第36話:だれのがくるのかな

 ヒュオオオッ!

「寒っ!」

 強い北風が肌を撫でて、体温を奪っていく。

 着込んでいても、肌の露出する顔やスカートの中はどうしても寒い。

 あっという間に期末考査も終わり、結果も上々だった。

 今日は二学期の終業式。


「…であるからして、明日からは冬休みに入ります。体調管理はもちろんのことですが、二年の君たちは来年から受験生でもあります。学業を本分と…」

 校長先生のありがたいお話を、船漕ふねこぎながら聞いている周りの人が微笑ましい。

 輝は文化祭準備の時に校長と直談判して、夜7時までの時間外活動に漕ぎ着けたんだよね。

 責任を預かる立場としては結構苦しい判断だったんだろうな。


「それでは最後に生徒会からお知らせがあります」

 文化祭でも先頭に立って旗振りしてきたいつものメンバーが壇上に立つ。

 これはあれの告知よね。

「みなさん、この二学期は文化祭という大きなイベントがありました。無事に終了したのは、先生方を含めた全校の努力あってのことです。中には気合いが入りすぎた結果、怖すぎたと一般参加者からクレームが出たお化け屋敷もありましたが」

 わははは…

 一部で笑いが起きた。

 あれは冗談抜きで本当に怖かったわ…。

 …そういえば、颯一と一緒に回ったんだよね…あれ。

「大成功と言える今年の文化祭を一緒に盛り上げてくれたみなさんと、この二学期の締めくくりとして、生徒会主催のイベントをり行います」

 ザワザワザワザワ…

 前の方にいる一年がざわつく。

 舞台の照明が落とされ、前方のプロジェクターが巨大スクリーンに大きな画像を映し出した。

「生徒会主催のクリスマスパーティーです!」

 おおおおっ!

 主に一年が感嘆の声を上げた。


 そう。

 去年もこのクリパをやっていた。

「会場はここ、体育館全部を使いますっ!日程は12月24日、クリスマスイブの17時からですっ!先生方の協力もいただきながら開催しますっ!参加費はかかりませんのでご安心をっ!文化祭で売り上げた余剰金と、不足分は学校側が出してくれますっ!」

「まじかっ!」

「これは行かなきゃっ!」

 主に一年生から様々な声が飛び交う。

 二年と三年は前に経験済みだから、新鮮な驚きは無いけど気分は盛り上がっているようだった。

「参加者のアンケートをこの後、各教室で行います。準備する規模を把握するためですので、ご協力ください。あくまでも文化祭の成功を記念してのイベントですので、生徒以外の参加はご遠慮ください。以上、生徒会からのお知らせでした」

 マイクを持つ人が代わり、司会進行の先生に戻った。

「それでは終業式を終わりにします。各担任の指示に従って退場してください」


 このイベント自体はあたしも楽しみにしていることだった。

 ただ、今年はちょっと事情が変わっていた。

 ちらほらと、ささやかながら、それでも確実にあたしと輝の関係が疑われ始めたこと。

 秘密にしてきても、多分周りは薄々気づいているんだと思う。

 実際、颯一には気づかれちゃったし。

「ね~彩音、このままじゃちょっとまずくない?」

 茉奈がこそっと声をかけてきた。

「うん…わかってる…」

 12月に入ってからヒソヒソと噂する人が出てきて、確証がないからか、あたしと輝じゃ釣り合いが取れないと思われているからか、アヤアヤとして忌み嫌われてるせいか、直接聞きに来る人はいない。

 手芸部でも少しずつ空気が変わってきて、薄っすらとあたしを敬遠する不穏な動きが見え始めていた。

 輝はもちろん、そのことに気づいている。

 颯一と付き合ってた頃は、輝が明らかにあたしを避けていた。

 けど今は颯一が手芸部をやめて、輝が積極的にあたしへ絡んでくる。

 そのギャップが大きいから、気づかれるのは仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 覚悟はしていた。

 けど、少しずつ高まってくる緊張感に押しつぶされそうになっているのも事実。

 お試し期間はまだ二ヶ月を少し過ぎたくらい。

 バラすのはお試し期間が終わってからにしようと、輝は言ってた。

 そのことは輝に任せるという話にもなってる。

 あたしが考えなしに動いて、話がこんがらがってもまずい。

 茉奈や埋橋うずはしさんや颯一がバラした線はありえない。もしそうなら言質げんちは取られてるから、薄っすらじゃなくて、確定情報として広まる。

 やっぱり、態度の違いから疑われてるんだろうな…。

「でもバラすのは、あの人に任せてあるから…あたしは耐えるしか無いのかも」

 輝はというと、やっとつないだ手を握り返してくれるようにはなったけど、その手はまだ少し震えが出ている。道のりはまだ遠そう。


「おい輝、ちょっとツラ貸せや」

 終業式後のホームルームも終わり、開放感に背伸びする人が多い中で紘武が訪ねてきた。

 ひと気の無い場所まで輝を連れ出し、周りに人目が無いことを確認して口を開く。

「おめーのこったからもー気づいてンだろ?」

「ああ、思っていたより早かったな」

 少々苦い顔をして答える。

「そろそろ考えとかねーと、今度こんだーあいつが追い詰められンぞ?」

 はたから見ると禅問答ぜんもんどうのような受け答えに見える。

 けど昔からの付き合いだけに、全部を言わなくても通じるものがある。

「わかってる。どうするかはもう考えてある。だから協力してくれ」

 紘武はニヤリとして、二人で作戦会議に入った。


 クリスマスパーティーは相当な人数が集まっていた。

 少なくとも会場の中央に立った場合、どこを見渡しても目線の高さでは壁がまともに見えないくらいの人数はいる。

 おそらく全校生徒の6~7割というところだろう。

 立食形式で、中央5箇所と壁側合計10箇所にサンドイッチやフライなどの軽食が並んでいて、ソフトドリンクもずらりと並んでいる。

 舞台に立つ生徒会役員が喋り始めた。

「それではみなさん、生徒会主催クリスマスパーティーを開始します。長い前置きをするつもりはありません。今夜は盛大に楽しみましょうっ!」

 わーっと参加者が盛り上がって、そのまま乾杯の音頭を取るのかと思いきや…

「思えば文化祭の準備は去年のはじめから進めていたものです。去年の出し物を一覧にして、今年の出し物を予想するところから…」

 浸りモードに入って語り始める生徒会役員。

 ぱしーん!

 舞台に立つもう一人の生徒会役員がハリセンで浸りモードの生徒会役員をはたく。

「長い前置きはナシってさっきあんたが言ったでしょーがっ!」

 漫才コンビみたいにツッコミが入った。

 わはは…と会場中から笑いが漏れて

「文化祭の成功を記念して、乾杯っ!!」

 浸りモードから戻ってきた生徒会役員が発声した。


『乾杯っ!!』


 体育館全体に響き渡った生徒たちの声と共に、さながらパチンコ屋のような騒音レベルの声であふれかえった。

「事前のアンケートを元にした軽食を用意してます。余らせないため少なめの量にしていますので、小腹を満たしておいてください。頃合いにはプレゼント交換を行いますので、それまでゆっくりと楽しんでいってください。舞台開放はプレゼント交換の後で行いますので、それまでは上がらないようにしてください」

 マイク片手にそう言いつつ、生徒会役員は舞台にあがる階段のところに規制線を張っていた。


 プレゼント選びは本当に迷った。

 バイト代が入ったとはいえ、生徒会が指定した条件で選ぼうとするとかなり限られてしまった。

 商品の場合は1000円以上3000円以内。手作りの場合でも材料費は3000円以内の指定がある。

 で、なぜか梱包するまで指定してきた。 

 何が入っているかを推測されにくくするためだそうだけど、箱選びも結構大変なのよね。

 で、予想したとおりに輝の周りは早速女子だらけ。

 近くには茉奈まな埋橋うずはしさんもいるし、紘武も姿を確認した。

 颯一も来ているはずだけど、こう人が多いと探すのも大変。

 仮装パーティーかっ!と突っ込みたくなるようなタキシードで来ている人もいれば、ジーンズにジャンパーというラフな格好の人もいる。

 あたしはお気に入りのワンピースとボレロにした。

 気取りすぎず、カジュアルすぎなくて、好きな格好。

「相変わらずの人気よね。あの人は」

「うん。でも仕方ないよ」

 今年は本当にいろいろあった。

 5月の連休が明けた時に輝と出会って、輝が手芸部に入部。部活を引っ掻き回されて、颯一が追いかけて入部してきて、颯一と付き合って、文化祭までシッチャカメッチャカになって、後夜祭では颯一に別れを告げられて、そのすぐ後で輝と付き合うことになって、ひっそりと人目を忍んで逢って…バイトでは颯一のいるところと知らずに入ってしまった。

 これまでのことを考えながら取ってきたサンドイッチとからあげ、サラダを頬張っている。

「彩音はそれで足りるの?」

「来る前にちょっとだけ食べてきたから大丈夫よ」

 昨年はおなかペコペコで来てみたら、足りないままケータリングのフードが無くなってしまい、結局帰りがけに食べに行ったのを覚えている。

 だったらその逆をやっておけばいいと思って、来る時に前もって腹四分目くらいで食べてきていた。


「こんばんわ。彩音さん」

「颯一…こんばんわ」

 軽食を食べ終えて、手芸部の人と話をしてたら颯一が現れた。

 あれから、バイト先ではあくまでも仕事仲間という位置づけを崩さずに接してきてくれた。

 もう輝との交際がバレてしまい、颯一から輝との確執について聞き出せたあたしは、今までみたいなよそよそしさを捨てて、颯一が話しかけてくる調子に合わせていた。

 颯一の方も宣言どおり諦めたのか、以前みたいに親しげな感じはかなり薄れた。

「あいつとはうまくいってる?」

 こっそりと聞いてくる。

「まだ体の接触は抵抗があるみたい」

 時々、進展具合が気になるのかこうして確認される。

 隠す理由はもうないから、そのまま答えた。

「そうか」

 前は、気持ちの応えられなかったことを謝っていた。

 けど颯一は、あたしの幸せを心から願っているのか、過ぎたことだ。とあっさり流してくれた。

 実を言うと、まだあたしの心の火は消えてない。

 颯一を本気に好きになり始めた気持ちは、まだ心の奥底でくすぶっている。

 それだけにあたしはやりにくさを感じてるけど、そんなあたしを遠くから見守るような姿勢のまま、今も仕事を通じて交流は続いている。

 ダメだな…あたし。

 もうそうなることはないとわかっているのに、一度着けられた心の火を消せずにいる自分に嫌気が差す。

 いつまでこうして颯一への想いを抱え続けるのか、自分でもわからない。

 もう彼はその気がないのに…。

 思えば、あの時のすれ違いがなければ、今も颯一と相思相愛の仲でいられたんだろうな。

 告白された後で、返事をする前にスリおばあちゃんを捕まえていただけの現場を見て、勘違いしてしまった…。

 あれが始まりだった。

 輝との確執、あたしが輝に心を奪われていたことで、諦める決意をした颯一。

 つらい思いばかりさせちゃってる。

 本当に申し訳ない気持ちで、颯一とはどう接していいのかわからない。

「ほら、考え込まないの。君は笑顔が素敵なんだから、いつも笑っていてほしい」

 頭をポンポンと撫でてくる。

「うん…」

 引きずりたくないけど、こうしてふと優しくされると…切なくなる。


「ご歓談中のところ恐れ入ります。生徒会からのお知らせです。10分後にプレゼント交換を行います。各自持参のプレゼントを準備してください」

 そろそろ始まるみたいね。

 あたしはもう手提げ袋にいれて準備してあるから、いつでも始められる。


 10分経ち、生徒会役員が舞台に立った。

「それではおまたせしました。メインイベントのプレゼント交換を行います。まずは会場内で10名以上の組を作ってください。友達同士で固まって人数が足りない場合は、他の足りない組に混ざって10名以上になってください」

 あたしたちは三人で固まっていたから、埋橋おおぎさんが10人に届かなそうな組に声をかけて、あたしたちがそこへ合流した。

 周りも同じようにあちこちで合流を繰り返して、まるでコロニーのような塊へと膨らんでいく。

 落ち着いてきた頃、生徒会役員がマイクを手にする。

「まとまったようですので、これから交換タイムです。まずは輪になって隣り合う人同士で交換してください。まだまだシャッフルしますので焦らないで。隣り合う人がすでに交換していて、自分がまだの場合は、まだの人が隣の人と交換してください」

「はい、茉奈。これね」

 あたしは隣の茉奈とプレゼント交換をする。

 反対側の隣の人が交換していないようだったから、あたしは茉奈から受け取ったものを交換する。

「それではミュージックスタート!!」

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