夏の花火と彼女の夢

「ねえねえ、例えば貴方が超絶的な剣技を持つ傭兵出身の勇者で、私が王国公認の魔法使いで、二人がひょんなことから手に入れた指輪に秘められた、秘宝の鍵を巡る陰謀に巻き込まれる、っていう物語はどうかしら」

 日が落ちてやっと涼しい風が吹き始めたカフェテラスで、彼女はそんなことを言い出した。

 僕は少しだけ考えてから、正直に言う。

「そんなありきたりな展開は、読者の興味を引かないんじゃないかなあ」

 彼女は少しだけ気を悪くしたような顔をする。

 しかし、自分でも薄々そう考えていたのだろう。溜息をつくと言った。

「ふう。そうだよね。確かにありきたりだよね――」

 そして、少し怒ったような表情になった。

「――でもさ、少しぐらい、『いいね、でも』ぐらいの手加減でいいから、してくれてもいいんじゃないかな」

 僕は苦笑した。

「だって、普段から君は僕に『小説に関しては正直に感想を言うように』って言ってるじゃない」

「そうなんだけどさぁ」


 そこで突然、カフェとは大きな川を挟んだ向こう側の岸から、花火が上がった。

 甲高い音とともに、焔が尾を引いて虚空へと昇ってゆく。

 そして若干上昇速度が遅くなったところで、どおんという腹に響く音とともに、上空に大輪の花が開いた。


 彼女は黙ってその光の花びらを見つめている。

 その横顔を僕が見つめている。

 すると、彼女は急に目を輝かせて言った。

「じゃあさ、じゃあさ。例えばあんな爆裂魔法じゃなくて、その、なんか科学的に調合した薬かなんかでさ、あんなふうな花火を作って競う大会の話とか、どうかな」

「え――」

 僕は眉を潜めた。

「なんで魔術で出来ることなのに、わざわざ科学の力なんか借りなくちゃいけないの? その必然性が分かんないんだけど」

 すると、彼女はとても自慢げな表情で言った。

「だから、その世界では私達の世界とは違って、魔法が使えないんだって。だから、不便だけど科学で何とかするしかないわけよ」

「いや、その発想はおかしい。そりゃあ充分に進んだ科学は魔法と殆ど違わない、って言った科学者がいたけどさ。笑い者になったじゃないか」

「ああ……」

 彼女は残念そうな顔をした。

「……あの、異世界から来たとか言っていた人だよね」

「そう」

 僕がそう言うと、彼女は空を仰いで言った。

「あああ、どこかに本当に科学が極限まで進んだ世界とかないのかなぁ。機械の力で大きなものを動かしたり、声を遠くまで飛ばすことが出来たり、物凄い速さで移動することが出来たりとか。そりゃあ、魔法があったら出来ることばかりだから、全然新鮮な感じがしないだけどさぁ」

「まあ、そんなに落ち込まないでよ――」

 僕は彼女の顔を見つめながら言った。

「――僕は超絶的な剣技を持つ傭兵出身の勇者じゃないし、君は王国公認の魔法使いじゃないけれど、こんなものを手に入れてみました」

 そして、僕は懐からそれを取り出す。


「秘宝の謎じゃないんだけど、恋心を充分に秘めた指輪なんか、どうかな」


( 終わり )

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