第35話:きあいいれなおそ
それにしても、輝にはびっくりしたわ。
バイクで現れたり、ブラックカード持ってたり…。
ブラックカードは親が持っている分の家族カードだったらしい。
もちろん使う上限は指定されていると言ってたけど。
デートのたびにいつも甘えてちゃダメだよね。
出そうとしても止められて、あたしの分は払うと言っても受け取ってくれない。
あたしも少しは稼いでおかないとね。
思い立ったあたしは、バイト情報誌やネットでの求人を見ている。
これなんて良さそうね。
目についたのは服屋の求人だった。
裾上げがあると書いてあるけど、手芸部では基本中の基本だからお手の物。
片道は自転車で15分程度かな。
何かが引っかかるような気がするけど、試しにそこを受けてみよう。
初めての履歴書を書き、すぐ面接の日程が決まって面接を済ませ、サラッと採用が決定した。
やっぱり手芸部であれだけの衣装製作を手掛けたのが大きかったみたい。
余計なトラブルの種がそこにあるとも知らずに…ウキウキしながら初日の出勤日を迎えた。
部長は数日前に、あたしがアルバイトを始めたことを伝えた。手芸部にとってハードな文化祭を乗り切った後だったから特に摩擦もなかった。
夕方、バイト先でお店用のエプロンをかける。
お店はそこそこ広くて、二階まである。
二階にお客さんがいない時間だったから、一階にスタッフが集められた。
店長とあたしが並んでスタッフと向かい合う。
アルバイト含めて総勢10人いるらしいけど、シフト休みのため6~7人くらいが標準ということだった。
「今日から新たに入った仕事仲間です。軽く自己紹介をどうぞ」
「
ペコリをお辞儀して、向き直る。
「ところで一人足りないな。
「二階で特急依頼の直しやってます」
ゑ…?
「すみません、遅くなりまし…た」
二階から降りてきた人の顔を見て、思考が停止した。
しまった…そういえば
まさか…ここだったのっ!?
やってもーたー…!!
「今日から入る新人だ。仲良くしてやってくれ」
店長のお気楽な声に、あたしは真っ青な顔で颯一を見ていた。
き…きまずい…。
フロアに出されたあたしは、顔見知りということもあってトレーナーとして颯一をあてがわれた。
「基本はフロアに出て乱れた商品の整頓をする。宅配業者から届いた分の品出しに、裾上げや袖上げ、幅詰めなんかもやる。レジ打ちについては後で教える」
仕事内容を説明されてるけど、内容がほとんど頭に入ってこない。
「彩音さんは知らなかったよね。俺がここでバイトしてるってこと」
「うん…衣料品店にいるってことは覚えてたけど、顔を見るまで忘れてたわ」
バイト選びで何か引っかかってるのはこれだったんだ…。
部活だと会話はしないで済むけど、仕事じゃそうも言ってられない。
「気にしないでって言っても難しいと思うけど、もう昔の話だからね。困ったことがあったら相談には乗れるから」
「うん…」
こんな時でも颯一は優しい。
それだけに…辛い。
傷つけてしまったことを後悔してる。
颯一には、輝と付き合ってることを言うべきかな…。
迷ってたけど、この後で颯一の本領を思い知ることになる。
気にしないで、と言われても…。
「彩音さん、電話だよ」
颯一はお直しカウンターの受話器を手にとって声をかけてきた。
「えっ?誰から?」
ここに働き始めたのは家族くらいしか知らないはず。
あたしは疑問を持ちつつもカウンターへ足を運ぶ。
「彼氏から」
「ええっ!?輝が知ってるはずは…」
…………。
しまった!
颯一が向けてきた冷静な視線に、あたしは我に帰る。
やっちゃった…。
「安心して。誰にも言わないから。様子を見て何となく分かってたけど、やっぱり付き合い始めたんだね」
「ごめん…」
やられた。
まさかあたしに口を滑らせて確認するなんて。
「その…なんて言っていいのか…」
「よかったね。おめでとう」
はーっ…疲れた…。
学校が終わってすぐに来たから、短い時間だったけどとても疲れてしまった。
ピッ
非接触の電子式タイムカードで打刻して帰り支度をする。
「それじゃお先に失礼します」
「彩音さん、ちょっと待ってくれるかな?」
帰ろうとしたところで、颯一に呼び止められた。
奥のバックヤードに姿を消したけど、すぐに帰り支度して出てくる。
前は颯一と並んで歩いてたよね…。
真っ暗になった空の下を二人で歩いていく。
「付き合ってることは誰にも言わないから、どうしてそうなったのか教えてくれるかな?それで君のことは完全に諦められると思うんだ」
やっぱり…気になるよね。
バレてしまった以上、もう隠すつもりはなかった。
輝と出会った時のことから、ざっくりとした経緯をすべて話した。
「そっか、そういうことだったんだね」
隠し続けようとしてモヤモヤした気分が、これで全部晴れた。
もう遠慮はしない。今度はあたしの番。
「颯一も教えてよ。なんで輝をそこまで憎むのか」
「何のこと?」
「聞くつもりはなかったけど、電車の事故で輝が入院した時に…すごく険悪な空気だったじゃない」
いつか、颯一とは向き合わなきゃならないと思ってた。
なんで輝を敵視するのか。
「教えて。どうして?」
顔を見ると、少し曇らせて口を開いた。
「そんな…」
「だから俺は輝と自然に接しようという気にはなれない」
颯一の話を聞き終わったあたしは、どう返していいかわからなかった。
まさかここで
「とはいえ、輝の奴には君と付き合ったことを報告した時の顔を見て、かなり
「だからって…」
「君があいつと付き合い始めたことがわかっただけで十分だ。もう手芸部はやめることにする」
それを聞いたあたしは、言葉を失った。
やっと抱いていた疑問の答えがわかった。
別れてからあたしがどうするのか、それを見届けようとしてたんだ…。
「そう…」
幸い、手芸部の部員数は安定している。
一時期は颯一も含めてなんとか部活の最低部員数が保てるかどうかと思ったこともあったけど、部活の存続問題とは別に、傷つけた人が離れていくことを思うと、胸が苦しくなる。
「でも安心したよ」
「ん?」
「彩音さんが幸せそうで」
ふわっと微笑む、いつもの颯一に戻っていた。
「そんなに…優しくしないでよ…あたし、颯一を傷つけたんだよ?やっと本気になりかけた時に別れを告げられて、悲しかった…なんでこうもうまくいかないんだろうって考えて、とても後悔したわ…」
「本気になってくれたことは嬉しかった。けど、好きになればなるほど、あいつの影が色濃く出てきて…それじゃ嫌だったんだ。別れを選んだのはつらかったけど、できることは全部やって、それでダメだったから…今は清々しい気持ちだよ」
会話しているうちに駅へ着き、別々の方向の電車に乗るため左右の階段へ向かって分かれる。
「それじゃまた、バイトでね」
「うん。もう、部活は来ないの?」
「そのつもり。おやすみ」
あたしは小さく手を振って颯一を見送った。
後ろには、偶然通りかかった
ぼふっ
家に帰り、ベッドに飛び込んだ。
うつ伏せのまま、今日起きたことを思い起こす。
颯一って、本当に頭いいんだよね…。
誰かを追いかける時も、追いかけられてると意識させないように黙って走っていったり、ある程度確信されていたとはいえ、わざと否定させて口を滑らせるように仕向けたりして。
スマートフォンの連絡先を眺めて、輝の欄にタッチする。
声を聞きたい。
けど、颯一から聞いたあの話が引っかかって、その先へ進めない。
あれは仕方のないこと。
それは分かってる。
けど、それで颯一が傷ついたのは事実だし、聞いた限りでは話に矛盾点も見当たらないから、誰かが嘘をついてるわけでもなさそう。
そして、輝はそのことを知らない。
なぜ颯一が輝を憎むのか。
聞かなければよかったかも。
もし、あたしが颯一と同じ立場に立たされたらどうするんだろう。
考えたくもない。
輝は今、必死に過去を乗り越えようとしている。重要な時期に、輝を惑わせることはしたくない。
颯一からは特に口止めはされてないけど、余計なことを教えたらどうなってしまうかがわからない。
輝が紫さんのことを乗り越えた後に教えよう…それまで黙っておくことにした。
結局、電話することなくそのまま寝入ってしまった。
同じ頃…
風呂から上がった輝は、スマートフォンに着信があったことに気づく。
「あいつからか…珍しいな」
輝はその着信に折り返しの連絡をすることにした。
ほどなく通話状態になり
「どうしたんだ?」
と問いかけた。
「おいてめー。ウカウカしてっと彩音のやつをまた取られっかもしンねーぞ」
「どうした?
「今日、彩音があいつと一緒に帰ってンところを見たンだよ」
「吉間か?」
「そーだよ」
「何が起きてるんだ?」
「そこまでは知ンねーよ。千里眼を持ってるわけじゃねーからな。仮にもあいつの彼氏なら、目を背けてねーでしっかり向き合えや。じゃーな」
相変わらず雑で乱暴な言葉遣いだけど、心配してるのはよくわかった。
あっちから連絡してくるなんてめったにないことだ。
以前にあったのは、紫に振られたあの日の夜以来。
それくらい珍しいことだった。
彩音に連絡をしようとしたけど、電話で聞くことじゃないと判断して、スマートフォンを机に戻した。
手芸部は極めて平和な時間が流れている。
なんとかしたいと思ってた颯一は、本当に自主退部してしまった。
その代わり、あたしのバイト先はちょっと面倒なことになっている。
それは颯一の存在…。
いっそやめちゃおうかと思ったけど、颯一と向き合うって決めたあたしは、やめないことにした。
けど、あたしのバイト先はしばらく教えないようにしておこう。
輝が気にするのはわかっている。
それに、事情を知ってるあたしからすると、輝と颯一を鉢合わせにしたくない。
部活が終わり、みんなゾロゾロと帰っていく。
「彩…」
「新宮さん、一緒に帰ろう?」
「ずるいっ!あたしもっ!」
「ならわたしもっ!!」
彩音を帰りに誘おうとしたら、瞬く間に囲まれてイヤとは言えない空気になってしまった。
「それじゃ、お疲れ様。先に帰るね」
あたしはそんな輝のそばを笑顔で通り過ぎた。
二人の関係はまだ秘密。
少なくとも颯一には疑われてて、結局はバレてしまった。
もっと慎重に輝と接しておかないと、取り返しがつかないほど周りに知られてしまう可能性が高い。
幸い、バレたのは黙っててくれる人ばかりだけど、いつまでも黙っていてくれるとも限らないし、次にバレた時は一気に広まる危険さえある。
あれから、あたしはバイトと部活で二足の
日曜は輝とバイクで出かけて、一緒にいる時間を増やせている。
やっぱり人目を避けたところを選ぶことになるから、駅から離れた海辺や公園などで二人の時間を過ごす。
お昼になると駅方面や大通りにあるお手頃なレストランで食事する。
「一回…」
「別会計でお願いします」
例のとおり家族専用のブラックカードを出す輝を止めて、自分の分は自分で出すことにした。
バイト代も入ったから、ランチくらいは出せるようになった。
かかった交通費は輝がそもそも教えてくれないし、あたしなりに計算して「今までの分」と出しても受け取ってくれないから、そっちは甘えることにするということであたしの中では落とし込んだ。
「ところで彩音はどこでバイトしてるんだ?」
お店を出て、バイクに乗る時に聞いてきた。
「うん、手芸部の経験を活かせるところで楽しくやってるよ」
こうして、何度かあたしのバイト先について聞こうとしてきてるけど、フラフラとはぐらかしていることに、輝がもどかしい思いを募らせていることに気づく由もなく。
内心、バイト先についてはハッキリと言わないことに引け目を感じている。
でも仕方ないよね。
颯一とのことがあるし、余計な心配をさせたくない。
「彩音の仕事してる姿を見たいな」
「うん、いずれね」
やたらとあたしのバイト先を知りたがる輝の真意を、あたしは考えなかった。
来週からは期末考査に入る。
部活は来週一週間、活動なし。
一科目でも赤点を取ってしまったら、勉強のため部活はやめるし、バイトもやめることにしてる。
そうならないようにしないと。
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