第16話:ならこらしめてやる
「へっ、
達観したような目で輝を見る目線に輝は少したじろいだ。
「その減らない
「もう分かってンだろ?自分の気持ちがよ。いつまでそーして立ち止まってるつもりだ?あ?」
幼い頃からずっと一緒にいた紘武の言葉はかなりの重たさで輝にのしかかる。
「やめろと言ってる…あの人はあいつを選んだんだ。これで…」
「諦めるなンて甘ぇこた言わさせねーぜ」
「お前に…何がわかる…」
「グーゼンとはいえあの場面を目撃した立場で言わせてもらってンだ」
胸ぐらを掴む輝の手を荒々しく振りほどく紘武。
「おめーは気づいてっかしらねーが言っとくぜ。あいつン時の件は何か裏がありそーだぜ。おめーはその表面だけで全てを決めつけてねーか?ショックだったンはわかっけどよ」
「どういうことだ?」
紘武は軽く目を閉じて肩をすくめる。
「さーな。あン時のやりとりがどーも今ンなってもしっくりこなくてな。いつまでも現実から逃げてねーでてめーもとっとと自分としっかり向き合えや」
背を向けて、紘武が立ち去ろうとした瞬間
「もう一度だけ言う。あの二人の邪魔だけはするな。邪魔するなら紘武でもタダじゃおかない」
「そいつぁ聞けねー相談だな。おめーが素直にならねーならとことン邪魔すっぜ。でも安心しろ。ケガするよーな荒っぽいこたしねーよ」
背を向けたまま顔だけ振り向いてニヤリと嫌味な笑いを浮かべて吐き捨てる紘武。
何かを企む悪者のそれに近い目をしている。
「紘武っ!まだ話は終わってないっ!」
呼び止めるが、紘武は足を止める気配すらない。その後ろ姿は闇に消えかかっている。
追いかけようと思ったけど、両手にあった大荷物を放っておくわけにもいかない。
持ったまま追いかけるとしてもかなりの重さがある。
仕方ない、と輝は諦めて家路を急ぐ。
ボフッ
家に帰り着き、繊維街で買ってきた買い物袋を床に置いてベッドへ飛び込む。
輝は紘武の言ってたことを思い出していた。
あの件、何か裏がある…だと…?
仮にそうだとしても、もう終わったことだ。
未だ脳裏に焼き付いて離れないワンシーンを思い浮かべて、静かに目を閉じる。
翌朝、輝は少し早く家を出て学校へ向かった。両手には持ち手が食い込む買い物袋を提げて。
ピッ
交通ICカードをかざして改札を過ぎる。
「おはよう、輝」
そこには彩音がいた。
「重たい荷物なのに早いのね。片方持つよ。もともとあたしが持つ分だしね」
「これは僕のやるべきことだ。マネージャーには関係ない」
彩音はムッとなった顔をして噛み付いてくる。
「今は部活の時間じゃないでしょ?だからマネージャーじゃないわよ。名前で呼んだらどうなの?」
「そうだな、
彩音はますますムッとして
「片方持つっ!!貸してっ!!」
輝から大きな買い物袋を奪い取ったが、それを取り返そうとはせずに輝は足を進める。
駅から学校まで、二人は一言も喋らずに部室へ入った。
黙々と買ってきた生地類を専用の箱へ詰めていく。
彩音は喋りたいことが山程ある。
けど何を喋っていいいのか掴めないままで時間が過ぎていた。
「助かったよ。それじゃまた」
大量の手荷物をしまい終わって、部室に鍵をかけてからやっと輝が口を開いた。
「ちょっと待って!」
背を向けて歩きだした輝は、足を止めて顔だけ振り向く。
いつも見るあたしの好きな輝とは全然違う印象なのは驚きを隠せない。
「最近、なんでそんなに冷たい態度なのっ!?」
「…もし、
輝はそう言うと、再び背を向けて歩きだした。
「だから二人の邪魔はしない。そう決めたから…」
思わず、胸がギュッと締め付けられるような感覚に陥る。
それと同時にわずかだけど、目に涙が浮かんできた。
あたし…まだ輝のことが…颯一と付き合うって決めたのに…
気持ちが輝には届かないと分かったから、諦めた…はず…それでもあたしはまだ輝の存在が大きいんだ…。
ううん、まだ付き合い始めたばかり。まだこれからよっ!
胸元のバーベルを持ち上げようとする姿勢のまま、ふんっと胸の前で握り拳を作って自分に
昼休み。
「颯一と一緒に食べよっと」
あたしは2-Eの教室に向かった。
あれ?
颯一の姿が見当たらない。
もう学食に行ったのかな?
前にLINEのIDを交換しておいた颯一へメッセージを送ってみた。
…………
少し待ってみたけど、全然既読にならない。
仕方ない。茉奈を誘ってお昼にするか。
あたしは茉奈の姿を探しているうちに、目に入ったのは廊下で紘武が壁に背を預けてぐったりしているところだった。
俯いていて顔が見えない。
なんか具合が悪そうに見える。
周りは気にせず通り過ぎている中で、あたしはどうしても放っておけなくて、駆け寄った。
「紘武っ!大丈夫っ!?」
「…あ…おめー、彩音か?」
なんとか絞り出すような声で、いつもの威圧感はほとんど感じられない。
「どうしたのっ!?具合でも悪いのっ!?」
「…なンでも…ねーよ、ほっとけ」
「なんでもなく無いわよっ!ほら、体重預けてっ!!」
紘武の腕をあたしの肩に回し、なんとか起こそうとする。
ぐらりと不安定な足取りであるものの、立ち上がるとあたしの肩にずっしりと重さがのしかかる。
なんとか踏ん張りながら保健室へ向かった。
周りは心配そうな視線を向けるものの、すぐに前を向いて通り過ぎている。
「ほら、着いたわ。寝てて」
ぐらりと体が傾きながらも、保健室に着いてベッドに紘武を寝かせる。
お昼に出たのだろうか。保険医の先生は留守にしていた。
ズリズリと掛け布団を足の方へ滑らせて、紘武の上履きを脱がせ忘れてたことに気づく。
上履きを脱がせた後で掛け布団を紘武にかぶせた。
床に膝をついて、紘武の様子を確認する。
「ほんと、どうしたのっ!?先生呼んでくるねっ!」
ガシッ
立ち上がろうとした瞬間、不意に腕を掴まれた。
「放って行かねーでくれよ…」
「放るんじゃない。また戻ってくるからっ!」
「大したことじゃねーから、センセー呼んで
ピンポーン
あたしのLINEがメッセージの受信を知らせる。
スマートフォンを取り出して内容を確認した。
『今学食にいるけどどうしたの?』
颯一からのメッセージだった。
『わかった、今そっちに行くから』
と返信してからしまう。
「ごめん、紘武。あたし行かなきゃ」
再び腕を掴まれた。
「わりーけどもう少しいてくれよ。誰もいねーだろここ。万一のためにいてくれよ」
颯一には今行くって言ったけど…放っておくこともできないし、先生を呼ぶのも嫌がってる…どうしよう…。
「…わかった、じゃあ少しだけね」
「助かる」
腕を掴む手を離してくれたけど、約束したからソワソワしながらも静かな空間に飛び込んでくる外の喧騒を聞きながら、コチコチと音を立てる秒針の音にあたしの気持ちは焦れ続けた。
ピンポーン
再びLINEのメッセージ受信を知らせる音が鳴った。
『何かあったの?もう食べ終わったから学食を出たけど』
お昼の時間はもう半分を過ぎている。
どうせなら、颯一と一緒に食べたかったな…。
「紘武、ごめん。もう行かなきゃ…」
「おい彩音っ!」
紘武の手は空を切り、あたしは保健室の出口へ小走りで向かった。
「ほんとごめんね。まだ具合が悪いなら先生に見てもらったほうがいいわよ」
スラッ…トン
吊り下げ式のドアは静かにスライドして閉まった。
「チッ!こンなンじゃ甘かったか」
紘武は具合の悪そうな様子を欠片も残さず飛び起きて、ベッドから降りる。
「とはいえこのまま学食でも行きゃー彩音とかち合うだろーから面倒だな。昼は買い置きのあれ食って済ませっか」
一人になった保健室を出る紘武。
「…てゆうことがあったのよ」
あたしは紘武を置いてきたことが気がかりだったけど、学食でお昼を済ませて颯一と少しだけ会う時間が作れたから、昼休みにあった触り程度のことを説明した。
「そうだったのか」
「それじゃまた部活でね」
お昼の後は5時限目。その後は放課になる。
あたしが教室に入ってすぐ後、紘武が自分の教室に戻った。
相変わらずというか、隣のクラスは輝目当ての女子たちが自分のクラスへ戻るためバラバラと解散している。
前にあたしが輝との関係を疑われたけど、今はこうして颯一と付き合ってることが少しだけ噂になってるらしく、輝絡みであたしに構おうとする人はいなくなった。
あれから数日経った放課後の廊下
ザワザワと騒がしい中で、知った顔がそこにあった。
「よう彩音」
前は輝を気にかけていたはずだけど、やけにあたしを気にかけている気がする。
「紘武ね。どうしたの?体調は大丈夫だった?」
「あー、軽い貧血だったから問題ねーよ。それよりちょーどよかった。来てくれ」
突然あたしの腕を掴んで引っ張り始める。
「何よ!離してっ!!」
「おめーにしか頼めねーことなンだ。いーから来てくれ」
引っ張り続ける紘武は、校舎を出て校庭へ抜ける。
「あたし部活があるのよっ!」
「俺のせーにしてくれりゃいーから、助けてくれよ」
校庭で腕を引っ張られる姿を、手芸部室に着いた輝が眺めていた。
「紘武め…
いつもの覇気が薄くなってしまった輝は、買い出しの帰りにあったことを思い出していた。
部活の時間が始まり、颯一は彩音の姿を探している様子だった。
「いつも真面目に来てるマネージャーにしちゃ珍しく、サボりなのか?」
部員に聞いても、この答えを知ってる人はいない。
輝は輝で、二人の邪魔はしないと決心していたから、何も言わずにいた。
「なんであたしが荷物持ちなんてしなきゃならないのよ…」
「わりーな、クラスでも仲のいーやつがいなくてな。荷物持ちを頼めそうなのがおめーだけだったンだ」
紘武は文化祭の買い出しを頼まれたけど、一人じゃ持ちきれない荷物になることがわかってたから荷物持ちが一人欲しかったらしい。
校門を過ぎて校庭に入った。
さすがに人影もまばらになっている。
それでも校舎は少しだけ賑わっているのは、文化祭の準備を急ぐクラスがいくつかあるから。
「ん?あれ、彩音か…?」
ふと颯一が窓の外に目を向けると、彩音が男と歩いてる姿が飛び込んできた。
「あいつは…」
昔、輝とよくつるんでいたやつだ。なんで彩音があいつと…。
あたしは紘武のクラス教室前に荷物を置いて
「じゃ、あたし部活行くから」
「待てよ」
「こっちも文化祭の準備で忙しくて、道草してる場合じゃないの」
紘武が掴もうとしてきたけど、ひらりとかわして距離を取る。
「ほんとごめんねっ!」
あたしはまた捕まらないよう足早にその場を後にして、部室に駆け込んだ。
「彩音、何があったんだ?誰かと学校を出ていくのを見たけど」
颯一が心配そうにあたしの前へ現れた。
「知り合いに荷物持ちを頼まれただけよ。何もされてないから気にしないで」
あたしは吹奏楽部(女子)の衣装作成に取り掛かる。
部長は演劇部(女子)を担当している。
輝は吹奏楽部、演劇部の男子部員担当。
演劇部の衣装は基本的にすべて違うデザインで、同じ衣装が無い。
吹奏楽部は女子男子で異なる部分はあるけど、同じデザインで統一している。
それぞれに違う大変さがある。
あたしはひたすら同じものを作る。
部長はそれぞれ異なるものを作る。
もちろんどちらかが先に終われば、終わった方が終わってない方を手伝う。
これまで作った型紙は可能な限り保存してあるから、近いサイズの型紙を当てておよその大きさでチャコペンを走らせる。
輝が手を止めて部室を出ていったけど、お手洗いかな。
部室を出ていった輝はお手洗いに向かわず、一人の姿を探して校内を足早に移動していた。
目当ての顔を探し当てて、足を止める。
「紘武、ちょっとこい」
「あンだよ」
教室で文化祭の準備をしていた紘武を呼び出す。
人の少ない場所を探して足を止める。
「言ったよな?二人の邪魔するな、と」
いつになく厳しい目を向けているが、紘武はその目に怯む様子はない。
前から紘武はそうだ。厳しく迫ってものらりくらりとかわされる。
「へっ、なンのこっちゃ?知らねーなー」
「どうしても邪魔をやめないなら…」
「てめー、素直になれや。なるまでやめねーよ。あの二人を本気で祝福するなら俺を止めてみろや」
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