第39話:あたしのことしってるのかしら
まさか、バイト初日のあれを見られていたなんて…。
ここで
『おめーのいーところは何でもズバズバ言うとこだ』
今やってることは、それを否定していることにほかならない。
「ごめん、輝。紘武から聞いてると思うけど、あたし…
「………は…?」
ゑ…?
彼の反応は、あたしの予想してなかった間の抜けている声。
もしかして、聞いてなかったの…?
「なんだそりゃ…どういうことだ?」
紘武からじゃなくて、あたしからバラしちゃった…てっきり聞いてるものとばかり思ってた…。
知られちゃった以上、もう覚悟決めよう。
「バイト当日まで、知らなかったのよ。面接の時はシフトの日じゃなくて、颯一の姿を見なかったわ。当日にみんなの前で挨拶する時、初めて颯一のバイト先だったとわかったの。それで、
颯一から聞いた過去話はまだ言うときじゃない。
「そういう…ことだったのか。それで、紘武がどうして出てくるんだ?」
「自宅からバイト先に行くときは自転車を使っていて、仕事が終わって自転車を取りに行ったら、そこにいたのよ。それが紘武にバイト先がバレた日だったわ」
「あいつめ…まるでストーカーだな」
苦笑いしつつ言う。
まったくだわ…。
「偶然いることが多いみたいだけど」
「らしいな。彩音と付き合う前に言い合ってる時も何かと物陰にいたぞ」
少しゾッとした。
いつも肝心な時はそこにいるような気がしてならない。
「でも羨ましいな」
あたしは微笑みながら言った。
「ん?」
「こんな友達思いの人がいるってこと」
「やっと、自然に笑ってくれたな。ここ最近なんか浮かない顔をしてるから、何か隠してると思っていたけど、聞いてみれば確かに言いにくいことだったな」
どうやらあたしは、隠し事できない性格をしているみたい。
輝はそういうところを好きになってくれたわけで、そこはよかったと思う。
でももう一つ、隠していることがある。
颯一が輝を憎む理由。
手を繋ぐことすら怖いと感じてる輝に教えるのはまだ早い。
それでもいずれは教えなければならないけど、いつになるかはわからない。
まだ隠してることがあるのはモヤモヤとするけど、ある程度吐き出したことでスッキリした。
我慢はよくないよね。
お店を出たあたしたちは、並んで歩きながら手をつないだ。
輝は恐る恐るつないだ手を握り返してくる。
やっと、ここまで来たんだ…。
けどまだ道は遠そうね。
次はハグかキス…
ボボボッ!!
こないだのクリスマスパーティーを思い出して、顔が真っ赤になる。
結婚式じゃあるまいし、なんであんなことしたのよっ!
いや、理由はわかってる。
あたしに絡んでくる人たちへの
けどあんな慣れないうちに大勢の前でキスを披露なんて、恥ずかしすぎていっそのこと死にたいっ!
二人が並んで歩く一本横の通りで、一人の女が街中を歩いていた。
その足取りは、ふらつきそうでどこか危うい感じを見せている。
整った体と顔立ちが台無しになりそうなくらい面持ちは
『僕はもう誰とも付き合わない』
その原因には心当たりがあった。
「けど…仕方ないじゃない…そうするしかなかったのよ…」
同年代くらいだろうか。
女子二人組のすれ違いざまに聞こえてきた会話が耳にとまる。
「ねぇねぇ、あの話聞いたぁ?」
「聞いた聞いたっ!今でも信じらんないっ!もうショックで立ち直れそうもないよっ!」
「まさか新宮さんが、あのアヤアヤと付き合い始めたなんて…」
「そうそうっ!しかも輝さんがクリパの舞台で堂々とアヤアヤとキスまでしちゃって!」
「友達なんてクリパなのにショックで倒れちゃったって…」
「昔に傷つけられて付き合わないって決めた理由も気になるわよね」
「じっくり観察して輝さんから告白したって言ってたから、当分の間は別れそうも無いし…てかなんでアヤアヤなのよっ!」
「そうよね…アヤアヤは怖いって言うし…」
「新宮…輝……聞き間違いじゃないわよね…輝がアヤアヤと付き合い始めたって…それもつい最近?」
見ず知らずの女子二人に声をかけることなく、女はその後ろ姿をただぼんやりと見送っていた。
「それじゃ彩音、また明日ね」
「うん、今日は楽しかったよ。いっぱいお話できたし。それじゃ」
夕方まで一緒にいて、輝は最寄り駅改札まで送ってくれた。
「気をつけてよ。最近の彩音は急に可愛くなってるから」
ドキッ!
「もっ…もう…そういうこと不意打ちで言わないでよ…」
あたしは顔を赤らめて言い返す。
「そういうところ、本当に可愛くなった」
優しい微笑みで輝はあたしを見送ってくれた。
少しはにかみながら、背中に感じる視線に時々振り向いては遠くなっていく輝に手を振って歩いていく。
幸せなひとときを噛み締めていたこの時、あたしが事件に巻き込まれることなど、知る由もなかった。
冬休みは短い。
クリスマスが終わるとすぐにお正月。
お正月が終わればすぐに三学期が始まる。
アルバイトと世間のイベントが多くて、過ぎゆく時間が加速してるように思える。
何事もなく大晦日の夜を過ごし、元日を迎えた。
「あけましておめでとうございます」
と、家族に新年のあいさつをして、家族揃って晴れ着姿のタレントが出演しているテレビの特番を見て楽しんでいた。
そろそろ出かける時間かな。
輝と二人で初詣へ出かけることになっていた。
「友達と初詣に行ってくるね」
特に詮索されることもなく、すんなり家を出て駅へ向かう。
乗り換えるため、駅のホームを歩いていた。
元日のお昼だからか、かなりガランとしていて歩きやすい。
階段の逆側から歩くと柵がある。降りるためには柵を通り過ぎて向こう側へ行く必要がある。
目の前をスラリとした女性が歩いている。
ふと、反対側から歩いてくるおじさんを避けようとして、目の前の女性が線路側へ進路を取る。
無理な追い越しをしようとした向こう側にいる後ろの人が、目の前のおじさんの横をパスしてきた。
「ちょ…」
ドン
追い越してきた人がうまく避けようとしたけど、タイミングがわずかに合わず、目の前の女性に接触した。
その女性は反動で線路側へ体が傾き…
「危ないっ!」
あたしはとっさにその女性の手を掴んで思いっきり引っ張った。
引っ張りすぎたか、あたしがその女性を受け止める格好で、階段を覆う柵にもたれかかるような体勢でやっと止まった。
「あ、すみません」
通り過ぎようとしたおじさんの進路を塞いだため、謝ったけど気に留める様子もなく目の前を通り過ぎた。
ふう…。
「ありがとう。助かったわ」
手を引っ張った女性は体勢を整えてお礼を言ってきた。
「どういたしまして。危なかったわね」
電車は来てなかったけど、ホームから線路は結構な高さがあるから、打ちどころが悪ければ重症もありえる。
あれ?この人、どこかで見たような気がする。
どこだっけ…?
思い出せないのが少しスッキリしないけど、先を急がなければならないから、挨拶もそこそこにしてあたしは階段へ向かった。
助けた女性は、すごくきれいな人だった。
乗り換えのため階段を降りながらも、どこで見かけたのかをグルグル考えていた。
バイト先のお客さんだっけ…なんか違う気もするけど…。
人が多いところで見かけたはず。
うーん…思い出せない。
答えが出ないまま、初詣の行き先最寄り駅へ向かう電車に乗り込んだ。
途中駅で輝と合流する予定で、輝に「今乗ったよ。四両目にいる」と送った。
同じく初詣客だろうか。次第に晴れ着姿の乗客が目立ち始めている。
ちなみにあたしは晴れ着を着る気はない。
背が小さいから、晴れ着を着てもまるで七五三になってしまう。
背はあと10cmくらい欲しかったな。
合流する予定の駅が近づいてきた。
電車は次第に減速して、窓の外にいる人の顔がわかるくらいに速度が落ちる。
いた。輝だ。
あたしは輝にヒラヒラと手を振っていると、輝も気づいて手を振り返してきた。
輝が待っているところと、あたしが乗っているところは乗車口二つ分通り過ぎたため、そこに合わせて歩いてくる。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、今年もよろしく」
新年の挨拶を済ませ、見つめ合う。
プシュー
ドアが音を立てて閉まり、動き出す。
「次あたりで混むと思うから、座っておこうか」
「うん」
輝に促されるまま、空いてる座席に腰をかける。
あれ?さっきの女性、何か思い出せそうだけど…。
なんだっけ…?
「…やね?彩音?」
はっ!
考え込んでいる時に呼ばれて我に返る。
「どうした?」
「ううん、来る時にホームから落ちそうな人を助けたんだけど、見覚えがあったような気がしたけど、記憶があいまいでね…ちょっと考え込んじゃった」
颯一の件とは違って、特に問題が無いと判断してそのまま伝えた。
しかし、これが判断ミスとは気づいてなかった。
輝が言ったとおり、次の駅に着いたら一気に乗客が増えている。
「ここは多線の交差する駅だし、目的地へ行く路線はこれくらいだから、すごく混むんだ」
「そうなんだ」
隣に座る彼氏に、あたしはもたれ掛かる。
そっと手をつないで、指を絡め合う。
最初の頃よりスムーズに握り返してくれるようになった。
片思いの頃なんて、体の接触をするたびに傷ついてた。
けど事情を知ってからは、深く傷ついてきた輝のことを優しく包み込むような気持ちで体の接触を図るようにしている。
確かに、普通のカップルみたいになれるのは時間がかかるわね。
颯一から聞いたことを伝えるのは、もっと深い関係になってからじゃないとダメそうね。
電車を降りてすぐ、その人混み具合を思い知った。
「なにこれ」
バーゲン会場も顔負けの人、人、人…。
1m先すら見えないほどの人口密度に圧倒されるあたし。
「はぐれるなよ。ここじゃ携帯の電波もパンクしてるから」
キュッと繋ぐ手の力がこもる。
「うん」
江戸っぽい情緒を残すこの街に来るのは初めてだけど、これじゃもっと空いてる時に来たいかな。
駅を出ても人、人、人。
歩道から人が溢れて、道路にまではみ出している始末。
「歩行者は車道に出ないでください!」
警官が歩道へ戻るよう促しているけど、次から次へとあふれる人波の扱いに困っている様子だった。
まるで犯行予告があり、事件が起きないよう厳戒態勢を敷いてるような殺伐とした様子に、物々しさを感じる。
「今度はもっと落ち着いてる時に来ようね」
「そうだな」
ここは多くの仲見世があるけど、入口の門でも収まらず反対側の道路にまで行列が続いている。
思わずつなぐ手の力が入ってしまう。
待っては少し進み、進んでは待って、門にたどり着くまでも時間がかかる。
ほとんど牛歩ね。
お
お賽銭を投げ込み、二礼二拍手一礼で声に出さず目を瞑って頭に伝えたいことを思い描いた。
(去年はおかげでこうして大切な人と心を通わすことができました。ありがとうございます。今年もこの関係を大切にしていきます)
初詣はお願いをする機会ではない。去年のことを感謝、報告するためのもの。
参拝を終えたあたしたちは広いところへ移動した。
といっても、人混み過ぎて広い気はしないけど。
仲見世に行きたい気持ちはあるけど、こうも歩くことすら難しいほど混雑してると気持ちが萎えてくる。
「それじゃお手洗いに行ってくるから、ちょっと待ってて」
「うん」
といってもすごい長く並んでるから、出てくるまでは時間がかかるだろうな。
振り向く輝に軽く手を振る。
「きゃ!」
ふと、後ろから小さく悲鳴が聞こえたから、そっちへ振り向いた。
スラリとした体のとてもきれいな人が声の主。
「あ、さっきの。大丈夫だった?」
今日ここへ来る時に駅のホームで転落寸前だったところを助けた人だった。
この人混みなのに、すごい偶然だと思う。
「うん。さっきは助けてくれてありがとう。えっと…」
何かを思い出そうとして出てこない様子だったけど、何を考えているかはわかった。
「あたしは
考えてることを察して、先に名乗った。
「え…綾香…彩音………?まさか…アヤアヤ…?」
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