第19話:あたしをとりこにして
「………
「そう。夏休みの時、うちに親戚が来てたんだけど、帰るのは予約した指定席の朝早い始発にするからって、その前の日の夜は駅前のホテルへ行くって言い出して、俺がそのホテルまで送って行ったんだ。確認したいなら俺の家族に聞けばいいよ」
はぁ…そんなことだろうと…。
でも、それにしてはずいぶん仲が良さそう。
「わかったわ。それじゃ聞くけど、体の距離がずいぶん近くない?」
「その親戚の子は気を許した相手に限って、ついて行く時にベルトを掴むくせがあってね、周りから見ると腰に手を回してるように見えるんだ」
言われてみると、写真の手はベルトを握ってるようにも見える。
ベルトを掴んでるという手と反対側の手はほとんど隠れていて見えないけど、キャスター付きバッグを引っ張ってるようにも見える。
「で、親戚の子がホテルへ入る直前に『またね』と肩をポンポン叩いたんだけど、そこを撮られちゃったみたいだな」
そっか、親戚の子が来る程度のことじゃ、いちいちあたしに言うはずもない。
黙っていたのも当然か。
「今度、その親戚の子が来るときは紹介するよ」
なるほど…矛盾なく疑問がすべて消えた。
「ほら、ここの通話ボタンを押せば家族につながるよ。確認したいなら押して」
颯一はスマートフォンを出して、電話番号を表示した状態であたしに向けた。
「ううん、信じるからいいわ」
慌てる様子がまるで無いし、家族に確認されても構わない余裕ぶりから、信じて良さそう。
よかった、今回はすれ違わずに済んだ。
でも、誰が何のためにこんな…。
翌日の部活では、
それで納得した彼女は、そのグループチャット内で沈静化に向けて動いてくれることになった。
もちろん、
輝は部活の衣装製作の進み具合を見つつ、部室を後にした。
ほどなく、目的の顔を見つけた。
「探したぞ。
「あンだよ?珍しいな、お前が探すなンてよ」
面倒くさそうな顔を向けて、足を止める。
「言ったよな…二人の邪魔するなと。何故あんな噂をばらまいた?」
「知らねーな。あの写真を俺が撮った証拠でもあるってンのか?」
ガシッと紘武の胸ぐらを掴んだ。
凄まじい剣幕で輝が詰め寄る。
「誰が写真のことだと言った?さっき『噂』と言ったはずだ。お前がやったのはすぐにわかった」
「おっと口が滑ったな。そーだよ、炎上せずにすぐ沈静化したのが残念だったぜ」
悪びれる様子もなく不敵な笑みを浮かべる紘武。
「てめー、素直になれっつーンだよ」
「黙れ…」
紘武の挑発に、腹の底から絞り出すように言葉を紡ぐ輝。
「そンなンであいつへの想いを隠してるつもりか?」
「黙れ……二度と二人の邪魔するな」
「だったら言わせてもらうぜ。邪魔をやめて欲しけりゃ、自分の気持ちを吐き出しちまえって言ったよな?」
余裕の顔を輝に向ける紘武。
「認めちめーよ。そーすりゃやめてやンよ」
ギリ…と歯ぎしりをさせて、胸ぐらを掴む手を荒っぽく突き飛ばすようにして離す。
「話にならんな。次は骨の一本くらい覚悟しておけ」
「なら聞くことを変えてやンよ。追っかけて入った部活をなんで今も
輝は問いかけに応えることなく背を向けて部室へ足を運んだ。
「衣装の追加?」
「そうなのっ!さっき三年の人が来て、どうしてもって押し付けられちゃったのっ!」
「わかった。この件は僕が預かる。だから今の制作に集中してくれ」
輝は部員から衣装の制作依頼書を受け取った。
入部したときは考えられなかったが、輝の出した課題でトレーニングしたおかげで衣装の制作は思ったより順調だった。
ケアレスミスは目立ったが、制作を外れてケアに徹しているから、ロスも小さいものしか出なくなっていた。
しかし想定外はいつでもどこでも起きるもので、こうして追加の依頼が出てきてしまった。
制作日誌と依頼を照らし合わせる。
「これはギリギリかな…言うだけ言っておくか」
部室を一回りして、再び部室を出ていく。
三年の教室へ行き、さっき受け取った依頼書の人を探す。
「手芸部の副部長だけど、この依頼は一旦引き受ける。でもかなりスケジュールがギリギリなんだ。もしかすると間に合わないかもしれないから、それを伝えに来た」
依頼主は三年の女子生徒だったが、輝を見ると息を飲んでいた。
「はっ、はいっ!できれば間に合わせて欲しいです」
「善処はする。
気がかりなのは、出し物が決まっていない、いくつかのクラスだ。
ついでに回っておくか。
「いっけねぇ!出し忘れてたっ!」
まだ2クラスから衣装制作の依頼をもらってない。
その1クラスに行ってみると、忘れて二週間ほど放置していたらしい。
「言っておくけど、ほとんど最後のほうだから順番も後の方だぞ」
「そこをなんとかっ!!」
「決まりは決まりだ。そこを曲げれば早く出したクラスに対して申し訳が立たない。当日までには終わらせるよう努力はするけど、正直かなりギリギリだ」
数人に詰め寄られるけど、輝は決して譲らない。
廊下を歩きながら資料に目を通す。
見ると、当初の見込みよりキツイ内容だった。
「これは少し考えないとな…」
もう1クラスに行ってみる。
「すまんっ!明日まで待ってくれっ!!あとひとつだけなんだっ!!」
まだ決まっていなかったらしい。
聞くと、まだ揉めているということで、まとまりかけたところで仕切り直しになったそうだ。
「提出を引っ張るのは構わないが、今でもかなりギリギリだ。明日出してくれても当日間に合うかはわからない」
あとひとつ、という資料に目を通すだけ通したが、残り時間から逆算すると、順調に進んだとして、はっきり言ってもう納期はアウト。
となると、作業時間を余分に確保するしかない。
「要するに、部活の活動時間を延長して…ということ?」
「ああ、前のロスの分だけきつくなった上に、見込みよりも時間がかかることがわかった。それしかないだろう。全部をやりきるつもりなら」
部室に戻った輝は部長に相談した結果、この判断になったという。
あたしは部長の近くで作業しているから、この相談は一部始終を全部聞いていた。
「で、どの日どの時間を調整すればいいの?」
「毎日3…いや、2時間延長できれば十分だ」
手書きの資料を部長に差し出す輝。
「みんなが納得するかしら?」
「おそらく部員の半分は帰るだろう。だからそこを差し引いても2時間だ。強制するつもりはない。任意に残ってもらう」
「となると後は先生ね。言っておくけど、部員が遅くまで残ってもあなたは制作で手を動かしちゃダメよ」
「わかってる。先生の確保は任せてくれ」
輝は部室を一巡して、部室を出ていった。
輝って結構筋がいいんだけど、出だしに部員がミス連発しちゃったからなぁ。
それで周囲への気配りや計画の立て方がうまくて管理側に回されたんだよね。
元々輝を追っかけて大量に入った部員。輝が部室を巡回してくれてるおかげで部員たちはやる気が出てるし、手違いがあっても輝が気づいて軽微なミスで済んでる。
でもなんか最近、
輝を眺めていたところを、颯一が見ていることにあたしは気づかなかった。
輝はまず、担当顧問へ交渉に行った。
「君の熱意はわかったわ。けど先生にも都合があるの。毎日その時間まで残れるわけじゃないの。他の先生でその時間まで残る人は少ないから、確実さはなくなっちゃうわね」
顧問はコーヒーを
「そうですか…せめて文化祭までの間だけでもなんとかなりませんか?」
「いつもなら文化祭の一週間前くらいだったらかなり遅くまで残る先生も多いけどまだ十分に時間があるから、今からはちょっとね…」
今残っている先生たちをしらみつぶしに交渉へ走る輝。
中には運動の指導をしている先生にも交渉へ走っていた。
「ダメか…もう校長への直談判くらいしかカードがないな…」
その走り回る姿を見ている人物がいることに、輝は気づかない。
コンコン
校長室を前にして、最後の希望をつなぐため、意を決してノックする。
時間はすでに午後の5時。
部活は終了の時間。先生も帰り始める頃だ。
「どうぞ」
「失礼します」
輝はそれほど広くはない校長室に入る。
「用件はなんだね?」
「部室の利用についてです」
これまでの経緯を説明して、文化祭までの期間限定で部長の裁量にて部室の利用を延長してくれないか、と話をする。
「ふむ、事情はわかった。だが戸締まりの確認は生徒に任せられない。何より昇降口の鍵を生徒に渡すわけにはいかん。翌朝、誰が開けるというのかね?」
コンコン
ふと、ドアがノックされた。
「今は取り込み中だ。改めてくれ」
校長がドアの向こうへ言葉を投げかける。
「話は聞かせてもらったよ。ならばその戸締まりは
扉が開け放たれ、姿を現したのはジャージ姿の初老…用務員だった。
「そこの生徒はさっきから学校中を駆け回っておった。そこまでの熱意なら、少しくらい融通してやってもよいのではないか?」
「しかしですな…」
渋る校長だったが、用務員は輝の隣へ歩み寄る。
「先生方より儂は遅くまでいる。戸締まりの最終確認や建物の点検などでな。文化祭は年に一度。ましてやほぼ全クラスへ衣装制作をしている縁の下の力持ち。儂と似た立場の若者が言う珍しいワガママくらい、聞いてやらんかの」
校長は
「わかった。あなたがそこまで言うなら」
押し切られる格好で校長が折れた。
「ほっほ」
「校長…」
「だが、生徒たちの安全もある。文化祭準備の特例日を除いて夜7時までには学校の敷地を全員出ること。校舎ではなく敷地だ。これは譲らん!」
「もちろんです。その条件でよろしくお願いします」
「えーっ!?許可されたのっ!?」
部長が大きな声を上げて、帰り支度をする部員が一斉に注目した。
「夜7時までに完全撤収が条件だけど。あと、明日からいいってさ」
輝、やっぱりすごい。
翌日
学校は衣替え。
衣替えをしたということは、颯一とのお試し交際もそろそろ期限よね…。
期限まであと二週間。少し早いけど…颯一には返事しよう。
颯一はバイトの日以外なら、遅くまで残って衣装制作をしてもいいということで、すっかり暗くなった夜道を二人で歩いていた。
「そういえば、お試し交際からもう二ヶ月半経ってるんだね」
「そうか、もうそんなに経つんだ」
「約束は三ヶ月だったけど、今ここで答えるね」
聞いた颯一の顔が僅かに強張る。
「誰にでも優しく接してくれる颯一と出会ったのが一年の時だったわね」
入学した一学期、席順の関係で茉奈が颯一の隣で、その隣があたしだった。
「特に茉奈は颯一に相当助けられたと思う」
今はあたしと一緒のクラスになって、あたしが茉奈に手を伸ばしている。
そんなきっかけを作ってくれたのが颯一。
「最初の告白は、あたしの早とちりで断っちゃったけど、思い込んでたあたしは断る以外の選択肢が無かったわ。そして、断った事自体は悪いと思ってたけど、あの日のことを知って、断った後も自然に接してきてたのをすごく納得したわ」
颯一は強張った顔のまま黙って聞いている。
「手芸部に入部してきたときは焦ったけど、しっかり向き合おうと思ったの」
その日に味方の部員が一人増えた。
とても心強く思って、やっと颯一と向き合う気になれた。
「颯一は意識してか無意識かわからないけど、あたしが嫌と思ってたことは触れずにいてくれたことに感激してたのよ」
輝との話を偶然聞かれた時のことは、触れてほしくなかった。
それに触れないままでいた。
「けどね…今だからその触れてほしくなかったことを言っちゃうけど…」
ギュッと拳を握りしめる颯一。
「知ってるんでしょ…?あたしは輝が好きって…たとえどう頑張っても届かない、一方的な気持ちでも、あたしはもう輝への気持ちを自分でも止められないの。だから…」
強張った顔から緊張が抜けて、ふぅ…と肩を落とした。
「そっか。俺は輝を超えられなかったんだね…わかった。短い間だったけど…」
微笑んで言葉をつなげようとした瞬間…あたしは少し微笑んで
「だから、あたしから…輝を忘れさせて。颯一の…あなたの、あたしに対する想いのすべてで、あたしが颯一以外見えなくなるくらいに…」
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