第18話:やっぱりきいてよかった
「手を
「どうしても続けるならペダルを踏めば?」
本当に踏まれたらケガは確実。
けど
かといってあたしの手を掴むこともしないことは分かってる。
「これが、君の望んだ手芸部の姿ってことなのか?」
「違うわ。さっき部長は何て言ったか覚えてる?」
「………」
輝は黙り込んだ。
「これ以上ロスを出さないように、と言ってたわよね。今やってることはロスを出さないことなのかしら?」
「ロスが出たとしても取り返せるように進めておくだけだ。だから手を退かせ」
違う。そうじゃない。
あたしが望むのはそうじゃない。
「あたしの言いたいこと、わからないのっ!?筋を通せって言ってるのよっ!!ここで輝が勝手なことして、それを見た部員が影響されて、真似し始めたらまた部は別の方向でぐちゃぐちゃになっちゃうじゃないっ!!せっかくいい感じにまとまってきてるのに、ここで壊そうって言うのっ!!?輝が…副部長というポジションだけではないその存在に、どれだけの人が影響を受けると思っているのよっ!!?」
驚いたような顔を向ける輝。
あたしは昂ぶった感情で、目にわずかな涙が浮かんでいる。
「手を退かせ。抑えを上げて片付ける」
あたしは針の下に潜らせていた指を引っ込める。
片付けをして、今度こそすっかり暗くなった部室に鍵をかけた。
暗いから、ということで輝はあたしの隣で帰りの道を歩いてた。
「あのね、まだ誰にも言ってないんだけど、颯一とは正式に付き合ってないの」
「そんなの知ったことじゃない」
言えば何か変わると思ったけど、輝の態度は相変わらずだった。
寒気すら感じる冷たい声。
「三ヶ月だけ、お試しで付き合うことになってるのよ。どちらか片方がダメそうならそこでおしまいの関係で…」
「僕には関係のない話だ」
ここまでのやりとりで、あたしは気づいていた。
一度も名前を呼んでくれていないことに。
そんなところもいちいち傷つく…。
邪魔しないって言ってたけど、ここまで態度が変わるなんて…。
話したいことはいっぱいあるけど、話しても変わらないと感じたあたしは口を閉ざした。
「それじゃまた…」
「気をつけてな」
結局あれから一言も喋ることなくあたしの最寄り駅まで着いた。
輝とはもう、ダメなのかな…。
あたしはハッとなって、首をブンブン振る。
もう諦めるって決めたんだからっ!
だから颯一にするって決めたんじゃないっ!
でも…輝はあたしのことがどうでもよければ、手芸部をやめて帰宅部に戻るはずよね…。
なんで続けてるんだろう…?
翌日
部長に、昨日のことを話して交渉する輝の姿があった。
「ダメよ」
一言で無情に切られた。
「部室の利用は学校で決められてるわ。先生方が誰かしらいる間に限るのよ。学園祭の前は先生方が必ずいるから校舎全体を使ってもよいことになってるの。けど部員一人の独断で使い続けることは認められないわ。そもそも午後5時には原則として部室の利用を終了しなければならないの。それ以後も使い続けるなら、最後までいる予定の先生に了承を得た上じゃないとダメよ」
部長が遅くまで残るのがダメな理由を続けた。
「つまり先生がいれば使ってもいいわけだ」
「けどほとんどの先生は午後6時には帰るから、それまでの間よ。決して生徒の個人的理由で先生を残らせてはいけないわ。それから、これが部室利用時間延長申請書。学校行事前の特別な時期以外はこれが必要よ」
部長が引き出しの紙を出して輝に渡した。
「わかった。ならみんなが帰った後の時間は使わせてもらう」
この申請書自体は、単に残った先生が部室の利用状況を知って、撤収指示を出すべき部室の巡回に使うためだけのもの。
ちなみに先生の指示に従わない場合は以後の申請を却下されたり、部費を減らされることもある。
「それからもう一つ。在庫チェックの担当までつられて残りそうだったら、命令として必ず帰すこと。
「それもわかった。筋は通す」
どうやら話がまとまったらしい。
この話はあたしも聞いたから、あたしも守らなきゃ。
輝ってしっかり筋は通すんだよね。
ただし、あたし以外は。
もうこれ以上粘っても傷が深くなるだけ…輝のことは諦める…。
あたし、輝とは距離を置いて接しよう。
お試し交際を始めてから、休みの日は颯一とデートする日が多くなっている。
イメージどおり、颯一はどこまでも柔らかで優しい。
たまに細かいことでケンカするけど、無言で抱きしめられると愛しさが溢れてきて許してしまう自分がいる。
そういえば、輝とはケンカしたことが無いな…。
ケンカできるほどの仲でもないし…今では輝の方から距離を置かれてる。
今でも輝と颯一、どっちがいいと聞かれれば迷わず輝を選びたい。
けど…。
数日経ち…
文化祭の準備で次第に飾り付けの部品や展示パネルの立て掛けが目立ち始めてきている中、手芸部に衣装制作の依頼があるものの、衣装のデザイン案提出が遅いクラスも目立ち始める。
基本は依頼の順であるものの、決まらない場合は後回しにすることとしている。
決まっている分は先に作るけど、クラスや部の単位で制作の順番が回ってきた時点で最終案として確定してない衣装は、待つのが無駄と判断されてキャンセル扱いとなった。
これも輝が旗振りを任された身として判断したらしい。
「
放課後、部室でミシンを踏んでる時に部長が話しかけてくる。
「あたしは順調よ。予定どおり」
輝の判断で部員各自に進み具合の日誌を付けさせ始めた。
もちろんあたしもその日誌はつけてる。
輝は部室に残って、わずかな時間ながら男子衣装を作る
あれから、あたしと輝の接点は消えかけている。
唯一、部活が同じというだけで、会話もほとんどしてない。
そもそも輝は部室にいるとき部員のケアをするため巡回してて、席に座ることがほとんどない。
部員も輝が話しかけてくることを嬉しく思ってるのか、やる気が感じられる。
「彩音さん…ちょっといい?」
前にスカートの直しで仲良くなった部員が話しかけてきた。
名前は確か…
「何?
「ここじゃちょっと…」
「わかったわ。一緒に行きましょう」
こういう場合のお約束はお手洗い。
お手洗いに入り、賀さんが口を開く。
「ねぇ、
「ん?颯一とは時々ケンカするけど、うまくいってると思うわ」
「そう…」
奥歯に物が挟まったような口調は、何かを隠してる。
「もしかして…賀さん、颯一のことが…」
「ううん、違うわ。その…」
賀さんは申し訳無さそうにスマートフォンの画面を見せる。
その画面を見たあたしは思わず息を飲む。
輝はいつものとおり部室の中を巡回して、部員のケアと進みの管理で立ち回っていた。
進みは特に問題はなさそうと判断した輝は行動を起こす。
「吉間、ちょっとこい」
お手洗いではなく、ひとけのない場所へ呼び出して向かい合う。
「お前、どういうつもりだ?」
「どうって?」
厳しい目を向ける輝に、吉間はキョトンとしている。
「
胸ぐらを掴み、憎しみを込めた顔を吉間に向ける。
「まてよ、何の話だ?」
「ふん、しらばっくれるか。まあいい、なら早く文化祭の準備を進めるんだ」
掴む手を離し、吐き捨てるような口調で背を向ける。
「いったいなんだってんだ?」
今日の部活が終わり、輝は衣装制作で残ることになった。
あたりはすっかり暗くなっていて、もう日没を迎えようとしていた。
空はぼんやりと朱く染まっていて、見渡す限り日陰は無くて闇に閉ざされようとしている。
あたしはあのことが気がかりだった。
賀さんが見せてくれたあの写真。
颯一に、確認しなきゃ。
前のおばあちゃん事件は、あたしが確認しなかったからややこしくなった。
お試しとはいえ付き合ってるんだから、恐れずに聞かなきゃ。
今日も一緒に帰ることとなり、颯一の隣を歩く。
指同士を絡め合う恋人繋ぎ。
その温かさは本物と信じたい。
でも、この手はもしかすると、あたしの心を温めてくれる手ではないかもしれないんだ。
ううん、もう恐れないっ!恐れた結果が今の遠回りになってるんだからっ!
引っ張っても事態が変わるわけじゃない。
思い切って聞いてみよう。
「ねぇ、颯一…」
「なんだい?彩音」
………いざ聞くとなると、やっぱり物怖じしてしまう。
「その…」
勘違いかもしれない。
勘違いしたままにしたから、一年もすれ違ったままだった。
恐れちゃだめっ!
「グループチャットにあったらしいんだけど…颯一が…あたしの知らない女の子と…ホテルに入っていきそうな写真を今日見せられたんだけど…」
そう。
女子トイレで賀さんに見せられたのは、颯一があたし以外の女の子と立派なホテルに入る寸前の写真だった。
もしかしたらあたしと付き合う前の彼女かもしれないし、何かの間違いかもしれないけど、写真は颯一が女の子の肩に手を回して、女の子も颯一の腰に手を回しているものだった。
「あれって…いつのものなの?」
「ん…?多分先月…」
ドンッ!
「痛っ!」
誰かとぶつかってよろけるあたし。
思わず手を離してしまい、その場でへたり込んだ。
「彩音っ!大丈夫かっ!?」
しゃがんだ颯一が肩に手を回してくる。
「うん、大丈夫…」
立ち上がろうとした時に気づいた。
「あれ?あたしのカバン…?」
「あっ!」
颯一の目は、ぶつかった人が走っていく姿を捉えていた。
「あいつかっ!!」
すぐさま立ち上がった颯一は無言でダッシュしていった。
ひったくり犯は追ってくる人の声が聞こえないと油断したのか、一息ついて振り向いたその瞬間…すぐ後ろに追いかけてくる男の姿を捉えた。
走り出そうとした時には、颯一の手がひったくり犯の襟を掴む。
ダシンッ!!
声を上げる暇すらなく、地にひれ伏す犯人。
「わっ!悪かった!!許してくれっ!!」
「謝罪で済むなら司法はいらないんだよっ!!」
腕を後ろに回して捻り上げる颯一。
前のおばあちゃん事件も、こうして捕らえてたのかな?
「それでは失礼します」
あれから警察を呼んで、現行犯ということで身柄を引き渡した。
状況の聴取に立ち会わされて、開放されたのが夜7時。
なんか疲れてしまって、ふたりとも黙ったまま帰りの道を辿った。
あのホテルへ入る写真、本当だったんだ…それも先月…。
ということは、あたしは本命じゃないのかな…お試しだし…。
そんなことを考えながら、家に帰り着いた。
あれ…?
本当に女の子と二人きりでホテルに入ったとして、それをお試しとはいえ付き合ってるあたしへあっさり言うなんて変じゃない…?
明日、もう一度確認してみよう。
またすれ違っても嫌だし。
茉奈には何か勘づかれたみたいだけど、真相が分かる前だからあくまでも黙っておいた。
放課後になり、部室へ足を運ぶ。
「えっと…」
賀さんの姿を探す。
まだかしら…?
別にメインの目的じゃないから、あたしは衣装の制作にとりかかる。
針を使うから意識を集中しているうちに、気づいたら賀さんの姿があることに気づいた。
手を止めて、賀さんの近くへ足を運ぶ。
「ねぇ、ちょっといい?」
昨日は誘われたけど、今日はあたしが誘うことになった。
「もちろんよ」
「賀さん、昨日見せてくれた画像、送ってくれないかな?」
「いいわよ。メールするわね」
タシタシと画面を操作して動きが止まる。
「もうすぐ届くと思うわよ」
「ありがとう」
ピロン
メールの到着を知らせる音が鳴って、画像を確認できた。
これで颯一に確認できる。
あたしが担当する分の衣装製作は順調そのもの。
サイズ以外は全部同じだから、同じサイズのものを作っては吹奏楽部へ持っていって試着してもらっている。
これで早く終われば、他の衣装製作にも入っていける。
相変わらず輝は終わってから残って、
あたしも残って作りたいところだけど、輝は他の部員がいたら帰すように言われてるから、あたしがいても邪魔なだけ。
毎日、颯一と一緒に帰るこの時間が楽しみになっている。
けど今日は確認しておかなきゃ。
聞くのが怖い…けど、逃げたらすれ違うのは前に経験済み。
「颯一…昨日のことなんだけど…」
あたしは賀さんから送ってもらった画像を表示して、颯一に見せた。
「ああ、その女の子って親戚だよ」
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