第38話:みられちゃってた
一夜明けて、あたしはバイト先へ開店を前にして足を運んだ。
お店はクリスマスセールということで、出られる限り出るよう頼まれていた。
輝とは明日デートの約束をしている。
2階のバックヤードに手荷物を置いてる最中、颯一が後ろから顔を出す。
「おはよう、彩音さん」
「おはようございます」
いつもと変わらない
けど、その笑顔は前とは違う意味を持っている。
「大勢の女子相手にどう立ち回るか見守るつもりだったけど、あいつずいぶん思い切ったことしたよな」
かああっ!
昨夜の公開ファーストキスを思い出して、顔が真っ赤になった。
「あっ…あれはっ…」
「これで校内公認のビッグカップル誕生ということだね」
「あんなことするなんて…聞かされてなかったわよ…」
思い出しただけでも顔から火が出そうな気持ちになる。
「前もって聞いたら逃げるでしょ?でも見事だったな。まさかあんな方法で強引に認めさせようなんてね。実際君とあいつの関係を疑う声がちらほら上がっていたから、このままじゃいい結果にはならないだろうと思ってた。けど、あそこまで思い切ったことをすれば、周りは認めざるを得なくなるよね」
「そ…それはそうだけど…」
「ところで、あいつにここでバイトしてることは言った?」
「まだだけど…」
なんでそんなことを聞くんだろう?
「黙ってるのは勝手だけど、きっともどかしい思いをしてるだろうね。話がこじれなければいいんだけど」
言いたいのは山々だけど、颯一と一緒のところなんて知られたらどうなるか…。
それに、言わないでいるのは輝と颯一を鉢合わせにしたくないから。
あの話を聞いてしまったことで、ふたりは会わせられないと思っている。
「颯一…」
「なんだい?」
「確認しておくけど、颯一は輝への仕返しのためにあたしと付き合ったの?」
まっすぐ見つめる目線を向けた。
少しでも表情が動けば、真意も見えてくる。
「時系列を思い出してごらん。俺が告白したのは一年の夏。付き合ったのはそのほぼ一年後。純粋に彩音さんが好きだったから、諦めきれなかった。君の幸せを思えば、俺は身を引くべきだと思って、あの日の夜に決めたんだ」
「そっか…そうだったよね」
確かに矛盾はない。
けど胸の奥で何かがひっかかる。
これといった根拠はないけど、なんだろう…このスッキリしない感じは…。
「それと…」
「おーい、そろそろ開店だぞー。朝礼やるからふたりとも降りてきて」
「はーい」
聞こうと思ったところで店長に呼ばれて、聞きそびれてしまった。
まあいいか。休憩時間や明日以後に聞けば。
「痛たた…」
立ちっぱなしでいたから、お昼を前にしてもう膝が痛みだした。
「あまり無理しないでね。じきになれるけど」
二階はあたしと颯一に任されている。
彼は2階のフロアリーダーということだった。
あたしは研修ということでフロアリーダーが付けられている。
「颯一は大丈夫なの?」
「一日フルで入った時は彩音さんと同じだったよ」
いくらあたしが呼び捨てにしても、颯一はあたしとの距離を詰めようとはしない。
本当に…終わったんだね。
それで今は輝と…。
不安なのは新学期から。
もう全校に知られちゃったわけで、輝のファン達が黙って見ているとも思えない。
バラした後だから、明日からのデートはもう人目を避けることはやめることになっている。
最近は色々と後悔の毎日を過ごしている。
颯一からあのことを聞かなければ、輝にはバイト先のことを言ったはずだし、普通に接していたはず。
「お先に失礼します」
「はい、お疲れ様」
あたしは脇の従業員出口から出て自転車置き場へ向かう。
裏にあるから、明かりはほとんどない。
っ!!!?
昏い自転車置き場に、一人の影があった。
「紘武…なんでここに…?」
「やっとおめーのバイト先を掴めたぜ。まさか奴と一緒のところなンてな。そりゃーあいつに言ーたくねー気持ちも察せるってもンだ」
ゆらりと
「このこと、輝には…」
「まだ言ってねーよ。おめーの返事次第だ。まさかおめー、まだ奴のことを…」
あたしは
「違うの…颯一がいるなんて知らなかったし、これは全くの偶然だし、一緒の仕事になっちゃったことは何も隠すつもりなんてない…」
「なら何で隠すンだ?」
「……………」
紘武は黙ってあたしの言葉を待っていた。
顔を逸らして、言えない言葉を飲み込む。
「おめーのいーところは、どンなことでも包み隠さずズバズバ言うとこだとあいつが言ってたのは覚えてるよな?」
「…それはわかってる」
「それなら…」
「けど、ズバズバ言うのは…あたしが小柄だから、舐められないよう自分の都合だけで口を開いてた無神経な結果だったから…」
「なら今はどーなんだ?」
「…あたしだって、ずっと前から言えないことの一つや二つくらいあるわよ…輝と出会ってから、心が惹かれていることだってそうだった。付き合ってからは、あたしを心配して言わないでおこうって…一年の時は颯一に告白された時だって、おばあちゃんに乱暴する颯一を見たけど、あの時は聞けずにいた…」
「つまり、おめーとは直接関係ねー理由で言えねーつーわけか。けど周りへの影響を考えっと言えねー。そーゆーこったな」
事情を知ってしまった今、輝と颯一を会わせたくない。
輝と颯一はもう顔を合わせてほしくない。
そういう意味では、颯一が部活をやめてくれたのは幸いだった。
「その理由つーのは、俺にも話せねーことか?あいつにゃ黙ってると約束してもよ」
「………ごめんなさい。言いたくないわ」
紘武の顔を見られない。
ずっと目を逸らしたままで会話している。
「わかンねーな。そこまでして隠す理由がよ」
「あたしだって隠したくないわよ…本当は話したい。けど…」
うつむいたまま左手で右肘を掴む。
「あー、もーいーよ。聞く気失せたわ」
紘武はそう言うと、
どうにもならない苦い思いを噛み締めたまま、自転車で家路を急いだ。
「仕方ないじゃない…言うのは簡単よ。けど、軽々しく言うようなことじゃないもの…」
颯一は話してくれた。
もう過去のことと割り切っているのだろう。
けど、聞いたあたしの方は…怖い。
輝はまだあのことを乗り切ってない。
二人が顔を合わせているところを見てなお、冷静でいられる自信はない。
それを問い詰められたら…考えたくもない。
紘武に理由を話すとしたら、こうだったはず。
言わないのはすごくモヤモヤする。
けど言ったら、今度はどんよりする。
どうしたら…いいの?
家に着き、自分の部屋で一息つく。
ここで交換したプレゼントを開けた。
中は石鹸セットだった。
開けた途端にふわっと石鹸のやさしい香りが部屋に漂いだす。
その香りに刹那の癒やしを感じた。
お風呂で使うことにしよう。
ピンポーン
LINEの新着通知が来た。
『明日は予定どおりにね。楽しみにしてる』
輝は最近、バイト先について聞いてこない。
あたしがはぐらかし続けたから、気になっているはず。
でも今日、紘武にはバレてしまった。
きっと彼を通じて知られる。
颯一とばったりしなければいいんだけど…。
憂鬱な気持ちのまま、日が明けた。
輝と付き合えて嬉しいはずなのに、気分は晴れない。
気分が沈んでいるものの、そうは言っていられない。
待ち合わせの時間になってもたどり着けない…なんてことはなく、待ち合わせ時間に待ち合わせ場所へ着いた。
「おはよう、彩音」
「輝、おはよう」
待ち合わせたところは、前に颯一と待ち合わせて、輝と一緒に電車事故に巻き込まれたところだった。
なんでよりにもよってここにするかな…。
嫌でも思い出しちゃうじゃない。
「行こ」
あたしから手をつなぎ、二人で歩き出す。
前は秘密の関係だったから人目を避けたところで逢っていた。
けどもう全校に知られてしまった今は、人目があっても無くても変わらない。
ちょっと怖いけど、堂々と二人で逢うことになった。
専門店や百貨店が多いこの地域はウィンドウショッピングがメインになってくる。何かを買おうと思っても、高価なものばかりであたしのバイト代ではとても手が出せない。
碁盤の目みたいに区切られているから、今どこにいるのか把握しにくい。
隣を歩く輝は、時折あたしの手を握り返そうとしてピクッと動く。
「どこか見たいところはあるか?」
特にない、というのが一番困る答えなのよね。
「百貨店というの、行ったことがないから行ってみたいな」
実際、駅ビルのテナントや大型スーパーくらいなら行ったことはある。
けど百貨店として構えているところは行ったことがない。
「わかった」
輝に引っ張られるまま、歩を進める。
人通りがすごく多くてまっすぐ歩けない。
何気ない会話をしながら歩いていると避けたり、避けられたりしている。
時折、バイト先のことを思い出しては表情を曇らせてしまう。
その曇った表情を、輝は目ざとく見ていることなど気づくはずもなく。
お昼は駅前にあるファストフード店で済ませることにした。
輝はおすすめのお店を提案してきたけど、そのお店を調べたらかなりお高く、どうせ輝が全額払うと言って聞かないことがわかっていたから、あたしが自分の分を出せる範囲のお店にした。
「なあ彩音、僕が出すのって迷惑かい?」
確保していた窓際カウンター席にトレーを置いて、座ろうとした時に聞いてきた。
「迷惑なんてことはない!けどケジメとしてあたしの分は自分で出したいの。そのためにバイトだって始めたんだし」
あっ…バイトのこと蒸し返しちゃった…。
輝は聞き返してくると思いきや
「そうか。今まで僕はおせっかいだったようだな」
何も聞き返してこなかった。
…やっぱり紘武から聞いてるんだろうな。
だから聞く必要もない。蒸し返しても話題にしてこない。
となると輝はやっぱり、あたしが颯一と同じ職場にいることについて曇った感情を内に秘めている。
「あたしの分まで出してくれたこと自体は嬉しかったけど、それが毎回だとあたしがイヤなの。それが当たり前に思えてしまうのは輝も本意じゃないでしょ?」
「……そういうものなのか。あまり考えてなかったな」
輝って万能超人みたいに思ってたけど、意外に抜けてることがある。
特に彼自身のことになると、あまり
自分で選んだバーガーやポテトを頬張る。
ケチャップだのマヨネーズだの、馴染みの味が口いっぱいに広がる。
基本的にお手頃な外食屋は味付けが濃い。
前に一度、輝に押し切られて高級店に行ったことはあるけど、その時はとても上品な味だった。
スパイスは控えめだし、けど味が薄いわけではなく、代わりに深さがある。
日本では出汁という文化があって、元々は土器の時代まで
うまみ成分を使って味に深さをつける。
あたし自身グルメな方ではないけど、前に連れられた高級店の味付けはかなりの衝撃を受けた。
もっとも、初めてのことだったから
そのうちそういうところが似合う人になりたいものだわ。
お高い店はスタッフの対応も素敵で、何もかもが上品に感じた。
しっかり着るスーツに、髪型も清潔感があって、身の振り方一つとっても無駄のない美しさがある。
見ているこっちまで身が引き締まる思いだったわ。
輝相手にとりとめのない話をしながらパクパクと食べ進める。
こういう手軽なほうがあたしには合ってるかもしれない。
とりとめのない話とわかっているのについつい喋ってしまう。
ふと、輝が席から立ち上がった。
「あ、出るのね?」
「いや、ちょっとお手洗いに行ってくる。待ってね」
「うん」
すぐ戻ってくるのがわかっているに、この僅かな時間を離れるだけでも、どこか寂しさを感じてしまう。
「そういえば…思い出すわね」
ここは二階の窓際カウンター席。
前に三階の窓際カウンター席で座ってる時、颯一が外でスリのおばあちゃんを捕まえてたんだっけ。
それをあたしが勘違いして、返事ではすれ違って…。
「お待たせ、彩音」
すぐに輝が戻ってきて、使い終わったトレーに手をかけようとした。
「それ、片付けるわね」
そう告げて、使わなくなったトレーの殻を集めた。
トレーを持って、くずかごのあるカウンターへ殻を捨てる。
最後にトレーをカウンターの置き場に積み上げた。
「じゃ、行こ」
「彩音、一つ聞きたいことがある」
「何?改まっちゃって?」
あたしは思わず構えてしまう。
「こないだ、夜に
それを聞いた瞬間に顔がこわばり、青ざめてしまう。
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