第20話:にげずにむきあうわ

「うん。もちろん、ひかるとの仲は進展するように協力するか…え?」

 鳩が豆鉄砲を食ったようにキョトンとする颯一そういち

「輝のこと、颯一が忘れさせてくれるんでしょ?」

「………だって、あの話の流れからすると…」

 さっきのやりとり、実はあたしなりに狙っていたことがある。

 思いどおりにいかなくなりそうな時にこそ、その人の本性が出てくるもの。

 お試しではなく、本気の付き合いを始める前に確かめたかった。

 颯一の本性を。

 お試しを終えてさよなら、と匂わせておいて、もし慌てて食い下がってくるならそのまま本当に別れるつもりだった。

 けど颯一は一言も責めることなく引き下がった。

 結果は


 合格


 あの時、おばあちゃんに乱暴なことをしたのは、本当にあっちのおばあちゃんに非があったんだと、これであたしなりに確信できた。

「ごめんね、試すようなことをして。けど本気で付き合う前の駆け引きはこれでおしまい。颯一は本当に優しいんだね」

 あたしは優しい笑顔を向けて、颯一と向かい合う。

彩音あやね、本当に俺でいいのか?」

 まだ信じられないといいたげな顔で聞いてくる。

「輝のこと、もう諦めてるから。颯一が…忘れさせてね」

 ドッと疲れが溢れ出たような顔をして、その場でへたり込んだ。

「あ~…焦ったぁ…」

 それでも、まだ気になることはある。

 輝と颯一は顔見知りで、過去に何かがあったであろうことは分かってる。

 それが唯一引っかかっているところだけど、誰でも隠したいことの一つや二つはあるもの。

 自分から話してくれるまで聞かないことにした。

 立ち上がろうとする颯一に手を無言で伸ばして、伸ばした手を握って立ち上がる。

「これからもよろしくね」

「こちらこそ」

 あたし、努力しよう。

 輝を諦める努力を…。


「え~っ!?これまでってお試しだったのっ!?」

 夜になって、電話で茉奈まなに話したら、思ったとおりの反応をしてきた。

「うん、今日から正式に付き合うことになったの」

「だから今までシてなかったんだっ!?」

「その話を続けるなら切るわよ」

「明日聞くからい~よ」

 そうくるのね。

「で、輝は結局ダメそ~なの?」

「お試しだよってことで反応を見たけど、もう無理みたい。あたしと颯一の邪魔はしないって言って、明らかにあたしを避けてるわ」

 けど疑問なのは、あたしを追いかけて入部したはずなのに、邪魔をしないと壁を作っておきながらまだ部活に出てくること。

 乗りかかった船だから、途中で放り出すのは許せないだけかもしれない。

 いずれにせよ、あたしが輝と一緒にいるのは叶わぬ夢になった。

 輝とは単なる部活の一員。

 そう割り切っていかなきゃ、どっちつかずになっちゃう。

「なら颯一と別れたらど~なるのかな?」

「どうにもならないと思う。だから諦めたのよ」

 それからは他愛ない話をして、電話を切ったあたしはベッドに潜った。


 次の日の昼休み

 お試しで颯一と付き合い始めた段階からでもずっと、輝とのお昼はなくなった。

 本気で邪魔しないつもりみたい。

 それまでは輝の方からやってきて隣や向かいに座っていた。

 代わりに颯一がそばにいることが多い。

 茉奈は時々スイッチが入って変なことを聞いてきたり口走ったりするけど、おおむね平和な状態が続いている。

 ここまで変わるなんて…。

 手芸部の人たちも、最初の頃に比べて当たりは柔らかくなっている。

 多分だけど、輝があたしを構わなくなったから。

 中にはになりさんみたいに、あたしを認めてくれた人もいるけど、本当のところはどうかわからない。

「彩音、どうしたの?」

「ん?なんでもない。茉奈が遅いなと思って」

 寄るところがあると言って、あたしたちは学食で席についたけど、茉奈の姿はまだ見当たらない。

「ここまで遅いんじゃ仕方ないよ。悪いけど先に食べよう」

「うん…」


 その頃…

 茉奈はスイッチが入ったまま輝に会っていた。

 輝が捕まったのは学食までもうすぐのところだった。

「輝、彩音には気持ち伝えたの?」

「何の気持ちだ」

 ガヤガヤしている中で立ち話をしている。

「言わなきゃわからないかな?」

「マネージャーはマネージャーだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ならもし彩音が颯一と別れたらど~するの?」

「どうもしない…。今の立場がくつがえるわけでもない」

 そう言うと、茉奈の横を通り過ぎようとしている。

「彩音に返事はしたの?それくらいはケジメつけてよ」

 背中に投げかけるけど、一瞬立ち止まったと思ったら構わず学食へ姿を消した。

 スイッチの切れた茉奈は学食へ入っていく。


「茉奈、遅かったじゃない。もう食べちゃったよ」

「ごめん、待っててくれたんだ?」

 あたしは茉奈の姿を見るなり、席を立って茉奈に声をかけた。

「彩音が心配してたよ」

「うん、遅くなったしあたし一人で食べるからい~よ」

 そう言ってカウンターへ向かう茉奈だった。


 輝はいつもの定食をテーブルに置き、食べ始めようと箸を手に取る。

「邪魔するね」

 またスイッチが入った茉奈は、昼食のトレーを手にして輝の向かいに腰をかける。

「答えたくないなら答えなくてい~わ。けど言わせてもらうからね」

 箸を割り、食べ始める茉奈。

「彩音はね、輝が返事もしてくれないからって諦めたのよ」

 一口を喉に流し込み、再び口を開く。

「ど~ゆ~つもりで彩音に近づいて、気持ちを聞~てなお返事をしないのかはこの際聞かないことにする」

 少しずつ食べながら茉奈は続ける。

「何があったのか、具体的なことは何も聞~てないし、輝がどう考えるかも聞く気はないわ。けど、ケジメくらいはつけてよ。逃げずに向き合お~と必死になってる彩音に失礼でしょ」

 輝はさっさと食べ終わって、席を立とうとする。

「一つだけ言っておく」

 空になった食器を持ち上げながら…

「文化祭が終わったら僕は手芸部を退部する。それまでは副部長としての努めは果たす」

 茉奈はハッとなり、輝を見上げる。

「結局、向き合わずに逃げるのね」

 ため息をつきながら、輝の背中に言葉を浴びせかけた。

「でも安心したわ。ここまで人の気持ちをないがしろにする不誠実な人を、彩音が選ばなくて」

 背を向けた輝が足を止める。

 見るとわずかに肩が震えているようにも見えた。

「そ~そ~彩音だけど、お試しの付き合いをやめて、本気で颯一と付き合うことにしたんだって。輝のことは残念そ~にしてたわ」

 振り向きもせずに輝はそのまま食器を戻しに行って、学食を出ていった。

 スイッチの切れた茉奈は残りのお皿を平らげて席を立つ。

 そんなやりとりを、紘武ひろむは少し離れた場所で見ていた。


「はぁ…」

 輝には困ったものだわ。

 昼休みにお手洗いからため息混じりで戻ったあたしは、信じられないものを目撃する。

「茉奈、どうしたの?」

 席についている茉奈は、俯いてフルフルと肩を震わせていた。

 手にしているのは落書きされたカバーを着けたままの大きめな手帳。


 ガタン


 茉奈はツカツカと歩き、僅かに残ったお弁当を広げて談笑してる女子3人のところで立ち止まる。

「今まで黙ってたけど、これだけは許せないわっ!」

 突然大声を上げる茉奈。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 ま…茉奈がキレたっ!!?あの温厚な茉奈がっ!!?

 ガヤガヤしていた教室中が一斉に静まり返る。

「教科書はともかく、このカバーに手を出したっ!許さないっ!!」

 スイッチが変に入ったらしく、いつもの口調と態度がまるで違う。

「元に戻してっ!!」

 小学生を思わせる稚拙ないたずらで、茉奈をいじめているのはこの三人。

 あたしは前からしっかり言うよう茉奈に言っておいたけど、これはさすがに予想してなかった。

「何よ、あたしがやったって証拠でもあるの?」

「証拠なんていらないわよっ!前にいたずらしてるところ見てるからっ!!」

 ますます口調の強くなる茉奈。

「何よ茉奈のくせにっ…!!」


 バンッ!!


 うわっ!やっちゃったよっ!!

 茉奈はほとんど食べ終わっていたとはいえ、弁当を持ち上げてそのまま相手の顔に叩きつけてしまった。

 残っていた中身が顔についたり、床や机にポロポロと落ちる。

 ザワッとにわかに教室中から声が上がった。

「何すんの、生意気よっ!!茉奈のくせにっ!!」

 立ち上がって、今にも掴みかかろうとしている。

 もはや見ていられない。止めに入らなきゃっ!!

「落ち着いて茉奈っ!!」

 茉奈を羽交い絞めにして必死に食い止めるあたしだけど、本気で暴れているから止めるのもやっと。

「返してよっ!!おばあちゃんの形見をっ!!!」

「っ!!?」

 あたしと、目の前の三人が思わず息を呑む。


 結局、昼休みが終わるまで暴れ続ける茉奈を抑えるのに必死で、落ち着くまでに時間がかかった。

 手帳カバーは布製で、下手にアルコールを使うわけにもいかない。

 もちろん、落書きを無かったことにはできず、茉奈は涙を流しながら落書きされた手帳を手に席へ戻った。

 前から手帳は確かに持っていた。

 けどまさかそんなに大切なものだったなんて…。


「そう、文化祭が終わるまでね…あなたに辞められるのはダメージが大きいけど、仕方ないわ」

「勝手で申し訳ない」

 輝は部室へ行く前に部長を呼び出して、退部について相談していた。

「でも、一つ聞かせて」

「何ですか?」

 部長は一呼吸おいて

「その判断に至ったのは彩音さん絡みかしら?」

 僅かに顔を歪ませた輝だけど、すぐに元の顔に戻った。

は関係ありません。文化祭の件はすでに動き出しているから、それまで副部長としての役目はキチンと果たします」

「わかったわ。ならそれまではよろしくね」

 輝はあえて言わなかったが、嘘はついてない。

 退部を決めたのは彩音絡みではなく、吉間きちま絡みだった。


 部活が始まり、それぞれ制作に取りかかる。

 輝は変わらず部室の巡回。

 衣装制作の進み具合は順調で、遅くまで残ってくれる部員も何とかギリギリの人数だった。

 文化祭は来週に迫っている。

 来週になると先生方はいつもより遅くまで居てくれるから、追い込みできる。

 残ってくれる部員の数にもよるけど。


 すっかり遅くなり、部長と戸締まりして部室を後にする。

 颯一はバイトがあるということで先に帰り、輝は用事があるということで少し早く帰っていた。

 部長と一緒なんて、いつぶりだろうか。

「文化祭、なんとか間に合いそうね」

「そうね。文化祭の衣装はなんとかなるわ」

 なんか引っかかる言い方をする部長。

 しばらく沈黙が続き、学校の敷地を出る。

「彩音さん、言おうか迷ったけど、今後のこともあるから伝えておくわ」

 部長が改まり、口を開く。

「副部長だけど、文化祭が終わったら退部するそうよ」

 退部…。

 やっぱり。

「あら、あまり驚かないようね」

「なんとなくが予感してましたから」

「副部長は違うと言ってたけど、彩音さんが原因なのかしら?」

 輝は元々あたしを追いかけて入部してきた。

 そのあたしが颯一を選んだ以上、追いかけてきた輝はもう手芸部に居続ける理由がなくなっている。

 これであたしが疑問に思ってたことは矛盾なく収まった。

「分からないわ…輝が何を考えてるのか」

 颯一と付き合い始めてから、輝とはまともに話できてない。だから余計に何を考えてるのか分からない。

 でも、これで手芸部はまた追いつめられた。

 輝が退部したら、ほとんどの部員はやめるはず。

 部長、あたし、元々居た部員、颯一。

 残るのはその四人くらいだろう。

 ギリギリでミステリーサークル部屋送りは免れるとしても、元々いた部員がどう動くかは分からない。もし辞められるとミステリーサークル部屋送りになる可能性が高い。

 になりさんはどうするんだろう?

 文化祭の準備で大忙しだったけど、この賑わいは輝によるものだということを忘れていた。

 その輝が抜けた途端に、廃部さえ現実味が出てくる。

「彩音さん、なんとか説得してくれないかしら?これじゃ…」

「分かってるわよ。けど…」

 もう輝のことは諦めた。

 それからは輝とまともに話もできてない今、説得と言っても聞いてくれるかどうか…。

 もう輝の隣にいることは諦めた。

 未だに輝の追っかけは見かけるし、誰とも付き合う気は無いらしい。

 そこは前からぶれていない。

 けど颯一と付き合うと決めた時から輝の態度が一変した。

 あたしを遠ざけようとしている。

 何を考えてるかわからないけど、あたしが颯一を選んでから変わった態度で判断すると、あたしのせいでこうなったことは疑いようもない。

 輝をつなぎとめておくものはなくなっちゃったけど、かといってこのまま去っていく輝から逃げたくもない。


 翌朝、あたしは輝の登校を校門で待っていた。

 過ぎゆく人の波の中で、待っていたその姿を捉える。

 

「輝、話があるわ」

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