第37話:せきにんとってよね

 体育館にクリスマスソングである赤鼻のトナカイが流れ始める。

「この音楽が流れている間は、左隣の人へプレゼントを渡してください。音楽が止まったところで持っているプレゼントを受け取ります。音楽に乗って歌いたい方はどうぞ」

『真っ赤なおっはっなっの~♪』

 ノリのいい人達が音楽に合わせて合唱を始める。

 これ、結構慌ただしいんだよね。

 次々と渡していかなきゃならないから、一時的に二つ持つこともある。

 落とさないよう注意して、右から受け取ったプレゼントを左へ渡す。

 もうすぐ音楽が終わる。

「はい、ストップですっ!」

 慌ただしいプレゼントリレーが終わり、誰のか知らない箱があたしの手元に来た。

「受け取ったプレゼントをその場で開けてもいいですし、帰ってからのお楽しみにしても構いません。これでプレゼント交換を終了します」

 で、まだあるのよね。

「次に生徒会と先生方からもプレゼントがあります」

 ザワワッ!

 主に一年と思われる人たちが沸き立った。

「入場の際に受け取った名札の裏を見てください。三つの数字が書いてあるはずです。書いてない方はすぐに手を上げてください」

 あたしの名札裏を見ると11、5、9だった。

「これより抽選を開始します」

 と言って舞台袖から運んできたのは回転する通常より大きいダーツボード。

 もちろん安全面を考慮したソフトダーツ用。

「今から私がこの回転するダーツボードにダーツを3回投げます。その点数と同一の人は前へ出てください。一投目が左、二投目が中央、三投目が右です」

 そう言うと、大きなダーツボードが回転を始める。

 ごくり、とほのかな緊張感が体育館に充満していた。


 ダラララララララララララ…


 音響を使ったドラムロールが流れる。

 生徒会役員がボードの前に立って第一投を投擲とうてきした。


 バンッ!


 ボードの回転が止まり、一投目は11点のマスに刺さっていた。

 あたしっ!?

「左が11の方は前へどうぞ」

「ほら彩音、いってらっしゃ~い」

 茉奈はどうやら外れたらしい。

「うん、行ってくるね」


「では二投目」


 ダラララララララララララ…


 バンッ!


 刺さっていたのはBULL(ブル)だった。

「BULLは内外問わず25点です。真ん中が25の方は前へ残ってください」

 あ~、外れたか。

 これで残ってるのはほんの数人だった。


「では最後、三投目行きますっ!」


 ダラララララララララララ…


 バンッ!


 スカ。

 ダーツは的に刺さらず、矢が虚しく床に落ちた。

「おいっ!」

 誰かが上げた声に、会場が爆笑の渦に包まれる。

「失礼失礼。これはノーカンです。やり直します」

 生徒会役員が矢を拾って、投擲場所に戻った。


「では気を取り直して、三投目」


 ダラララララララララララ…


 バンッ!


 今度は外さず、的に刺さっていた。

「20トリプル、つまり60ですっ!」

『あ~っ…』

 前に出ていた大勢が後ろに下がった。

 残っていたのは一人。

 え?

 になりさんっ…!?

「おめでとうございますっ!舞台へどうぞっ!」

 手芸部員で、最初にあたしを受け入れてくれた賀さんがなんと当選していた。

「確かに番号の一致を確認しました。商品は…」


 生徒会役員は少しタメて…


 生徒会役員が足元で裏返していた教室の窓ガラスくらいの大きなフリップを頭上に掲げた。

「大人気ゲーム機、Play Studio 5 ですっ!」

 わあっと会場が沸き立った。

「商品は後日自宅へ送られますので、楽しみにしていてくださいっ!」

 当の賀さんはそれほど嬉しそうでなかった。

 彼女はゲームにあまり興味ないんだよね。

「それでは恒例のオンステージに入ります。どうぞご歓談を続けてください。ぜひ壇上に立って伝えたいことがありましたら、どのタイミングでもここへ上がって思いの丈を口にしてください」

 オンステージ。

 ここに参加した人が、壇上に立ってマイクでスピーチする機会を与えられるプログラム。

 何でも喋って良いことになっている。即興の漫才やライブを披露することもある。

 何でもと言っても、非難ひなん中傷ちゅうしょう罵倒ばとう猥褻わいせつの類は無論引きずり降ろされて説教部屋送り。

 業務連絡から愛の告白まで、幅広くこの機会を使って壇上で喋っている。

 とはいえこのイベントは終業式が終わってからの開催で、生徒全員参加ではないから、関係者が欠けていると成り立たないシーンも度々起きるのだけど、そこも含めて面白いことが起きる。


 ザワザワした時間が戻ってくる。

 オンステージに興味がない人はちらほらと、次第に帰っていく時間になった。

 メインイベントのプレゼント交換が終わるとこうなるよね。

「彩音、残念だったね」

「ま、あれもらってもあまり嬉しくないし、別にいいわよ」

 ミシンなら欲しいかな。


 そして更に時間が過ぎていく。


「そろそろ閉会の時間です。オンステージを希望の方はいませんか?」

 そのアナウンスを聞いて、紘武が動いた。

 輝の姿を探すのは簡単だった。

 女子が集まっているところに行けば済むのだから。

 人だかりをかき分けて、輝に耳打ちした。

「輝、このまま閉会までやり過ごせ。てめーが無理する必要なンてねーよ」

 それを聞いた輝は目つきが変わり、黙って壇上へ足を運ぶ。

 壇上へ上がった姿を見て、紘武はニヤリとする。


 ざわっ


「ええっ!?新宮さんが…まさか」

「何を言うんだろう?」


 コツコツコツ


 壇上に輝が立つ。

 ザワザワしてた体育館は、輝が立ったことでシーンと静まり返る。

「本日はみなさんにお知らせしたいことがあります」

 一挙手一投足すら見逃すまいと視線を投げかけ、その視線を一身に浴びる。

 あたしも、その姿を目に焼き付けたい。

 後ろのスクリーンには、輝の姿が大きく映し出されている。

「僕は、2-Bの新宮しんぐうひかるです。いつも2-Bのある二階で過ごす方、特に2-Aや2-Cにはご迷惑をおかけしています」

 単なる謝罪…?

「知ってのとおり、2-B教室前は毎日のように休み時間中は人だかりができていて、通りにくくなっています。原因がどうあれ、そのことはお詫びします」

 これでスピーチは終わりかな。

「ですが、それも今日までとさせていただきたい」

 それって、追っかけ女子たちに対するお願いなの?

「僕には今、とても大切な人がいます」

 …えっ!?

 ザワザワとにわかに沸き立ち始める。

「中学の頃、僕はとても深く傷つけられたことがあります。それが原因で女性不信になりました」

 自分の過去…バラしちゃうの?

「その日を境に、もう二度と誰とも付き合わない。そう決めました。しかし高校に上がって、そんな僕を変えてくれた人がいます。最初は名前すら知りませんでした。遠くから見ているだけの毎日。その人がどんな人なのかをずっと見ていました」

 まさか…。

「とても毅然としていて、真っすぐで、情熱的で、裏表の無いその人柄に僕はとても魅力を感じました」

 ザワザワと女子たちが動揺し始める。

「声をかけた最初の頃、僕はその人にとても嫌われていました。けど話をするうちに僕が思っていたとおりの人とわかり、この人なら僕はいつまでも一緒に寄り添っていたい。命を賭けてでも守り抜きたい。そう思いました」

 もしかして…言うの…?言っちゃうの…?

 待ってよ、まだ心の準備が…。

「その人とは色々とすれ違い、ずいぶん待たせてしまったけど、僕がその人と本気で向き合うために、僕から告白して付き合うことになりました」


『えええええーーーーーーっ!!?』


 主に女子たちが驚愕の声を上げた。

「おら行けよ」

 ぽんと肩を叩かれた。

紘武ひろむ…」

「王子様がお呼びだ。行ってこい」

「まさか、輝の指示で?」

「ああ」


 少し迷ったけど…輝は勇気を出してここまで言ったんだ。

 意を決して、あたしは壇上へ向かう。

「おいで」

 優しい瞳で見つめる輝。

 背中に刺さる視線が痛い。

 怖い。

 けどもう引き返せない…。


 ザワザワザワザワ…


 動揺の声が上がり…あたしは壇上の輝を目指した。

 隣に立ち、すっごい数の視線を一身に受ける。

「紹介します。僕の大切な彼女、綾香あやか彩音あやねさんです」


『エエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーッ!!!?』


 さっきまでとは比べ物にならないほどの大音量で、悲鳴とも驚愕きょうがくとも取れる多くの声が響き渡った。会場の体育館が屋根ごと吹き飛んでしまうのではないか、心配になるほど。


 輝はマイクから離れて、あたしの肩を掴む。

 その手はガクガクと震えている。

 顔を近づけてきて…

「えっ?ちょっ…」

 冗談なんかじゃない。真剣な顔。

 もちろん、後ろのスクリーンにはあたしたちの姿が大きく映し出されている。


 そっか…、輝がそこまでしてくれてるんだから、あたしも覚悟…決めなきゃ。

 あたしはそっと目を閉じて…


 チュッ


 唇に柔らかい感触が当たった。

 まさか、輝との初キスが…みんなの前でなんて…。

 風邪のあれはノーカン。


『キャアアアアッ!!』

『オオオオオオオオッ!!』

『イヤアアアアアアッ!!!』

 悲喜こもごも、様々な歓声(?)に包まれて、あたしたちは顔を離す。

 中には卒倒する女子まで出始める始末。

 あたしは顔を真っ赤にして、その場で立ち尽くす。

「みなさん、僕も彼女も本気です。こんな僕達を祝福してくれますか?」


 シーン…


 突然過ぎる状況についていけてないのか、会場である体育館がさながらお通夜のように静まり返る。

 すっごく重い…この空気…。


 パチ…パチ…

 口火を切ったのは紘武だった。

 パチパチパチパチ!

 茉奈、埋橋うずはしさんが続き、次第にその拍手は広まっていき、会場全体が拍手で満たされてて祝福ムードに包まれた。

「ありがとう。みんな」

 輝が口にした、締めくくりの言葉だった。


「ちょっと輝っ!!なんてことしてくれたのよっ!!?」

 あたしたちはステージを舞台袖から降りて、ステージ裏から外に出ていた。

「つい流されちゃったけど、これで学校全体に広まっちゃったじゃないのっ!おまけに、初めてのキ…キ…キスまで…」

「悪い悪い。けど…」

「ありゃーおめーのためでもあンだぜ」

 後ろから声がかかった。

「紘武っ!?」

 振り向くと、そこには紘武がいた。

「考えてみな。口伝くちづてにこっそり広まっちまった場合、どンだけ輝が真剣かが伝わらずに噂が広まっちまう。そーなったら彩音、てめーがきたねー手を使ってたぶらかしたと考えるやつが、噂の広まる中で出てくるわけだ」

「そう。だから僕のことを少し語って、どれだけ真剣に付き合ってるかを、大勢に聞いてもらって証人としたんだ。これで間違った噂の広まり方はありえない。あそこにいた全員がそれを保証してくれる」

 それは確かに…。

「で、だ。おめーも気づいてンだろ?確証が無いまま噂が広まり始めてンのを。こンままじゃおめーが危うい立場に立つンだよ」

 それはわかってた。聞いてくる人はいないけど、疑われているのは。

「けどあたし、まだお試しでしょ?」

「あのさ、こいつがお試しだからと逃げ腰だとしてよ、中途半端な気持ちで舞台に立つと思うか?」

「それじゃ…」

 もうお試しは終わり?と喉元まで出かかった。

「まだ、僕の気持ちは整理できてない。やっと自分から手をつなげるようになったとはいえ、まだ内心震える自分がいる。さっきのだって…腰が抜けそうになった」

 そうは見えなかったけど、かなり無理してたんだ…。

「だからだよ。お試しを続けてンのはな。今ここで本気の付き合いに変えたら、こいつンことだから怖気づいて逃げンに決まってる。いつでも逃げられる道を用意しとくことで、逃げださずに済ンでンだよ。こいつそーゆーとこだけはひねくれてっからな」

 そっか…思ってたよりも傷は深いんだ。

 あま邪鬼じゃくな感じもするけど。

 逃げられなくなると逃げ出して、いつでも逃げられるなら逃げ出さない。


 そういえばあたし、輝が入部してきて部活をグチャグチャにされて、理想の手芸部はどんなのか言えと迫られた時、退になんて絶対させてあげない、と逃げ道を示してたんだっけ。輝のそんなクセなんて知らなかったけど。

 あの時は後にハッキリ言ったけど、輝には退部してほしいと思ってた。

 輝は多分、それを見抜いて、退部という逃げを拒否していたんだろうな。

 それで、手芸部が安定したのを機に退部すると言い出したのか。颯一とのこともあるだろうけど。

 思い起こすと、逃げ道を用意して、結局逃げなかったことがよくあったことを思い出した。


「この後、僕たちはもう帰る。年明けの新学期早々から彩音の身に危険が迫ることもあり得る。紘武も目を配ってやってくれ」

「おーよ。任せとけ」

 この二人、ほんとに息ピッタリなんだ。


「輝…あたし、嬉しいけど…すっごく恥ずかしかったんだからね。みんなに…あんなところ見せちゃうなんて」

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