第2話 スーパーマーケット

 ひさこには苦手なものがいくつもある。スーパーマーケットもその一つである。ひさこは主婦でもあるので、スーパーマーケットが苦手というのは相当な痛手である。


 すでに幾年にも前になるが、ふとしたきっかけでメンタルに不調をきたした。もともと子供のころから引っ込み思案な性格で、抱え込みやすいというかその手の傾向はあったのだが、あるきっかけがもとでメンタルが壊れた。すでにそのきっかけというのは解決して今は何の問題もなく、メンタルも当時からすれば相当良くはなっているものの、やはり一度壊れたものは完全に元には戻らないようで、いまだにぐずぐずずるずると引きずっているところもあるのである。


 で、その不調をきたしたときに光と音にとても敏感になってしまった。光というのは具体的には蛍光灯のことで、蛍光灯の光を浴びていると、なんだか「キツイ」と感じた。なぜだかは分からない。白熱灯であればなにも感じないのにだ。そして音のほうは機械から発せられるような無機的な音が受けつられなくなった。店内放送がまさしくそれである。しかもいろんなところからいろんな音がまじりあうような状況がもう耐えられないのである。


 っというわけでその当時のひさこはスーパーに入ることができなくなった。もちろん大変困った。生協の宅配などを利用したりしてなるべく行かずに済むようにはしたがそれでも全く行かないわけにはいかない。スーパーのドアをまたぐときはまさに地獄の苦しみであった。


 そのころから比べると光も音もさほど敏感ではなくなった。だがやはり未だに入ることができるスーパーは限られている。人気のある誰もが知っているようなスーパーはたいてい駄目だ。薄暗くって、店内放送ひかえめな、ちょっとシャビーなスーパーにあえて通っている。そのスーパーは家から少し遠い。だからライ〇やヨーカ〇、サミッ〇の横を素通りして、決して品ぞろえの多くないもしかしたら少し値段も高いかもしれないスーパーからはるばる重い荷物を下げて帰るのである。ひさこの夫にはそういう行為が全く理解できない。理解できないと言いながらこれ見よがしに近所のスーパーで納豆だのキムチだの自分の好物を買ってくる。訳を説明したことはある。だけど、やはり理解してもらえなかった。理解してもらえるはずがないと心の底で思っていたからかもしれない。


 そんな苦手な行為ではあるけれど、スーパーのレジではなるべく声を発することにしている。例えば、「ありがとうございます」「大丈夫です」「クレジットカードからお願いします」「○○円からお願いします」とか。あえて理由はないけれど、そうしたいのである。なんとなく人間味を感じたいのかもしれない。苦手なスーパーマーケットではあるけれど、その中で心のオアシスを築きたいのかもしれない。そんな大げさなものでもないのかもしれないが。とにかくそんな訳でレジのおばさんの幾人かはすでに顔見知りである。


 ということで、今日もひさこはシャビーなスーパーからはるばる重い荷物を下げて帰るのである。

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