第45話:せめてさいごのおもいでを
「ふ…ふざけないでよ…なんであたしが
「自分勝手だってわかってる…無理を言ってることも…けど気持ちは止められないの…」
「そんなの知ったことじゃないわよっ!絶対に嫌だからねっ!!」
「…もう輝と…一緒にいられないならいっそ…」
ゆらっと立ち上がったと思ったら、フラフラと重そうな足取りで公園の外へ出ていった。
心配になったあたしは後を追う。
入ってきた反対側から公園を出ると、そこは比較的交通量の多い通りだった。
紫さんは柵の間から無造作に通りへ飛び出して…
ブアァァァァーン!!!
ものすごいスピードで迫る大きなダンプに、道路の真ん中で真正面から立ったまま大の字で立ちはだかった!
行き先に立ちはだかった通行の邪魔をする存在へ、ダンプがけたたましい咆哮を轟かす。
「危ないっ!!」
あたしはとっさに紫さんに飛びつき、そのまま反対側の歩道まで一緒に転がり込んで、もんどり打った。
そのままダンプは通り過ぎて、やがて視界から姿を消した。
「…どうして…邪魔するの…」
「あなた馬鹿じゃないのっ!?自分の思いどおりにならないからって自殺を考えるなんてっ!!」
「やっぱり…あたしの気持ちなんて…知らないんじゃないの…輝のためなら…命なんて惜しくない…」
自ら選んだ死すらかなわず、紫さんはその場で泣き崩れた。
手放したくない…せっかく心を開いてくれた輝を…そのぬくもりを…。
けど、ここまで思いつめてる紫さんを放っておくことも…できない…。
「………わかったわよ…あたし…輝と………別れる…」
あたしは立ち上がって
「でも、少し…時間をもらうわよ…だから、自殺なんて…馬鹿な真似はやめて…」
紫さんは自殺しようとした時に、あたしが様子を見に来てるかどうかを確認する素振りすら無かった。
あたしが止めなければ、本気で死ぬつもりだったのは間違いない。
輝絡みで巻き込まれた格好だけど、それで人が死んだなんてことになっても、目覚めが悪い。
もしあたしが来ているかを確認していようものなら、絶対に一歩も引くつもりはなかった。
自分で別れを決意したけど、納得はしてない。
けど他に方法がないから…。
溢れ出しそうな涙をぐっとこらえながら、帰り道を急ぐ。
どうして…こんなことになっちゃったの…?
あたしが何をしたっていうのよ…。
新学年のすぐそこにある連休は過ぎ去り、みんなの意識が平常モードに切り替わるころ。
けど、あたしにはやらなければならないことがある。
それは…輝と別れること。
本音をいえば、紫さんのことなんて忘れてこのままでいたい。
でもあたしがこのままでいると、紫さんは自殺も
「おはよう、輝」
「おはよう…どうした?彩音」
「何が?」
「うまくいえないけど、なんかいつもと違うような…」
ギクッ!
「いつものとおりだよ?」
忘れそうになるけど、輝は勘が鋭いんだよね。
紫さんとのことを知られるわけにはいかない。
「ねえ、今度お出かけしようよ。夜景も見たいな」
「どうした?いつもは僕が誘ってるのに」
話を逸しておかないと、ボロを出したらすべて台無し。
「そういう気分なの」
輝は、何か違うものを彩音に感じていた。
けど落ち込んでいる様子ではないように見えたから、あまり気にしないでいる。
「わかった。今度の休みにしよう」
「うん」
「それじゃ、行こうか」
「楽しみだな」
これが、最後のデート。
輝と過ごす、最後の日。
絶対に気づかれないよう、気をつけないと…。
ピッ
駅を降りて開放感のある場所へ出た。
ビュオッ!!
海風が駆け抜けた。
駆け抜ける風は独特な潮の香りがする。
この感じ、初デートを思い出す…。
左を見ると高層ビルが立ち並ぶ。
その手前には観覧車がゆっくり回っている。
お昼を少し過ぎた頃だから、結構通り過ぎる人が多い。
最初の頃は寂しさを感じながらひたすら我慢してきた。
けど今は…。
左手にゴツゴツした逞しい手が触れる。
指と指の間に指を差し込んで、密着感の高い手のつなぎ方までしてくれる。
胸に飛び込めば抱きしめてくれる。
やっと、恋人らしくなってきた。
ここまでほぼ半年を費やしてきたけど、明日でお試しの期間は終わる。
颯一の時は、お試しの期間を前に本気の付き合いに変えた。
皮肉なことに、颯一から別れを告げられたのは、お試しの期間が終わる日だった。
今度はあたしが別れを告げなければならない。
悔いのないよう、楽しむって決めた。
時々吹き付ける海風の香りを吸い込みながら、何気ない会話をして歩いていく。
「それで、どこへ行くの?」
「ベタだけど、この辺の名所だよ」
「もしかしてあれかな?」
あたしが指差した先は、レンガ造りの建物が並んでいるところ。
「そうだよ。いろんなお店が入ってるところで、前から気になっていたところなんだ」
「そうなんだ。楽しみだな」
どこか違う。
輝はそう感じていた。
もっと感情に波というか、抑揚のあるいつもの彩音と違う、と。
「楽しみ~。早く入ろうよ」
ドアをくぐり、中に入ると照明はそれほど煌々とはしていなくて、スポットライトであちこちから照らされている。
間借りしてる店舗がそれぞれのスペースで工夫した展示をしている。
「これかわいい~」
あたしは和柄のお財布を手に取った。
「自分で作っても面白そうだな」
輝も別の色を手に取り、無粋なことを言っている。
「分かってないなぁ。自分で作ると目にする機会が多すぎて、使い始める時に新鮮味が無いのよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのよ」
いくら自分で作れると言っても、どうしても欲しいけど売ってないものや、手の届かないものだったりする時以外は市販品にしている。
輝が手芸部に入ってくるきっかけになったあたしのポーチは、かなり特殊な形をしている。
近所の雑貨屋をいろいろ回ったけど、大きさやポケットの形状などが求めるものと違うものばかりで見つからなかったから、自分好みの形につくった。
自分が使いやすいよう、何度も調整をした。
縫っては合わせて、違えば解いてまた縫う。
この繰り返しだった。
手芸は趣味としてはもちろん楽しく感じてるけど、可能性を広げるものでもある。
一方で、用途に合わせてピッタリに作ることによって、他の用途には合わなくなってしまい、可能性を狭めるものという側面もある。
だから文化祭では、オーダーメイド衣装を手芸部が引き受けている。
一度出来上がったものでも、後から足したり引いたりする調整ができる。自分たちで作ったものだから、スムーズに作業ができる。
もちろん前回の文化祭ではギリギリのフル稼働状態でやっと間に合ったから、後から調整までする余裕はなかった。
かわいいポーチだったけど、単に目を引かれたから手にとっただけ。
実際に使いたいわけじゃないから、商品を元の場所に戻した。
文化祭が終わってから、こっそりと作っているものがある。
本当はバレンタインデーに輝へ送るつもりだったけど、いろいろあってまだ完成していない。
何も手に持ってない時は、あまり広くはないけど並んで指を絡める恋人つなぎで一緒に見て回った。
「ねぇねぇ、これかわいいね」
あたしはワンピースの上にニットを羽織ってみる。
「すごく春めいていていい色だね」
羽織ってみたのはレモンイエローのニット素材でできたプルオーバーのトップス。
合わせた服を姿見鏡で確認してみる。
お気に入りのワンピースにアクセントカラーのニットもいい感じで決まる。
「よし、これ買おうか」
輝が店員さんを呼ぼうとしていた。
「待って!」
「どうした?」
合わせてみて、新しい自分を見つけるために試着しているだけであって、買うかどうかは別の話。
けど、ポーチの件といい、輝にその辺のことはわかりにくいのかもしれない。
「確かにかわいいけど、それを着て出かけたいのかは違うの。だから…」
「そうか。僕はそれを着て一緒に歩いてほしかったけど…」
ドキンッ!
もう…輝ってばあたしをその気にさせないでよ…。
「ほんとに、いいから…」
それに…今日でこの関係もおしまいなんだから…輝に買ってもらったものが部屋にあったら…辛くなっちゃう。
輝は、一瞬暗くなった彩音の顔を見逃さなかった。
ショッピングエリアを出て、海岸へ足を運んだ。
ぼーっ
遠くで船が合図の音を出ている。
だいぶ日が傾いてきて、空は赤みを帯びていた。
柵に腕を置いて、あたしは海を眺める。
これも…いい思い出になる日がくるのかな…。
港に来るたび、思い出してしまいそう。
キュッと胸が締め付けられるような感じがする。
もし、ここに
あのシーンを思い浮かべては、輝と別れたくないと思う気持ちと、紫さんの
あたしだって、輝に本気なのは変わらない。
けど、自分の命を投げ出したくなるほどではない。
それでも、輝を想う気持ちだったら、負ける気がしない。
自分の命を投げ出すなんて、そんなの単なる逃げよ。現実逃避に過ぎない。
人を想う気持ちが本当に強いなら、その人の幸せを遠くから祈っているのも、人を愛する一つの形だと思う。
もちろん、輝と別れるなんて絶対に嫌。
ここまで好きになって、幸せな気持ちになれる人なんて、多分他にはいない。
好きになれた。
文化祭の後夜祭でダンスをしてた時には輝への気持ちはあたしの中から追い出せる。忘れられる。本気でそう思えた。
でも見抜かれてた。
颯一にはお見通しだった。
彼に振られてショックだったから、その夜は全然眠れずに過ごした。
颯一に対する想いより、輝に対する想いが遥かに強かったから、それが本人には届いてしまったんだ。
馬鹿だな…あたし…。
どっちつかずの宙ぶらりんな気持ちでいたから、颯一に振られて、輝とも別れることになってしまったのかもしれない。
これは、あたしがしてきたことの報い…天罰なのかな。
そんなことを考えて黙り込んで海を眺めている彩音の姿に、輝は違和感を覚えた。
「少し早いけど、夕食にしようか」
「えっ…?うん。そうだね」
少し沈み気味な彩音の返事に、輝はなんとなく胸騒ぎしていた。
けど遠慮なく何でも言う彩音のことだから、気のせいだろうと胸騒ぎを抑え込む。
「彩音、それで足りるのか?」
「うん。あまりお腹空いてないし、大丈夫」
この辺では人気らしいバーガー屋で夕食になった。
小ぶりなバーガーを一つと、お水だけ。
量をわざと減らしておくことにしたのは、この後があるから。
あまりお腹いっぱいにしてしまうと、肝心なところでムードを台無しにしてしまうかもしれない。
夕食を終えて外に出ると、外はかなり暗くなっていた。
「彩音、あの観覧車に乗ろうか。今ならきっと夜景が綺麗だよ」
「うんっ、行こう」
しばらく歩き、結構な距離だったことを後で知る。
「わぁ…」
「きれいだな」
観覧車が上がるにつれて、遠くまで見渡せるようになっていく。
空はかなり暗くなっているから、街の灯りがまるで宝石のようにキラキラと輝いて見える。
その圧倒的な美しい景色に、思わず見惚れてしまう。
「そっち、行っていい?」
向かい合った輝に問いかける。
ぽんぽん
椅子を軽く叩いて、いいよと意思表示したのを確認して、あたしは輝の隣に腰をかける。
しばらく夜景を楽しんで、どちらからともなく見つめ合う。
「輝…」
「彩音…」
お互い、吸い込まれるように顔を近づけて、口づけを交わす。
やっとここまできた…。
自然にキスできるだけの仲に…。
何度かついばむような口づけの後、口を開けてお互いの舌を絡め合うキスに移る。
ぴちゃぴちゃと音を立てて、鼻息も荒くなってきた。
頬を撫でる息も心地よい。
気がつくと、見下ろす夜景はほとんど見えなくなっていた。
「ん…」
あたしは顔を離して、輝と見つめ合う。
「下…着いちゃったね」
「そうだな。降りるか」
観覧車を降りて、あたしたちは駅と思われる方向へ向かう。
相変わらず潮風は吹き付けてくる。
次第に明かりの多いところまでやってきた。
思わず、無意識のうちにあたしは足を止める。
つないだ手が引っ張られ、輝はあたしが足を止めたことに気づく。
「どうした?彩音。もうすぐ駅だぞ」
こんなことを言ったら、はしたない女なんてと思われるかもしれない。
けど、ここで帰ったら…明日になったら…他人同士になる。
後悔だけは…したくない…
「輝…あたし………今日は、帰りたく…ない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます