第41話:やっぱりそうだった
………あ…。
その名前を聞いて思い出した。
どこかで見たような気がしたのは、気のせいなんかではなかった。
どこで見たのかも思い出した。
文化祭の二日目。
一般開放された文化祭の日に、輝へ会いに来たあの日。遠目で見ていただけだから、印象が薄かったんだ…。
輝は寄りを戻そうとしていた元カノに「もう誰とも付き合わない」と言って断ったという…。
やっとつながった。
輝に…誰か知らなかったとはいえ、元カノの話をしてしまった。
襲いかかってくる後悔の念。
「どうしたの?顔が真っ青よ?」
心配そうに声をかけてくる
「ごめん、ちょっと人酔いして疲れちゃったみたいだから、これで失礼するわ」
これ以上追求されないため、サッと背を向けてその場から駆け出した。
駅のコンコースへ降りて、トイレに駆け込んだ。
どうしよう…関わっちゃいけない人と関わっちゃった…気がする。
無意識に口を抑えて、他の人が入ってこられない閉鎖空間で今までのことを思い返していた。
輝が中学時代、最初に付き合った彼女。
ずいぶん夢中になったらしいけど、彼女にこっぴどく振られて以来、輝が女性不信になった。
その輝は高校に進学した後、あたしを離れたところから見ていて、気になってくれていた。
二年のある日、学食で
それ以来、あたしは何かと輝に絡まれて、部活にまで踏み込んできて…。
関わる中であたしが夢中になってしまい、けど輝には届かない想いを振り切ろうと
その文化祭二日目、一般開放の時に元カノの紫さんを見かけた。
そしてその夜…後夜祭であたしは颯一に振られた。
あたしが輝への想いを捨てられなかったばかりに。
文化祭の後始末。
電気のショートでボヤが出て、燃えてしまった衣装をもう一度つくるため、学校の白いカーテンを切って衣装を仕立てた。
カーテンを元に戻すための買い出しした帰りに紘武が出てきて、輝が女性不信になった過去を全部話してくれて、
この恋の起点といえる、紫さんと…あたしが関わってしまった。
紫さん…あんなにスラリとしてきれいで…とても上品な人なんだ。
あたしなんて小さいし、ボディラインなんて真っ平らに近いし、ズケズケ言う品の無さ…。
紫さんと張り合って、女性らしさで勝てる要素が一つもない。
輝は…やっぱりあんなタイプの方が好きなのかな…。
新学期。
輝とは連絡を取らないまま三が日は過ぎていった。
始業式も終わり、通常の授業に移る。
紫さん…とはもう関わりたくない…。
あたしが女として足りないところを思い知らされてしまう。
そして学校に行けば、輝と付き合ってることを全校向けに明かしてしまった現実もある。
輝は校内一のかっこいい男の子として。
あたしは怖い女として有名だから、もう知らない人はいないんだろうな。
少し憂鬱な気分で教室に入る。
何か嫌な空気が漂っているように思えた。
「だけど驚いたよね、クリパの時」
「うんうん、まさか輝さんがアヤアヤと付き合ってたなんて」
どうやらあたしのことを話題に出しているようだった。その二人はあたしに気づいていない。
「言っておくけど…」
あたしを話題にしてる級友に声をかける。
気づいてなかったからか、ギョッとした顔を見せた。
「あたしは知り合ってすぐの頃、輝のことはたらしで女の敵だとさえ思ってたのよ。だからこうなったのは自分でも驚いてるわ。けど、今はとても大切な人よ」
「あ…彩音…さん」
言いたいことを言ったら、少し怯えた様子で返事してきた。
「無理しなくていいわよ。普通にアヤアヤとでも呼んでくれていいから」
それだけ言うと、あたしは席についた。
やはり気になるのか、教室に入ってくる人…主に女生徒たちの視線が痛い。
「も~注目の的だねっ!」
「勘弁してよ」
それがなんかイラッとした。
さらに
あー、ほんとめんどくさい…。
未だにクラスでは「怖い人」のレッテルを貼られているのか、あたしに直接聞いてこようという人はいない。
茉奈と埋橋さんの相手をしてる会話に聞き耳を立てているようだった。
これで堂々と輝に寄り添っていられるけど、あまり見せつけるつもりもない。
理由は単純。
輝の追っかけ女子たちの神経を逆なでするのは得策じゃないから。
「ねぇ、あの人だよね?新宮さんの彼女って…?」
「間違いないよ」
「なんで輝さんはあんな人を…」
教室の外、廊下ではどうやらあたしのことを話題にしている。
はぁ…。
やっぱりこうなるのよね。
「悪いけど、僕の大切な彼女を『あんな人』呼ばわりはやめてくれるかな?」
いつの間に来たのか、輝があたしを見に来た追っかけ女子に声をかけていた。
「ひっ…輝さんっ!?」
追っかけ女子が驚きながら輝を見る。
「彩音には、名前すら知らない頃から僕が心を惹かれていたんだ。そして彩音と最初に話をしたとき、僕はとても嫌われていた。僕が脅されてるとか、弱みを握られてるなんてこともない。心から大切にしたい人なんだ。だから…」
微笑みをたたえた顔から、スッと真顔に戻る。
「彼女に手を出したら、僕が許さないよ」
「彼氏、かっこいーね!」
「うん。最初は女の敵だなんて思ってたけど、人は噂じゃ判断できないわね」
とはいえ、これで済むならまだマシな方かもしれない。
「やっと公認のカップルになったんだね。今まできつかったでしょ?」
埋橋さんも話の輪に入ってきた。
「うん、周りでは前から疑われてはいたみたい。けど見えるところで見せつけるようなイチャイチャはしないつもりよ」
「なんで?」
「キャラじゃないもの」
説明が面倒だから、省くことにした。
「と・こ・ろ・で」
にんまりしつつ、今度はあたしが反撃する番だった。
「吉間くんのことでしょ?」
「え?うん」
埋橋さんは、このことを別に隠すつもりはないらしい。
反撃するつもりだったけど、さらっと肩透かしを受けた気分になった。
「すごく優しいよね、彼。彩音さんはどうしてあんないい男と別れちゃったのかな?」
「うっ…」
彼女からのカウンターパンチが華麗に決まり、あたしが口ごもる番だった。
「あの優しさは観察力の賜物でしょうね。それで、あたしが彼と付き合ってても、輝のことを忘れられないのを的確に見抜かれてたのよ。彼はそれが嫌でたまらなかったみたい。だから振られちゃった」
同じバイト先だってことは黙っておくことにした。
埋橋さんが好意を寄せているのは明らかだったから。
「あ、そうだ。埋橋さんは颯一…じゃなくて吉間くんとどこに接点があったの?」
颯一、と呼んだ一瞬だけわずかに顔が動いたのを察知して、慌てて言い直した。
「あたしが埋橋さんと一緒に学食で食べてた時、席を探してた吉間くんを誘ったの」
茉奈。あんた絡みか。
「そっか。そうい…吉間くんには悪いことしちゃって、何かしてあげたいと思ってたけど…」
「ありがと。けどその気持ちだけで十分よ。あたしから言っておくわ。それで、彼と別れたのはいつなのかしら?だいたい想像はつくけど」
「埋橋さん、その話はちょっと~…」
茉奈が止めに入ってきた。
「いいのよ茉奈。埋橋さんにはほとんどバレてると思うから」
あたしはこっそりと教えた。
「やっぱりね。そんな気はしてたわ。片付けの日に元気がなかったのはそのせいだったわけね」
あたしは片付けの日、教室に顔を出した。
部活の展示を片付けるから、クラスの出し物を片付け要員として参加できないことを伝えるため。
文化祭の二日目まではあたしと颯一が仲良くしてたのは見られていた。
そして後片付けの日に、埋橋さんはあたしが輝の過去を聞いて輝と付き合い始めたのは知っている。
少し考えれば文化祭と後片付けの日が境になっているのは明らかだった。
「埋橋さん…このことは…」
「わかってるって。心配しないで、誰にも言わないわ」
少なくとも、これまであたしが輝と付き合ってることは黙っていてくれた。信用してよさそう。
あたし、茉奈、埋橋さん、輝、
クリパのオンステージでも輝は付き合ってる事実だけ伝えて、それがいつなのかは伏せていた。
こういう細かい気の利かせ方はさすがとしかいいようがない。
部活に顔を出すと、真っ先に質問責めだった。
中には別れる予定は無いのか、とまで聞かれる始末。
学内でも随一の女子人気を誇る輝だけに、付き合うのはもはや事件の扱いになっている。
「こらこら、あんまり彩音を困らすのはやめてくれよ」
輝が部室に入ってきて、今までにない異様な騒ぎになっているのを察して止めに入ってきてくれた。
質問自体は数え切れないくらい浴びせられたけど、その殆どに答える間もなく新たな質問を浴びせられて、そんな中で輝による制止が入って
こういう日はしばらく続くだろう、とあたしは見ている。
輝が顔を出してからは、あたしたちに気を遣ったのか、輝とあたしから距離を取る部員の姿があったけど、それぞれ今までとあまり変わらない態度で過ごしていたら、やがて輝を取り囲む動きが始まった。
お手洗いに行った帰りに、女子部員から呼び止められた。
「あなた、輝さん目当てで部活に入ったの?」
「あたしは最初から居たわよ。後から輝が入部してきて、それからあなたたちが入ってきたんじゃない。言っておくけど、最初は輝にどうやって辞めてもらおうかと考えていたわ」
嘘偽りのない事実を伝えた。
その部員は鼻白んで、口を閉ざした。
「用事はそれだけ?自己課題があるから、これで行くわね」
部活を終えて、あたしは輝の隣で駅へ向かった。
部員からの視線と質問責めはかなり鬱陶しかったけど、今のところは手を出される様子がないのは救いといえば救い。
もちろん輝が同じ部屋にいる以上、表立って動こうとしないだけだろう。
だから問題は輝がいない時。
♪♪♪♪♪♪
輝のスマートフォンから着信音が響き渡る。
「どうした紘武?電話してくるなんて珍しいな」
何を話しているのかわからないけど、顔が一瞬こわばったような気がした。
「わかった。今行く」
電話を切って、あたしに振り向く。
「ちょっと急用ができた。悪いけどそのまま帰ってくれ」
「え?…うん」
何か嫌な予感がしたけど、こうしてあたしを遠ざけようとするのは深い理由があるはず。
話すべき時がきたら話してくれるはず。
それは隠し事をしてるあたしも同じ。
「わかったわ。輝も遅くならないようにね」
「すまんな」
誰か他の女子から呼び出されたのだったらともかく、相手はあたしと輝の仲を取り持ってくれた紘武。
別に心配はいらないと、あたしなりに確信してる。
暗くなっているから、帰り道を急ぐ。
駅までもう少し。
「こんにちは」
「えっ?」
ふと声をかけられ、振り向くとそこには…。
「彩音ちゃんだよね?」
スラリとしながらも出るところは出ている見事なボディ。整ったその面立ちも相まって、モデルと言われても疑う人はきっといない。
アッシュブラウンの長い髪は、風に乗ってサラサラと美しい軌跡を描いている。
「ええ…」
会いたくなかった。
多分、輝の元カノだと思う。
前はまともに会話してなかったから、彼女自身の口から輝と付き合っていたということは確認できていない。
「彩音さんって、しっかりとしていて素敵ね。あたしには無いものだわ」
「そうですか…」
あたし自身、とてもしっかりしているなんて思えない。
輝と出会ってから、どんどんあたしが変わっていく。
特に輝に対しては言いたいことや言うべきことも言えていない。
颯一が輝を憎んでいること、輝の元カノかもしれない人と関わってしまったこと。
言えない秘密が増えていく。
目の前にいる上品な紫さんを見ていると、あたしがとてもみすぼらしく見えてしまうのはわかっている。
「彩音さんってとても素敵だから、素敵な彼氏がいるんでしょうね」
「……うん、あたしにはもったいないくらいの…」
あたしの言葉を遮って続けてきた。
「その彼氏って、
微笑みながらあたしを見る。
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