ひさこの場合

ただの、いちどくしゃ

第1話 カフェラテ

 ひさこは毎朝カフェラテを飲むことにしている。カフェラテといえばとても今風に聞こえるが、実際作っているのはボロボロのエスプレッソメーカー、通称ボロボロ君である。つまりよく電気屋量販店で並んでいるようなかっこいいエスプレッソマシーンではなく、手動式のコンロにかけるパターンのやつだ。しかも一度水を入れずに空焚きしてしまったことがあって、熱さに耐え切れずにプラスチックの取っ手の部分が無残にももげてしまった。ボロボロ君はアルミで出来ているので、その事件以降はもちろん素手で持つこともできず、エスプレッソをたてるたびに今は亡き取っ手との接合部分の突起物を器用に鍋つかみでつかんでマグカップに注いでいる。

 そうしてできたエスプレッソに牛乳をなみなみと入れてカフェラテの完成である。


 カフェラテを飲みながら考える。

「ボロボロ君、もうさすがに引退だよなぁ。」っと。

 掘り出し物で買って、すでにパッキンも何度か替えているので実は買った値段よりも高くかかっている。しかもオンラインで買ったときによくサイズを測ったつもりだったのにうまくはまらないがために吹きこぼれてしまい、再度別のサイズを買いなおすという何ともお粗末な出費までしてしまっている。


 さて、ボロボロ君との出会いはこうである。ひさこが以前住んでいた町の路地裏に、「1000円均一」と大きな張り紙がある古い荒物屋があった。派手な花柄の琺瑯のお鍋のセットや昭和な柄の食器のセットなどが所狭しと山積されている。ひさこは買い物の往来によくその前を通るのだが店員の姿は見えたためしがない。つまりやる気がないのである。ところがある日ショーウインドウに当時新品だったボロボロ君を見つける。「え?まじ?1000円なの?」本来この大きさだと4000円ぐらいするもの。まさしく掘り出し物である。「いいのかしら?いいのかしら?」本来衝動買いは性に合わないひさこだが一大決心をして店の中に入る。当然店の中には誰もいない。暖簾の奥に向かって「すみませぇん」と珍しく大声を張りあげるひさこ。相当待ってからおばあちゃんが大儀そうに出てきた。「あのエスプレッソメーカーがほしいんですけど」「?」「あ、あそこのあれです」おばあちゃんがさもめんどくさそうにお会計の手続きをしている間、「きっとこれ、どうやって使うか知らないんだろうなぁ」っとふと思うひさこであった…。


 それからすでに幾年月。ひさこは別の町に引っ越し、生活も一変した。あのエスプレッソメーカーはボロボロ君という愛称も付けられ、すでに引退の日も近い今日この頃。だけど、なんとなくネットで簡単にポチッと入手するよりは、この前のような店先での出会いに期待したい。前のような店があるとのぞいてみるのだが、メーカー製でないような破格のエスプレッソメーカーは見たためしがない。一度だけ以前住んでいた町に行く機会があり、もしやと思いあの路地裏に寄ってみた。ところがあの店は跡形もなく、今はやりのメロンパン専門店となって若いおしゃれな子たちの長蛇の列が出来上がっていた。


 っというわけで今朝もボロボロ君の登場である。まあどうしようもなくなったらネットで買うのかな?それまではきっとこんな感じよね。

 それまでよろしくね、ボロボロ君。

 っとひさこはおしゃれにカフェラテを飲みながらもの思いにふけるのであった。


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