第17話:まねしないように

「悪ふざけも大概にしろ」

 ひかるは鋭い目つきで紘武ひろむを睨みつける。

「ふざけてンのはどっちだよ。てめー自身に嘘つきやがって」

「…あれを見たんだろ…ならわかるよな。俺は誰とも付き合わない」

「ハッ、あれを見て、今のてめぇを見てるからこそわかってンだよ。やせ我慢はそろそろやめとけや」

 不敵な笑みを浮かべる紘武は輝の隣を通り過ぎざまに

「なら条件緩めてやンよ。てめーが自分の気持ちを吐き出したらやめてやる」

 と付け加えた。


「もう今さらだ…」

 ずっと後ろへ通り過ぎた紘武には聞こえるはずのないと分かっていながら、思わず口から一言がこぼれ落ちた。


「彩音、今日一緒に帰らないか?」

 部活の最中に颯一そういちが話かけてきた。

「いいわよ。終わったら昇降口で待ってて」

「ああ、待ってるよ」


 部活の終了時間が迫っていた。

 あたしは部室の鍵を在庫点検担当に渡して、部室を後にする。

「よ」

「紘武………何の用?」

「顧問のセンセーが呼ンでたぜ」

「そうなの?なんで紘武に伝言なんて…」

 顧問の先生は輝が入部して以来、ほとんど顔を出さなくなっている。

 文化祭の準備について何か確認でもあるのかな?

「さーな。今は手が離せねーらしくて、慌てた感じだったよーな」

「そう、わかったわ。行ってみる」

 あたしはかばんを持って、職員室に向かった。


 紘武は昇降口へ行き、颯一の姿をその目に捉える。

「よっ、吉間きちま

「お前は…」

「直接話すのはずいぶン久しーな」

 輝といつも一緒にいるところを見ていて、セットにさえ思えている。

都志見つしみだったか…」

「紘武でかまわねーよ」

 荷物持ちとして彩音を引っ張り回したやつか。

 固い表情で警戒の意思を見せる。

「彼女待つならずいぶンかかりそーだぜ。顧問に呼び出されてたからな。さっさと帰ったらどーだ?」

「そうなのか…?顧問に…」

 颯一は校舎に戻ろうとするが…

「気になンだろ?前に彼女あやねを連れ出したこと」

 その一言に足を止める。

「文句ぐれー聞いてやってもいーぜ。駅へ着くぐらいまでならな」

 表情を変えずにかったるそうな態度を見せる紘武に、少し言ってやりたいことが湧いてきた。

「おい、待てよ」

 呼び止めるが、紘武は構わず自分の下駄箱から靴を出した音を聞いて、颯一は置いていかれないように急いで靴に履き替える。


「え?帰った?」

「ああ、三十分くらい前のはずだ」

 あたしは職員室に着いて、顧問の先生を探したけど姿が見えなくて、部室と職員室を往復した。

 顧問がどこにいるのか他の先生に確認した答えがこれだった。

「わかりました。ありがとうございます」

 何よ…紘武のやつ…顧問がいつあたしを呼び出したというのよ…。


 そういえば颯一を待たせたままだったことを思い出す。

「まだいるかな…?」

 足早に昇降口へ向かうけど、颯一の姿はそこになかった。

「あぁ…帰っちゃったか。仕方ないわね」

 LINEで颯一に待たせたことを謝るメッセージを送っておくことにした。

 けど、間違えて一段下の欄を送信相手に選んでいた。


 ピンポーン

 彩音が送り間違えた相手は、画面を見て怪訝な顔をする。

「まさか…」

 ギッと歯噛みして、冷たささえ感じる目の細め方をした。


 翌日

「おはよ、彩音ちゃん」

「おはよう、颯一」

 颯一は朝イチであたしのところにやってきた。

 まだ登校前してない人たちがいるから、教室の中はガランとしてる。

「昨日は顧問に呼び出されてたんだってね。遅くなるって聞いたから帰っちゃったけど」

 ん?

 違和感を覚えたあたしは、その違和感を疑問に落とし込んでみる。

「あたしが送ったメッセージは見なかったの?」

「メッセージ?」

 颯一はスマホを取り出して確認している。

「メール?それともLINE?」

 ………ま・さ・か…?

「ちょっと待ってっ!」

 あたしは嫌な予感がして、慌てて自分のスマホを確認する。


 …やっちゃった…。

 LINEを間違えて輝に送ってた。

 輝が副部長に就任してから少し経った頃にID交換はしていたけど、まさか颯一と間違えて送っちゃうなんて…。

 おまけに既読マークが付いてるから、今更送信取り消ししても遅い。

 けどその返信が来てないのはどういうことだろう…?

「どうしたの?」

 はっ!

 我に返ったけど、こんなのとても言えないっ!

「ごめん、あたし送ったつもりで送ってなかったみたいっ!」

「そう?ならいいけど」

 とはいえ、輝はもうこれ見てるはず…けど二人の邪魔はしないって言って冷たくされている今、聞くのも気まずい…。

 前の失敗を反省して、茉奈を通して聞くにしても…いや、ないわね。

「おはよー」

 茉奈トラブルメーカーが来た…。

「颯一、話はまた今度ね」

 あたしは話を切り上げることにした。

「そうだな」

 あっさりと立ち去ってくれる颯一。

 どうやら何か察したみたい。

 ピンポーン

 LINEの通知がきた。

 颯一…?

 ………いや、そうじゃない。

 書いてあったのは「茉奈ちゃんが苦手なのか?」だったけど、茉奈が苦手なんじゃなくて、暴走スイッチオンした茉奈を止めるのがとっても面倒だから、暴走のきっかけになりそうな颯一に帰ってもらっただけ。

 あたしは「違うけど詳しくは今度話すね」と返しておいた。

 あまり長文を打ってると茉奈が覗き込んでくるかもしれない。

 見られたところで茉奈がブーブー言ってくるだけなのは分かってるけど、面倒は増やしたくない。


 それよりも気がかりなのは部活の方だ。

「進みはどう?」

「あたしは順調よ」

 吹奏楽部女子の衣装は統一されているから、サイズの違いだけに注意すればいい。

 一番厄介なのは部長が担当する演劇部。同じ衣装は基本的に無い。

 型紙からやることになる。

 あたしと部長は男子の衣装を担当できるけど、輝は女子の衣装を担当させてあげられない。

 理由は単純。

 女子が体のサイズを男に…たとえ輝であっても知られるのを嫌がるから。

 同じ理由で颯一にも女子の衣装を担当させてあげられない。

 だから輝と颯一は必然的に男子衣装のみ集中してもらうことになる。

「部長、ちょっと来てくれ」

 輝が声を上げた。

 何かあったのかしら?

「どうしたの?」

「1-Aが当初予定してた出し物を変更して、衣装も変更になるそうだ」

 部長の顔が少し曇る。

「そう、それで既に作っている分はどれくらい?」

「三人分…」

 制作担当の部員が申し訳無さそうに言う。

「で、さらに悪い知らせだ」

 輝も顔を曇らせる。

「出し物が重複するということで、1-Cが当初やろうとしてた出し物が変更になるらしい…」

「それ、1-Cが納得してるのっ!?」

「それが…クラス内でも多数決の僅差だったから、1-Aの話が出たところで1-Cが出し物の内容を変更しようという空気になったらしい」

 はぁ…

 部長がため息をつく。

「聞くけど、1-Cの衣装はどれくらい仕上がってるの?」

「ほぼ半分だそうだ」

 やれやれといった顔で輝は答える。

「まいったわね…依頼した段階で費用請求はすると伝えてあるから、費用は二重にかかるわけだけど、それは納得してもらうとして…」

「その費用についても、途中まで用意してる出し物の材料まで新たに必要分を調達することになるから、何とかならないかと相談がきてる」

「それは聞けない相談よ。約束は約束。これが業者へ依頼だったらしっかり請求されるじゃない。そうなれば企画を元に戻す判断をするはずよ。あるいは企画を変えたクラス同士でお互いに入れ替えることも…」


 なんか話がこじれ始めてきた様子だから、居ても立っても居られなくなったあたしは話に加わることにした。

「まず、1-Cと1-Aの依頼は一旦取り下げということにしましょう。依頼があっても順番どおり後ろに並んでもらうしかないわね」

 かなり早い段階で依頼のあった両クラスといえど、後から話が変わるなら約束が違うことになる。

「もう生地は買っちゃってるから、それぞれのクラス用で分けて保管しておこう。作った分も同じだ」

 こうしている分には、輝の様子は普通に見える。

「というわけで、次のこれを担当してくれるか?」

 テキパキと輝は次の指示を部員に出している。


 早速予定が狂ってしまった。

 輝が立てた計画は完璧でも、こうして予定外の状態になると立て直しが必要。

「部長…」

 部員の一人が話しかけてくる。

 嫌な予感がする。

「買う生地を間違えてしまいました」

 聞くと、依頼された指定の生地で聞き間違いがあって、違う生地を買ってしまったということだった。

 前に買った生地では足りなくて、勝手に買いに行っていた。

 すでに仕立てが終わっていて、衣装合わせの時に発覚した。

 コスプレ喫茶らしいが、原作と違う色になってしまうため、趣旨がずれてしまう。

「間違えた分は部で負担する。今から買いに行くと時間ロスが増えるから、それは今週いっぱい寝かせておいてくれ。来週には生地を用意する。修正箇所の確認も忘れずにやっておいてくれ」

 おそらく土日に輝が繊維街へ買いに行くのだろう。


 他にも細々した手違いが起きていて、一つ一つ輝が指示を出していた。


 部活の時間が終了して、部役員三人が少し残ることになった。

「せっかくうまく回ってると思ったのに予定外ばかりよ…」

「時間も費用もかなりのロスが出る」

 そう。今日だけで数日分のロスが出てしまっていた。

 当初の予定では一週間以上の余裕をもって全部を終える見込みだったけど、これで時間の余裕は半分を切った。おまけに出し物変更の衣装再制作もある。

「出し物の変更は仕方ないとしても、ケアレスミスが目立つわね」

「この調子で行くと絶対間に合わないわ」

 あたしの意見に部長が続ける。

「そこで提案なんだけど…」

 二人があたしを見る。

「副部長は衣装制作から外しましょう」

「ちょっと、そんなことしたら…」

「いえ、あくまでもをやめてもらうだけ」

「どういうこと?」

「副部長には、部全体の衣装制作管理をやってもらいたいの」

 このケアレスミスはチェック漏れによるものがほとんどだった。

 最初は追っかけだった部員の本気度が高まったとはいえ、輝が部員一人一人へ巡回して点検するなら、輝との会話も増えてやる気も出てくるはず。

「もちろん、男子分の衣装制作が止まるわけだけど、そこはあたしが何とかするわ」

 あたしが話終わると、二人が黙り込む。

「………副部長の手が完全に止まるのは痛いけど、今はロスを出さないことに集中するしかなさそうね…というわけで、頼めるかしら?」

「わかった。やろう」

 これで輝が制作から抜けることになり、数日分あった時間の余裕はほぼ消えた。

 現実って思い描いてたとおりにはいかないものね。


 打ち合わせが終わって帰るため、部室の鍵をかける。

「それじゃ鍵は返しておくから、二人は先にどうぞ」

「よろしくね」

 部長と二人で昇降口へ向かう。

 けどあたしは気がかりなことがあった。

「あたし、お手洗いに行ってから帰るから、それじゃお疲れ様」

「え?うん。お疲れ様」


 静けさの戻った手芸部室に、一人の影が迷い込んだ。

 カチャン

 鍵を解除して、ドアを開ける。

「で、夜まで自主練するわけ?」

 いつぞやは朝早くに部室の在庫チェックをしてたあたしに対して、朝練と言ってきたのが輝だった。

 その仕返しというつもりも無いけど、思いついたのがその一言だった。

「ざっと計算してみたが、今のままでは間違いなく間に合わない。こうでもしない限りはな」

 部室に足を踏み入れる輝。


 はぁ…


 おもむろにため息をついて、部室のドアまで足を運ぶ。

「輝ってもっと賢い人だと思ってたわ。なんで一人で抱え込むのよ。あたしには抱え込まないよう言ってた張本人が」

「あの時とは状況が違うだろう」

「衣装制作を外されたのがそんなに嫌だったの?」

 男子吹奏楽部用の生地を出して準備している。

「僕はただ、君が望む手芸部の姿を取り戻すために、できることをやってるだけだ」

「輝って、何でも完璧にやり遂げてるよね。

 遠回しに、思わずしてしまった告白の返事が聞けてないことを話題に出した。

「何のことだろうな。それより吉間あいつとうまくやっていけよ」

 やっぱり、あたしの告白は無かったことにされてる。

「前から気になってたんだけど、颯一と何かあったの?」

「さあな。知らない」

「あたしが気づいてないとでも思ったの?颯一が来てから、輝は颯一のことを明らかに避けてることを」

「関係ないって言ってるだろっ!!」

 本当に関係ないなら、ここまで声を荒げることはないはず。

 ミシンの針をセットする輝。

 あたしはおもむろに、ミシンに手を伸ばす。

 針と抑えの間にあたしの指を滑り込ませた。


「あくまでも続けるなら、ペダルを踏んでみなさいよ」

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