第43話:そんなのぜったいいや
「あの件って、
食べ終わった
「そうよ。それにとても輝…友達思いってことがわかったから、
「へっ、そのズバズバ言う物言いは若干
「へー、ずいぶん
「単にやつがまた振られて落ち込ンだ後のフォローが面倒なだけだ」
ほとんど食べ終わった紘武が口を開く。
「あんたの言葉遣いや物言いも大概だけどね」
「フォローって、
ピクッ。
紘武の眉がわずかに跳ね上がる。
「そういやてめー。なンでそれ知ってンだ?てめーはしらねーはずだが」
「あっ…」
しまった、と言いたそうな顔をする埋橋さん。
「紘武が大声で輝の過去を校庭でしゃべったからよ」
ギシ、と背もたれに身を預ける紘武。
「あー、あの場にいたンかい。校庭ざっと見回って
面倒くさそうないつもの顔でぼやく。
そんなことまでして、あの
用意周到というより、もう暇人の領域でしょ。
「
「ハッ、ちげーねーな」
(おまけに
紘武は心の奥に言葉をしまった。
「さて俺はもー行くぜ。邪魔したな」
「うん、またね」
って…紘武は自分の食器置きっぱなしじゃない。
こういうところが抜けてるようね。
紘武は学食を後にして、輝を探していた。
ほどなくその姿を見つける。
「輝、ちーとツラ貸せ」
振り向いたその表情は、感情の読み取りが難しかった。
「
「彩音は…なんであんなに怒ったんだろう…?」
浮かない顔をして答える。
「あいつの覚悟をてめーがわかってねーからだろ」
「…こんなことで、ケンカしたくなかった」
「さっきあいつと話してきたけどな、別に怒ってねーぜ。ただてめーがあいつを甘く見すぎてンのが許せねーだけだ。あいつの覚悟を尊重してやれや。てめーが原因だとしても、てめーがこっそり守ってやるだけじゃダメなンだ。本気で付き合ってンなら二人で一緒に乗り越えやがれ。」
伏し目がちに何かを考えているようだった。
「あいつにはズケズケ何でも言うことを求めておきながら、てめーがそうやって隠すなンて都合よすぎねーか?あいつはいたずらされたり罵倒されることは覚悟してる。
ドスッ。
軽く拳を輝の腹に押し当てる。
「隠さず腹割って話あってこいや。あいつもそれを求めてンだよ。後はてめー次第だ」
紘武はそのまま横を通り過ぎていく。
輝はスマートフォンを取り出して彩音にメッセージを送った。
ピンポーン
あたしのスマートフォンから通知音が鳴り響く。
輝からだ。
『少し話をしたい』
今日はずっと放っておかれるかと思ったけど、こうしてメッセージが来たことに安心した。
『わかった。部活の前でいい?』
と送ってすぐに
『いいよ』
の返事を見て、あたしの顔は少し緩んだ。
放課後になり、今日のバイトは休みだから部活に行く。
あたしは隣の教室前で輝が出てくるのを待っていた。
姿を確認すると、輝はゆったりと教室を出てくる。
「それじゃ行きましょ」
「そうだな」
クリパのオンステージで交際宣言をした後の新学期から、輝を見に来る女子の数は激減した。
それでもまだ見に来る人はいる。
ついでに隣のクラスであるあたしを見に来る人が増えたような気がしていた。
部室として使う家庭科室へは向かわず、外の渡り廊下で足を止める。
前に埋橋さんがあの話を聞いていたことを確認するために連れ出した場所。
「それで、話って?」
「彩音、いたずらされたことを黙っていて本当に済まなかった。大事にしたくて、僕と付き合うことで起きる嫌なことから彩音を遠ざけようとしていた。けど彩音はそうじゃなかった…」
申し訳無さそうな顔で静かに語りかける。
「これからもまだ彩音に対する嫌がらせは起きると思う。けど起きたことや後始末をしたら、必ず彩音に言う。大事にすることと、起きたことを黙っているのは別なんだと気づいた。だから…これからも…」
あたしは黙って輝の側に近づいて
「えいっ!」
ぽふっと胸に飛び込んだ。
「あたし、負けないから。誰が来ても、どんなことをされても…負けない。負けてあげない」
頭一つ分は背の高い輝を見上げる。
「だから、どんな邪魔にも負けないで、一緒に乗り越えようね」
あたしの背中に輝の腕が回されて、キュッと抱きしめられる。
その腕に、前みたいな震えはない。
「ああ、もちろんだ」
「ったく、世話のやけるやつらだ」
その様子を、紘武は三階廊下の窓から満足げに眺めていた。
「それじゃ、部活行こ」
「今日、バイトは無いのか?」
「うん」
二人並んで部室に足を運んだ。
学校内で見せつけるような行為はするまいと、部活でもあたしは一人で自己課題に取り組んでいる。
輝は相変わらず女子部員に囲まれているけど、その熱量はやや低く見えた。
「彩音さんはあれでいいの?」
「別にいいわよ。付き合ってるからってベタベタするのを見てるのっていい気分しないでしょ。相手が輝じゃなおさら」
彼女も輝を追いかけて入部した人のはずだけど、別に付き合いたいと思っていたわけではなさそう。
けどあっちにワイワイしてる部員たちはそうじゃないのかもしれない。
時々鋭い視線を感じて背筋が凍るけど、気づいてないふりをして過ごしている。
誰に何を言われても、何をされても絶対に引かない。
「そんなんじゃ、誰かに取られちゃうよ?」
「信じてるからいいの。それに…」
あたしはミシンを踏む足を止めて
「ズバズバ言う人じゃないと、今の輝は振り向かないわ」
そう言って笑顔を向けた。
「羨ましいわ。彩音さんのこと」
「やっかみも結構受けてるけどね。それも覚悟して付き合ってるから」
「あたしもズバズバ言うようになったら、少しは見る目が変わってくれるかな?」
「どうだろうね。付け焼き刃じゃすぐ地が出ちゃうかもしれないわよ」
「…確かに、火事の時にみんなへ大声で呼びかけるなんてとっさにできないかも」
顔を見合わせて「ふふふ」と笑いあった。
あたし自身、背が低くて周りから舐められ続けてきた。
そんな中で強気に出てみたら舐められなくなった。
その代わり、周りからは恐れられて敬遠されてしまう。
さじ加減の難しさに後悔して、煙たがられるほど強気に出ている自分をあまり好きにはなれなかった。
親の影響もあるとはいえ、少しでも女の子らしくしたいと思って始めた手芸がきっかけで輝と付き合えることになった。
でも強気に出る性格は変わっていない。
輝はそこを気に入ってくれている。
女の子らしく変わりたいと思っていたけど、今は変わりたくないと思う。
あたしって単純かな。
「それで、輝さんってどんな人なの?一番近くで見てきた人の意見を聞きたいな」
「細かいところまで気が回って、いろいろ気付かされるわ。よく見て調べて、トラブルを前もって回避するところもすごい。本当に頭のいい人って、多分こういう人なんだろうな」
「べた褒めね。あんな美男子を彼氏にできた感想は?」
「言っておくけど、ルックスは今でも少しのマイナス評価よ。知り合う前はルックスにものを言わせたチャラ男って噂を聞いてたから、女の敵って思ってたもの」
「うわ~、バッサリだ…ちょっと殺意湧いちゃったかも」
そう思われても仕方ないかもしれない。
「けど、輝はとても繊細なのよ。ひどい目に遭わされて、女性不信になっちゃった話も詳しく聞いたわ」
「クリパのオンステージで言ってたわね。何があったの?」
「それは…ごめん、言えない」
「どうして?」
「今は過去を乗り越えるための大切な時期なの。周りが過度に蒸し返して、また心を閉ざされたくないわ」
「ふーん…」
そして、それだけじゃない。
颯一が輝を憎む理由も聞いてしまった。
けど多分、颯一から聞いた事情はまだ影がありそう。
部活を終えて、輝と一緒に帰った。
明日は日曜だから学校は休み。
けど輝は用事があるということで、別々で過ごすことになった。
ちょうどいいから、いつもの繊維街へ行って部活用の糸や針、生地の買い出しとともに、個人的な買い物もすることにした。
とはいえ日曜だから開いてる店は少ない。
それでも近所の手芸店をあちこち回るよりは、ここで済ませたほうが効率は良い。
前は輝と来たんだよね。カーテンの生地を買いに。
それで暗くなってお店が閉まり始めて、あたしが見つけたお店で布を確保した。
お互いにずっと喋らなくて、部室に布を置こうと学校に入ってすぐ、紘武が出てきて…。
なんだか懐かしくすらあるわ。
そういえば
お試しをやめて、本気の付き合いに変えてまもなくのこと。
今も輝との関係はお試しのまま変わっていない。
けどあえてそのことは気にしないでおくようにした。
逃げ道を示されると、ムキになって立ち向かうのが輝と聞いた。
だったらこのままお試し期間いっぱいまでひっぱって、あたしから離れられなくするのがいい。
買い物が終わり、駅へ向かうことにした。
「こんにちは、彩音さん」
ふと声をかけられた。最近知り合った声。
振り向くとそこには紫さんがいた。
「こんにちわ。あなたも買い出しかしら?」
「お茶菓子をね」
そう言って、買い物袋をスッと持ち上げる。
ああ、すぐそこの和菓子屋さんに行ってたんだ。
「少し、お話しませんか?」
部活用の荷物があったからその誘いは迷ったけど、この後は特に予定もなかったから近くのカフェへ入ることにした。
壁際のソファ席にあたしが座り、手荷物を置く。
あたしはホットレモンティーを、紫さんはホットブレンドを頼んだ。
「最近、よく会うわね」
「そうね。これもなにかの縁かしら」
紫さんは立ち居振る舞いが本当に上品で憧れすらある。あれをあたしが真似しても全然似合わないと思う。
「ここってよく来るのかしら?」
「部活で使う生地や糸の買い出しもあるから、月に一度くらいは来てるわ」
「部活?生地や糸を使う部活って何かしら?」
「手芸部よ。文化祭で使った衣装を全部作ったのよ」
紫さんはパンと軽く手を合わせて
「まあ、あの服を全部!?すごいわねっ!」
「おかげで前日の夜まで部員がフル稼働してて、おまけに終電まで逃す事態になって結局保健室のベッドで一夜を明かしたのよ」
輝を含む数人は車で送ってもらったけど、前日夜に残った半数ほどの部員は保健室を使った。
「それは大変だったわね。落ち着いて寝られなかったでしょ?」
「あのベッドは固くて、長時間寝るにはお世辞にも快適とは言えないわ」
マットレスが敷かれているわけでもなく、本当に板の上で寝てるような感触で、布団を敷いた床に寝たほうがまだマシだったかもしれない。
「確かにね。本当に床の板をそのまま高くしたようなものだものね」
「ところで紫さんは文化祭や体育祭ってあったの?」
「文化祭と体育祭は隔年開催で、交互にやってるのよ」
「今年はどっちだったの?」
「体育祭よ。体調を崩しちゃってその日は観客になっちゃったわ」
輝と同学年ということは…
「在校中に一度しかない体育祭だったんでしょ?残念だったわね」
「仕方ないわよ。運動はそれほど得意じゃないから、足をひっぱらなくてよかったかもしれないわ」
「それを言ったらあたしだって運動はからっきしよ。運動は苦手なの」
話をしていると紫さんに対して持っている劣等感が薄れていく。
しばらく話をして、お互い帰ることにした。
駅の改札へ続く渡り階段を登っている時、紫さんが着いてきてない事に気づいた。
振り向くと、階段を登ることなくその場で佇んでいた。
5段ほど下にいる紫さんの様子がさっきまでと違う。
「どうしたの?もしかしてあっちの路線だったりする?」
紫さんはうつむき気味のまま答えない。
何か、意を決したように眉を釣り上げた顔を向けて口を開いた。
「ねえ彩音ちゃん、輝を…譲ってほしい」
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