第11話:なんかめまいが
「
「…なんで…ここに…」
「そうか…彩音は今…」
「ごめん、あたし急ぐから…」
ここにいてはいけない。
そう思ったあたしは言葉少なめに残して駆け出す。
その場に残された輝と吉間。
彩音の走り去る姿を見送って、吉間が口を開く。
「今の彩音の心を掴んでいるのは、お前だったのか」
「久しいな。
いつになく感情の読み取りが難しい顔をする輝。
敵意とも取れる鋭い目線を輝へ向ける颯一。
「お前が同じ
「一年の時、俺は彩音と同じ1-Aと、
ここは校舎の構造上、音楽室などの特別教室とFクラスは渡り廊下を挟んで別の棟になっている。
お互いに厳しい目線をぶつけ合う。
その目線は今にも火花を散らしそうな勢いで絡み合う。
フッと口元を緩める颯一。
「決めた。お前じゃなければ諦めるつもりだったけど、お前だったら話は別だ。彩音は俺がもらう」
「それは何のことだ?僕と何の関係がある」
「さぁてな。でも決めた」
皮肉めいた笑みを浮かべた表情で答える颯一。
「お前の悔しがる顔を見たくて、仕方ないんだ」
静かな口調ながらも、強い決意を秘めた颯一の言葉を浴びた輝の顔は、状況が理解できずに困惑しているようだった。
「僕はもう、誰とも付き合うつもりはない」
吉間くんは輝に背を向け、その場を後にする。
「で、お前はいつまでそこに隠れているつもりだ?」
輝が振り向いた先にある曲がり角へ向かって呼びかけた。
「タイミングが
角から姿を現したのは
「で、どーすんだ?もーわかってンだろ?あいつの気持ちは」
「どうもしないさ。颯一が引き取ってくれるなら、それで構わない」
輝はそう言うと、背を向けて歩き出す。
「ケッ、やせ我慢しゃーがって…」
輝には聞こえない程度の声量でつぶやいた。
「…ってことがあったのよ…」
家に帰って、今日あったことを
話さないと、茉奈が輝に直接聞いちゃうってことになってたから、仕方なく…。
「へー、なかなかおもし…ううん、大変なことになっちゃったんだ?」
「今、面白いって言おうとしたでしょ?」
すかさずつっこんだ。
なんかまた変なスイッチが入っちゃったようで、いつもの茉奈とは違う感じがする。
「吉間くんに偶然聞かれて、輝ともども置き去りにしてきて…その後、二人でどんな話をしたのか気になるわね。もしかしたら火花バッチバチな修羅場になってたりして…楽しみが増えちゃった」
「えっと、楽しみって聞こえたけど?」
一度入ったスイッチはなかなか切れないみたいで、暴走茉奈は続いている。
「聞いた瞬間に表情が固まったってのがまた興味ぶか…じゃなくて難しい過去があったようね」
「興味深いって何よ。人の心の傷を
「明日、輝に聞いてみよっと」
「やめなさいよ」
結局、茉奈の暴走は止まらず小一時間ほどボケ(?)とツッコミの応酬は続いた。
翌日。
嵐の予感がする朝を迎えた。
「おはよう、茉奈」
「彩音、おはよ~」
よかった。普通モードの茉奈だ。
スイッチが入った茉奈はあたしでも持て余す。
いつもと変わらない日常の輝追っかけが、隣のクラスに集まっている。
それはいいんだけど…。
「おはよう、彩音ちゃん」
「なんで2-Eの吉間くんが2-Cに来てるわけ?」
なぜか吉間くんがそこにいた。
「彩音ちゃん、ご挨拶だね」
「キッチーもおはよ~」
キッチー。
もはや懐かしくすらある呼び名だった。
まずい…。
嫌な予感しかしない。
茉奈がこの呼び方をする時は、スイッチが入った時。
「キッチーは昨日、輝と何か話したの?」
うっわー…豪直球ストレートで聞いちゃったよこの子。
「大した話はしてないよ」
そう答えた吉間くんの表情がわずかに動いたのを、あたしは見逃さなかった。
何かある…。
「でさ、まだ彩音を
「そうそうあたしね、実は狙ってる賞があるのっ!」
スイッチの入った茉奈の口を塞いで、話を逸らすためあたしが続ける。
茉奈は喋ろうとしてほがほが音を立てつつジタバタとしていた。
あたしの頬に一筋の冷や汗が浮かんでいる。
「そうなんだ?なんて賞?」
「アートクラフトコンテストの賞よ」
アートクラフトコンテストとは、とある手芸協会が主催する、手芸作品を品評して優秀作品を表彰する会。
毎年開かれるこの会で出品される作品の数々は同協会の展示室に飾られる。
表彰された作品は協会の管理として展示され、表彰から漏れてしまった場合でも希望者の中から抽選で展示室に置いてもらえる。
さすがに全部を展示するスペースはないから、抽選にしているらしい。
「そういえば彩音ちゃんは手芸部だったっけ?あと茉奈ちゃんが苦しそうだから離してあげたら?」
バタバタ暴れる茉奈の口を塞いだまま、あたしは苦笑いを返す。
「いいのいいの、茉奈は時々だけど
「ふむーっ!ふむーっ!」
茉奈が何やら抗議しているようだけど、無視する。
「それよりもうすぐチャイム鳴るんじゃない?教室に戻らないの?」
「そうだね、そろそろ行くね」
ガタッと借りてた椅子を戻して、吉間くんは背を向ける。
「彩音ーっ!何するのよっ!」
口から手を離したとたんに抗議してくる茉奈。予想どおり。
「あんたこそ何を言い出すのよ」
「こんな面白…大事な話であたしを除け者にするつもりっ!?」
「今、面白いって言おうとしたでしょ?だから怖くてとても話に加えられなかったのよ」
スイッチの入った茉奈は本当に
けど気づいたこともある。
スイッチが入っていても、塞いだ口の手を本気で振りほどかないこと。
さすがに本気で来られたら抑え込むなんて無理。
「あたしが過呼吸症候群って何よ!勝手に病気を増やすなんて失礼でしょ」
「ごめんごめん、ああでも言わないと収まりがつかなかったからね」
「も~…」
若干ふくれっ面をしながら茉奈のスイッチが切れたのを感じた。
なんでだろう。輝と出会ってから、ものすごく心がかき乱されてる気がする。
もし、あの時に吉間くんと付き合ってたとしたら、ここまで心が乱れることも無かったのかな…?
あたしは吉間くんのことを勘違いしてた。ずっと抱えていた違和感は、単なる早とちりに過ぎない。
やっぱり吉間くんはあたしの最初に抱いた柔らかな印象の吉間くんのままだった。
頭を撫でられて、全然嫌じゃなかった。
輝の隣はあまりにも遠い。
けど、吉間くんの隣なら、多分あたしの気持ち一つ…。
でも今のあたしには、輝という存在が大きくなりすぎてる。
こんな気持ちじゃ…絶対ダメ。
「やあ、彩音ちゃん」
「吉間…くん?」
休み時間にふと声をかけられて振り向くと、そこには優しい笑顔があった。
「少しお話したいな」
彼は昨日のことがあるし、あまり深堀りしてほしくない…。
「ごめん、ちょっと急ぐから」
小走りであたしはその場から離れる。
「あっ、彩音っ…!」
追いかけてくることを心配したけど、その場で立ち尽くしていた。
あたしは避けたくて避けてるわけじゃない。
本当はお話したい。
けどあの話、たぶん聞かれた。
茉奈がド直球ストレートで聞いたときの反応でなんとなくわかる。
追求されるのは困る。
それから、吉間くんを見るたびにあたしは言葉少なめ、足早にその場を後にし続けた。
そんなある日
昼休みでお昼を済ませた後、吉間くんと曲がり角でばったり鉢合わせた。
「そうだ、茉奈のところに行かなきゃ…」
吉間くんに背を向けたその瞬間…
「待ってくれっ!」
ガシッ
腕を掴まれた。
「その手、離して…」
「離さない」
ぐいっと腕を引いてみるけど、吉間くんはガッシリと掴んで離してくれない。
「俺、彩音に何かしたか?教えてくれっ!」
「そうじゃない…そうじゃないの…これはあたしの問題で、吉間くんは関係ないの」
あたし自身、これで吉間くんが納得してくれるとは思っていない。
「関係あるっ!ここ最近、彩音と話ができていないっ!待てば話ができるようになるというのか?」
「っ…!」
この問いに、あたしは答える術を持っていなかった。
「どうして避けるんだ?なんでもズバズバ言う、いつもの彩音らしさがない」
ズキン…
そう、輝と出会ってから、あたしはあたしらしさが失われつつあることを自覚している。
分かっていてもどうにかできるものではない。
「吉間くんが悪いとか、嫌いだからなんてことじゃないの…」
「それなら、何だい?」
言えない…あたしが輝に聞いてたことを、吉間くんが聞いてしまったかなんて…。
「ごめん、今は放っておいてほしい…」
「………わかった。引き止めて悪かった」
掴む腕の力がフッと抜ける。
「けどこれだけは覚えておいてほしい。俺は彩音と話をしたい。嫌われたわけではない、というのは信じることにするよ」
フワッと笑顔を浮かべ
「待ってる」
と優しく送ってくれた。
放課後
「あのー…」
スカートの代わりにジャージを履いている女生徒が手芸部室に顔を出した。
「どうしたの?」
女子部員が対応を始めた。
「
「まだ来てないわね」
「そうですか…」
少し表情が曇る女生徒を見て、女子部員は気になった様子で
「どうしたの?」
と問いかける。
「えっと…前、綾香さんにスカートの金具を直してもらうことになってて…」
おずおずと破損した金具を見せる女生徒。
「そうなんだ。ならわたしが預かっておくよ」
「いいの?ならあたしは教室にいるから、届けてくれるよう伝えておいてくれる?」
「いいわよ」
軽いやりとりで、スカートを受け取った。
「マネージャーがやろうとしたことか…もし、これをわたしが直したら副部長は褒めてくれるかな?」
そうつぶやいて、女子部員はミシン机の前に座って作業を始めた。
「はぁ…吉間くんの件はなんとかしないと…」
ため息混じりに部室のドアを開ける。
ガヤガヤしてるけど、とりあえず副部長に出された課題に四苦八苦している部員の姿を見ながら席につく。
輝が課題を出して、課題に音を上げた部員のケアも輝がやっていることは知っている。もちろん輝目当てで気にかけてほしいという下心があることも。
少しずつ、部活らしくなってきている手応えを感じるけど、どこか浮足立っているのが気になる。
言うまでもなく浮足立つのは輝がいるからなのは確認するまでもない。
いつものとおり、副部長から出された課題はちゃっちゃと終わらせて、あたしの自己課題に取り掛かる。
「彩音…」
「どうしたの輝?」
ふと声を掛けてきた輝。
今になっては輝を取り囲んでのじゃれ合いは鳴りを潜めているから、輝はこうして部員を見て回る余裕ができている。
ちょいちょいと指差して、背を向けた。
何かあったんだ…。
少し
輝が足を止め、指差した方向を見る。
「あっ!」
見ると、女子部員の一人がスカートの金具部分と周辺の布をボロボロにしてもなお、リカバーしようと弄っていた。
あのファスナー、色が制服標準のものと違う。前にあたしが付け直したものであることを証明していた。
「あなた、なにやってるのよっ!?」
「こっ、これは…わたしが頼まれて…」
目が泳ぎつつ言い
「これはあたしがファスナーだけ直して、金具は後日直すって約束したものよっ!なんてことしてるのっ!?こんなボロボロにしてっ!!」
見ただけでわかる。金具周辺の布はすでに毛羽立っていて、単純に金具を付ければいい状態とは程遠くなっていた。
あたしはスカートをそれ以上破壊されてしまわないように取り上げた。
すぐに生地の状況を確認して、修繕作業を開始する。
「はい、みなさん!手を止めてください!」
部長が手をパンパンと叩きながら部室全体に通る声を張り上げた。
一瞬にして部室内はシーンと静まり返り、部長に視線を注ぐ。
「本日は新しい仲間を紹介します」
え…?
まさかこの時期に入部希望者がいるのっ!?
輝の追っかけじゃなくて!?
「入っていいわよ」
部長がドアの向こうへ届くよう声をかけた。
スラッ
吊り下げ式の金属製ドアは、音も少なく静かに開け放たれて…ドアから入ってくるその姿を見たあたしは
うそ…でしょ…?
その人は教壇のあたりまで歩を進めて、みんなに向き直る。
「本日より
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