、きれい」

力なく笑う彼女も、なんだか愛しく見えて、顔を背ける。こんな可愛い彼女に酷い事をするなんて。彼女も、そんな男と付き合うの、やめてしまえばいいのに。


「そんな、殴る男やめてさ……私とかに」

言うつもりはなかったのに、つい口から出てしまった。彼女は赤くなった目を一瞬見開くと、今日一番の笑顔になる。


「うん、あなたにする」


「えっ?!」

思わぬ返事に、面食らう。またしても彼女にひどいビックリ顔を晒してしまった。彼女はというとすっかり元気になったようで、晴れやかな表情をしている。そして喧嘩の要因を教えてくれた。別れ話を持ち出したら殴られたとか。


「ほかに、好きな人が出来たって、言ってやったの」


「そ、そっか」

私はと言うと、早速さっき自分が言ったことを後悔している真っ最中だ。顔が火照って仕方がない。


「ねぇ、こっち向いて」

そらしてしまった顔を、彼女の手が包む。赤くなった顔があらわになってしまい、恥ずかしくてどうにかなりそうだった。そんな私の頬を彼女が愛しそうに撫でる。嬉し恥ずかしさで、倒れてしまいそう。そうなる前に、なんとか話題を変えようと私は辺りを見渡した。


「さ、桜綺麗だなあ。わ、わたし、桜好きなんだよね……」

だが失敗してしまった。いくらなんでも変化球すぎる苦しい言い訳になってしまった。


「うん、私も好きだよ」

彼女の声に胸が跳ねる。

ちらりと返事をした彼女の方を盗み見ると、あんまりに幸せそうに笑っているものだから、今度はときめきで胸がはち切れそうになってしまった。


「髪色、ピンクに戻そうかな。あなたとお揃いじゃなくなるのが惜しいけれど」

私もちょっと惜しいけど。でも、あなたにらどんな色も似合うよ。そうぼそりと伝えると、彼女の頬も、きれいな桜色に染まっていった。





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桜にピアス 悦太郎 @860km

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