第14話:きあいいれなきゃ

 ひかる…なんか荒れてる…?

 何かあったのかな…。

「けど…僕は…」

 悔しそうに、何かに耐えるように項垂うなだれている。

 腕に力は入っているのに、頭は力なく垂れている様は、矛盾する気持ちそのものを現しているのかも知れない。

 何があったのか気になるし、鍵が無いと部室を閉められないということもあるけど、あたしはその場を離れて部室に輝が来るのを待つことにした。


「彩音ちゃん、副部長はいた?」

「えっと、探したんだけど見当たらなかったな」

 部長が聞いてきたけど、とっさに嘘をついてしまった。

 颯一そういちが奥で帰り支度をしている。

「ならあたしが行ってくるわ。このままじゃ部室を閉められないから」

 言うなり、部長はすぐに部室を出ていってしまった。

「あっ…」

彩音あやね、任せよう」

 カバンを提げて近くに来た颯一は、あたしの頭を撫で始める。

「颯一…」

 見つめ合う二人の距離は、恋人のそれ。

「もうすぐ夏休みだ。楽しみだね」

「うん。いっぱい思い出作ろうね」

 ニコッと笑顔を返すと、颯一は照れたように口元を抑えて目を逸らす。

 颯一の言う、節度ある交際がどこまでかは確認してないけど、キスまでだったらもう許してる。

 あたし自身がまだこんな気持ちだから、それより先の関係はまだ無理。

「あらっ、いつの間にそんな仲に?」

 声がした方を向くと、いつの間にか戻ってきていた部長と輝の姿がそこにあった。


 カアッ!


 思わず顔が赤くなってしまう。

「もしかして二人って…?」

「うん、颯一と付き合ってるの」

 部長の期待混じりの声に、あたしはハッキリ答えた。

 一瞬、輝の顔が険しくなったけど、すぐいつもの顔に戻っていた。

「おおっ、これは夏休みにいっぱいラブラブするんだねっ!」

「うん、そうなるのかな」

 お試しの交際だから、あたしが許せるのはキスまでだけどね。

「でも部活は出てきてよねっ!」

「それはもちろんよ」

 話をしている二人の間を割って入ってくる輝。

「ほら、部室の鍵だろ?探してたの」

 手から鍵をぶら下げて、誰かに渡そうとする。

「あ、うん」

 あたしは鍵を受け取ると、輝はそのまま部室の中程へ進んでいって、帰り支度を始めた。

 なんだろ…いつもと違う気がする。

「じゃ、お先」

 ササッとまとめて、輝は部室を後にする。

 その後姿を見送る三人は、不思議なものを見るような目で成り行きを見守る。

「どうしたんだろう?」

「さあ…」

 部長が心配しているけど、心当たりのないあたしは返事をにごすほかになかった。

「お腹でも下したんじゃないのか?放っておけばいいよ」

 颯一が口を開くけど、そうじゃない。何か違う気がする。


 部室の戸締まりを済ませて、職員室に鍵を返却する。

「失礼しました」

「それじゃ行こうか。彩音」

「うん。で、なぜ部長までいるの?」

 予想してはいたけど、颯一の隣で目をキラキラさせている部長がそこにいた。

「もちろん二人のことを聞くためにねっ!」

「や」

 たった一文字で話をぶった切ってみた。

「部長命令」

 一歩も退かずに食い下がる部長。

「部活の時間は終わってるし、その命令は部活と関係ないから聞けないわ」

「けちーっ!」

 そんなやり取りの中

「彩音とは去年同じクラスでね、告白したんだけど色々あって振られて、もう一度アタックして付き合うことになったんだ」

「颯一…蹴るわよ」

 ジト目で颯一を睨むあたし。

 なんであたしの周りって「言っちゃダメ」って言ったことをあっさり言っちゃう人ばかりなのかしら…。

「あははっ、仲いいのねあなた達っ!」

 ケラケラと笑う部長をよそに、あたしたちは帰ることにした。


 で、噂はあっという間に広がるもので、翌日にはあたしと颯一が付き合ってるという話で話題持ちきりだった。

 あたしは何でもズバズバとものを言ってきたからか、学校内でもそこそこ名前が知れ渡っている。

「ねぇねぇ聞いたっ!?2-Cのアヤアヤが一般男性と交際ですって!」

「一般男性って何よっ!一般男性ってっ!あたしはマスコミに追いかけられる有名アイドルか大スターかっ!?」

 女子生徒同士で盛り上がっている会話が偶然耳に入って、あたしは思わずツッコミをいれてしまう。

 こんなやり取りがあって、部活でも噂になっていた。

 活動とは全く関係ない話題の対応で、帰りにはぐったり。

 ほんともう勘弁してよ。

 でも様子が気になるのは輝よね。

 あれからあまり喋ってない。


 終業式も終わって、夏休みに突入した。

「やっとガッコ終わったーっ!」

「彩音、あちこちで話題になってたね」

「あたしは色んな人から煙たがられてるのよ。ズケズケと遠慮なく意見や口出しするから」

「彩音は存在感が大きいよね。体は小さいけど…いてっ!」

 額を抑える颯一。

「失礼なこと言ったらデコピンするわよ」

「やってから言うな」

「言い忘れたのよ」

 確かにあたしは体が小さい。身長は146cmとかなり小柄。

 ボディラインのメリハリは乏しいし、童顔って自覚もある。

 高校に通っていても中学生になりたてと思われることも多い。

 ズケズケ言うようになったのは、体が小さいから舐められないようにという理由がある。

 確かに舐められないようにはなったけど、み嫌う人が出てきてしまった。

 本当にサジ加減が難しい。

 でも、颯一はこんなあたしのどこを好きになってくれたんだろう?

 交際発覚で騒いでる周りの人から、少なからずあたしに対する否定的な声は、颯一の耳にも入っているはず。

 前に振っちゃった時の告白ではどこが好きなのか聞いたけど、本当にそうなんだろうか?

 まだ時間はあるし、颯一の本音はおいおい確認すればいいかな。


 颯一とは連絡先の交換もしたし、夏休みはいっぱい遊ぼう。


「行ってきます」

 あたしは颯一の誘いでデートすることになった。

 彼はバイトだけじゃなくて部活もあるから、いつでも都合がつくわけじゃない。

 部活の時はあたしも行くから、あたしが部活じゃない日から、さらにバイトのある日以外から都合のつく日がいつなのかを確認することになる。

 夏休みに入ってから初めてのデート。

 電車は空いていて、座りながらスマートフォンを操作していた。

 座っているところは後ろの車両の一番前。壁に肩をくっつけている座席のところ。

『次の停車駅は…』

 駅到着のアナウンスが流れる。

 列車が減速を始め、進行方向に体が持っていかれる。

 その瞬間…


 ガゴンッ!!!

 ガシャーーー!!!


 突然目の前に落雷があったかのようなけたたましい爆音と共に、あたしは壁に体を押し付けられ、他の乗客が吹き飛ばされるようにしてあたしの目の前に殺到する。

「キャーーーーーー!!!!」

「うわーーーーーっ!!!」

 たくさんの悲鳴と絶叫が車内を支配した。

 何が起きたのか、理解できなかった。

 列車はほどなく完全に停まる。

 車内の蛍光灯が消えて、少し薄暗くなった。


 まさか、列車事故…?


 誰かが非常コックを操作したのか、停止した列車のドアを開けて外に降りる人が出てきた。

 車内は完全にパニックとなっていて、けが人の救護をする人や、ドアから降りる人など、もう収拾がつかない。

「落ち着きなさいっ!!!」

 あたしは思わず立ち上がって叫んでいた。

「動ける程度の怪我なら、動けない人の状態を確認してっ!!けど下手に動かしちゃだめっ!!緊急事態なんだから、助け合いましょうっ!!!」

 言うなり、あたしは目の前に飛ばされてきた人の意識を確認する。

「どこか痛いですか?」

「肩と膝を打った…歩けはするけど…」

 動かす分には問題ないと判断して、その人に肩を貸して座席に寝かせる。

「すぐ助けが来ますから、待っててください」

 突然叫んだあたしをいぶかしがってた人たちも、その様子を見てそれぞれ動き始めた。

 見るからに重症の人もいる。救護が進むほどに重症が増える。

 特に貫通ドアに密着している人は意識不明。

 揺さぶって声をかけるけど、返事をしない。これじゃさすがに動かせないっ!

 幸いというか、乗客数は20名程度と少なかったから、すぐに負傷者の全体が把握できた。

 意識のない人はさすがにあたしの手に余るけど、これで救急隊が来れば、スムーズに救命活動ができるはず。

「そこの人、その人は触っちゃだめっ!意識がないのっ!!骨折してるかも知れないから変に動かすのは危ないわっ!!」

 あたしの呼びかけにビクッとして

「わかった、なら救急隊員が到着次第、最優先で見てもらうことにしよう」

 これでできることはやった。


「あっ…」

 あることに気づいて、思わず今の車両から線路に降りて、隣の車両へ乗り込んだ。


「遅いな…彩音のやつ…」

 待ち合わせ場所に早く着いたから、行き先の下見を軽く済ませた颯一は、待ち合わせ場所でつぶやいた。

 電話をかけているけどつながらない。

 LINEを送っても既読にならない。

「時間にルーズなわけもないしな…」

 そんな時、駅から出てきて過ぎゆく人の会話が耳に飛び込んできた。

「ねぇ、電車停まったってマジ?」

「マジ!そこで脱線したらしいよ!ポイント故障だって!」

 颯一は聞くなり、待ち合わせ場所を離れて駅へ向かった。

 駅につくとすでに騒然としていた。

 高架の線路がある上を見上げると列車が駅の手前で変な止まり方をしている。

「まさか…彩音、あれに巻き込まれたかっ!?」

 駅へ飛び込んで、ホームに上がると列車が明らかに脱線していることを確認した。

 乗客が線路伝づたいに自力でホームに向かってくる流れを逆に向かい…。


「颯一…」

「彩音っ!無事かっ!!?」

 あたしは肩に腕をかけたその人を、必死に線路伝いに運んでいる時に颯一から呼び止められた。

ひかるが…輝が…」

 同じ列車の違う車両に乗っていた輝の姿を確認したあたしは、なんとか輝だけでもと引っ張り出していた。

「…そいつは俺に任せろ」

 ぐったりとしている輝をあたしから奪うと、輝をおんぶして運び始めた。


「ん…?」

 白いベッドで目を覚ます輝。

「あれ…?ここは…?」

「病院よ」

 状況がわかってない輝に、あたしは優しく返事した。

吉間おまえがなんでそこに…?」

「あたしが同じ列車に乗ってたの。幸いあたしは無事だったけど、駅から駆けつけてくれた颯一が輝を担いで助けてくれたのよ」

 輝はあたしと颯一を交互に見る。

「そうだったのか…」

「お医者さんが言うには、軽い打撲と脳震盪のうしんとうらしいわ。検査入院が必要だって言ってた。大丈夫そうだけど、安静にしてて」

 しーんと静まり返る病室。

 輝はベッドに体を預けて仰向けになった。

「ちょっとお手洗い行ってくるわね」

 あたしは立ち上がって病室を後にする。


吉間きちま…」

「なんだ?」

 輝は吉間に目線を送らないまま話しかける。

「お前、なぜ僕を助けたんだ?」

「それとこれとは話が別だろうが。お前のことは憎らしいけど、死んでほしいなんて考えちゃいない。それに…お前が死んだら彩音が悲しむだろうが」

 座ったまま足を組む颯一。

「…本当に彩音と付き合ってるんだな、お前は」

「そうだよ。けど脱線事故のせいで予定が全部ふっとんだ。おまえがいようといまいと関係なくな」


 お手洗いから戻ってきたあたしは、病室の手前で二人の会話が聞こえて、つい足を止めてしまう。

おまえ…彩音のことをどう思ってるんだ?」

「…吉間おまえには関係ない」

「そうやって誰も彼も本音で、本気でぶつかることを避け続けるつもりか?」

「…僕はもう、本気にならない」

 力なく返事をする輝の声には、迷いを感じた。

「…ああわかったよ。なら俺は本気でもらう。文句ないよな?」

 何か届きそうで届かないもどかしさを含んだ声色で、颯一は輝に言葉を浴びせかける。

「なぜ、僕にそんな突っかかるんだ?」

「さあな」

 輝の問いかけをぼかす颯一。

「だが少なくとも、お前が彩音と知り合う前から好きだ。それだけは確かだ」


 何…?この険悪な空気は…。

 輝と颯一はどういう関係なの? 


 頃合いを見計らって、あたしは病室に入っていったけど、二人は特に変わった様子もなく接していた。


 颯一とは週に二度くらいの間隔でデートして、夏休みは瞬く間に過ぎ去っていく。

 気にかかっている輝との関係は聞けないまま。

 盗み聞きしてたことなんて、知られたくない。

 颯一はいつもの調子であたしと接してくれていた。

 輝との関係は気になるけど、もう輝を追いかけるのは疲れちゃった。

 本気にならないって、どういうことだろう?何があったんだろう?


 夏休みが終わると、次は10月に待つ文化祭の時期がやってくる。

 あたしたち手芸部はこれからが忙しくなる。

 輝が部の活性化に手を入れてくれているからか、部員たちの目つきも真剣さが宿り始めていて、だいぶ見られるようになっていた。

 これなら多くの制作依頼をこなせそうね。

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