第15話:でしゃばるんじゃない
宿題は夏休み前半にやっておいたから、後半は余裕の日々を過ごした。
けど他の人と予定が合わず、
そして始業式を終えて、いつもの日常がやってくる。
「
教室で席につくなり、突然のド直球ストレートを決めてくる
この暴走ぶりは相変わらずの平常運転よね。
「どう茉奈を黙らそうかと考えた休みだったわ」
「え~?あたしが何をしたっていうの~?」
「自覚が無い分だけ始末が悪いわ」
「吉間くんとラブラブな日々だったんでしょ?」
期待に胸を踊らす子犬のように、目をキラキラさせて聞いてくる。
「悪いけど茉奈が期待してるような展開は無かったわ」
「そんなこと言って、実はも~済ませちゃったんでしょ?」
あたしは無言で茉奈の背中から顎下に腕を回してヘッドロックする。
「こうすれば喋られないわね」
「んーっ!むーっ!」
じたばたするけど、抵抗は全然本気じゃない。
「よっ、ふたりともやってるな」
颯一が姿を現す。
「ちょっと取り込んでるから出直してくれるかな?颯一」
あたしは自分でもわかるほど引きつった笑顔を向ける。
「ほひふへー!(よびすてー!)」
腕の中で暴れる茉奈を抑えつつ、あたしはニコッと笑顔を返す。
「部活でも会えるんだし、これが騒がしくなるから、行って」
「ほへーっ!?(これーっ!?)」
「そっか、それじゃまたね」
教室を出ていく颯一は、教室の中を眺める輝とすれ違った。
「彩音とは部員として以外、関係ないんだろ?」
すれ違いざまに輝だけ聞こえる声量で言い捨てる颯一。
聞こえたのか聞こえなかったのか、輝は表情を変えずに歩を進めた。
あたしは颯一と輝の間に何かがあったことはわかる。
けどそれが何なのかがわからない。
電車の脱線事故があった後も颯一とデートは何回もしたし、逢うたびに別れ際のキスもした。けどあのことは聞ける雰囲気じゃなかった。
前に
時間は過ぎ、にわかに色めき立つ時期がやってきた。
「それでは、クラスの出し物ですが…」
文化祭。
手芸部にとっては
そろそろクラスの出し物が決まり、主に衣装の制作依頼がまるで津波のごとく押し寄せてくる。
けど今年は輝目当てで入ってきたとはいえ、部員の数はかなり多い。
夏休みの間も手芸部の出し物は課題は出ていて、課題作品を
けどこれからが正念場。
放課後。部活の時間がやってくる。
「みなさん、お知らせがあります」
部長が部員を集めて全体周知のため、みんなの手を止めさせた。
「もうすぐ文化祭です。すでに知ってると思いますが、手芸部では各クラスの出し物で使われる衣装の制作依頼がたくさん入ってきます。特に演劇部と吹奏楽部は去年のうちからすでに予定を抑えてあります。それはわたしと副部長、マネージャーで対応します。みなさんはクラスの出し物、定番のコスプレ喫茶やお化け屋敷、珍しいところでは校内全部を使ったキャラ探索スタンプラリーなどがすでに相談を持ちかけてきていますので、そちらを対応していただきます」
みんなの表情と空気が少し堅くなった。
「担当の割り振りは部長のわたしがやります。何か進みが遅いことがあったら、迷わずわたしか副部長かマネージャーに相談してください。これだけの人数を取りまとめるのは容易なことじゃありません。みなさんの協力が不可欠です」
そう。この割り振りはとても難しい。
あたしは
けど輝はその上を行っていたのが一番びっくりした。
課題の進捗状況を把握するため、部員に日誌をつけさせていたこと。
その資料をまとめて、部員それぞれの得意分野はもちろん、手の進み具合を分析した資料を作成して、部長に渡していた。
さらにびっくりしたのは、クラスの出し物が決まらずにこじらせているクラスの出し物候補リストまで全校の出し物をすべてまとめて、想定される衣装のリストと部員の担当表まで作成していたこと。
これはさすがに予想を遥かに上回っていた。生徒会との折衝もやっていたらしい。
もちろん、衣装の小物やデザイン、依頼がもたつくなどの要因もあるけど、その資料があるとないでは大違い。
依頼があまりに遅くなった場合は、断る必要もある。
実際に去年は部員が少なかったからかなりの数を断った。
今年はクラスの出し物に未確定な状態のものが多いけど、ほぼすべてをカバーできる計画で輝は計算している。
それよりも気になるのは、輝があたしを避けているような気がすること。
颯一と何かあるのだとしたら、付き合ってるあたしたちを避けるのは仕方ないのかもしれない。
「彩音ちゃん、副部長ってすごいよねっ!」
部長が顔を紅潮させて興奮した様子で計画表を広げてきた。
「まだ決まってないクラスの出し物候補までリストにしてるなんて驚いたわ。もちろん大どんでん返しでリストに無い出し物に決まる可能性もあるけど」
「問題はそれよね。もしかすると演劇部を超す衣装点数が依頼される可能性もあるわね」
誰かの一声で、全く別の出し物になることも当然あるはず。
「けど衣装制作依頼の優先順位は基本的に早いもの勝ちだし、遅いクラスは断る必要もあるわよ」
「入部動機がどうあれ、今年はこれだけ人手があるんだから、せっかくなら全部やりたいわよね」
とても嬉しそうにワクワクを隠さない部長を見ていると、あたしまでワクワクしてくる。
そう、今年は輝効果(?)で手芸部がかつてない部員数らしい。
顧問の先生は、部長と輝のコンビがあまりに頼もしすぎて全く出番が無い、とイジケて職員室に
「それで、演劇部と吹奏楽部から衣装の案は来てるの?」
「吹奏楽部からは来てるわ。指揮者以外は全員同じだから、サイズの違いにさえ気をつければ分担できるわね」
「演劇部は演目が決まってるそうだ。しかしまだ衣装が決まらないらしい」
吹奏楽部と演劇部はあたしたち部役員が責任を持って対応することになっている。
けど輝はあまり浮かない顔でそこにいる。
「なら吹奏楽部だけでもさっさと始めたほうが良さそうね。後に引っ張る意味は特にないし」
ピリッと引き締まった顔をして言う部長。
「そうだ、部長は吹奏楽部から女子の服サイズ一覧を受け取ってきてくれないか?男の僕には渡せない情報だそうだ」
結構表情が豊かと思っている輝だけど、やけに無表情な気がする。
「わかったわ。ならあなた達はいつものところで生地を買ってきてくれないかしら?」
いつもの、というのは前に颯一と一緒に行った繊維街のこと。
「いいわよ。人数と衣装のデザインで、だいたいどれくらい必要かは見当がつくわ」
「僕は行かない。これからの進行計画立てなきゃならないから」
この一言で、部長の空気が一気に変わった。
期待と不安。
前だったら輝、迷わず行きそうな気がするのに。
「副部長、部長命令よ。行きなさい」
突き放すように、突き刺すように言葉を吐いた。
「荷物持ちなら適任がいる。吉間…」
「認めない。行きなさい。あなたの代役はどこにもいないわ。あの計画表を作れる管理能力と情報収集能力、機転の利かせ方。どれ取ってもね。一緒にいれば見落としの指摘や提案をその場でやれるでしょ。今はもう時間を無駄にできないのよ。それは分かってるでしょ?」
はぁ
隣で小さくため息をつく輝。
「行くぞ、マネージャー」
あたしは一瞬目を見開き、
避けられてる気がするのは、気のせいなんかじゃなかった。
輝はあたしと距離を取ろうとしている。
前はあれだけあたしにちょっかいを出してきたのに、今はあたしを遠くに置こうとしている。
そっか…好きな人の知人と付き合うって、そういうことなんだ…。
思わずしてしまったあたしの告白は、
あたしは返事を求めることなくそのまま諦めて、今は颯一と付き合っている。
この状況は普通に考えれば、あたしがした告白なんてもう時効。
もちろん颯一のことは好きだけど、輝の存在がそれ以上に大きい。
出て行く輝を追いかけるようにして、あたしは後をついていく。
「ねえ、輝」
「何だ?マネージャー」
この何気ない一言にすらいちいち傷ついてしまう。
「このお買い物、本当にあたしひとりで十分だから…」
「そんなことしたら部長に怒られる。いいからさっさと済ませるぞ」
あたしたち二人は、通ったところの物陰に紘武がいたことに気づかなかった。
繊維街に向かう移動中も、輝は言葉少なめで話しかけてもぼやけた感じの返事をするだけだった。
そういえば颯一との初デートはここだったな。
今は隣に輝がいるけど、明らかに距離を取られてる。
ここは輝と来たかったけど、こんな空気じゃ嫌だな…。
とてもデート気分というわけにはいかない。
とはいえ目的はあくまでも文化祭の買い出しだから、ここは感情抜きで割り切って行こう。
「輝、これも必要よね?」
「それ以外にも裏地や芯材も必要じゃないかな」
「あっ、そうか」
距離を詰めようとしなければ、輝はその距離を保った態度で接してくる。
それにしても輝はよく気がつく。
あたしが見落としている部分をすぐ修正してくる。
あれだけの計画表を作るだけあって、必要なものもかなり正確に把握しているらしい。
「結構な量になったわね」
夏休みが過ぎると日が落ちるのは早い。
すっかり日が傾いて、あたりは薄暗くなっている。
「いっそのこと配送してもらってもよかったんじゃないか?そのまま帰れるはずだったのにさ」
「だめよ。部長には一度戻るって言ってあったんだから」
輝は応えないまま、スマートフォンを取り出して電話を始めた。
「もしもし、部長?買い出しは終わって、今からそっちに戻るけどいいかな?」
わきゃわきゃと部長がしゃべる声を耳が小さく捉える。
「はい、それでは」
会話を終えたのか、電話を切る輝。
「部長、帰るってよ。僕らもそのまま帰れって」
はぁ
「この量を持ち帰って、明日持っていくって言うの?」
「ならよこせ」
ズシッとする袋をあたしから奪うと、そのままスタスタと歩を進める輝。
もう我慢の限界を感じたあたしは、輝の前へ小走りで回り込んだ。
「輝っ!どういうつもりよっ!?」
「何のことだ?」
回り込んで向かい合ったから、さすがに足を止めたけど、その顔にいつもの余裕は見られない。
「輝、最近やけにツンツンしてないっ!?」
「そんなつもりはない」
「何がそんなに気に入らないのよっ!?」
「別に…」
否定はするものの、明らかにモヤモヤして苛ついてるのがわかる。
「見ていてわかるのよっ!それくらいっ!!」
「心配するな。副部長の役目はしっかり果たす。また明日な」
言うと、横を通り過ぎて振り向かずに輝は駅改札の奥へ消えた。
「もーっ!何よ何よっ!わかり易すぎるからなおさら頭くるわっ!」
家に帰ったあたしはボフッとベッドに飛び込んで、心の声をありったけ吐き出している。
やっぱりあたしが颯一と付き合ってるのが気に食わないんだろうな。
けど輝だってあたしを散々悩ませている。
思わずしちゃった告白の返事は未だにしないまま。
颯一と付き合い始めたから、告白なんてもう時効にされていることもわかる。
それにしてもほんと頭にくる。
輝は一人、すっかり暗くなった道を歩いていた。
両手にある大きな袋をしっかり握り、難しい顔をしてスタスタと家路を急ぐ。
「おい輝。ちょいと待てや」
紘武は両手に大荷物を持つ輝を後ろから呼び止めた。
普段は面倒くさそうにしているが、いつになく真剣な顔をしている。
「お前さ、あれでいーンかよ?」
「何のことだかわからないな」
「とぼけンな。てめーの気持ちなどとっくにわかってンだよ。あいつになんで恨まれてっかしらンが」
紘武が珍しく強く詰め寄っていた。
「関係ないって言ってるだろっ!!」
「あーそーかよ、ンなら代わりに気持ち伝えとくぜ!」
話を切り上げて紘武が背を向けようとした瞬間
ガッ
輝が両手の荷物袋を放り出して、険しい顔で紘武の胸ぐらを掴む。
「余計なことはするな。あいつらの邪魔もするな」
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