第10話:きづかれちゃった
「…え?」
「もしかして、あれを見て告白の返事を決めたのかな?」
「えっと…その………ごめんなさいっ!」
あたしは目線のやり場に困って左右に泳いだ後、深々と頭を下げる。
そんなっ!まさかあのおばあちゃんが吉間くんに乱暴されていたのは、おばあちゃんに一方的な非があったのっ!?
理由も確認せず、勝手な思い込みで判断していた自分がすっごく恥ずかしいっ!今すぐ消えてしまいたいっ!
断った後、変わらず柔らかなコミュニケーションを取ってくれたのは、吉間くんの自然体なままだったからなんだ…。
カフェの窓際席で吉間くんが乱暴してるのに気づいてすぐ外に出たけど、姿がなかったのは警察に連れて行ったからなんだ…。
周りの人はそんなこと知らなかったから、聞いてもはっきりしたことがわからなかったんだ…。
吉間くんは優しく、確かにあたしを思ってくれていた。
勇気を出して告白してくれたけど、あたしが返事を保留にした。
その保留にした僅かな間に、吉間くんはスリを現行犯で捕まえた。
そうと知らずに、あたしは勝手におばあちゃんを乱暴にするようなろくでもない人だと思い込んだ。
あたしがその乱暴される側に回ってはいけないと、ごめんなさいした。
けど吉間くんは、全然乱暴する人なんかじゃなく、断った後も柔らかにあたしと接してくれた。
疑問に思っていたこと全てがつながった。
単なるあたしの勘違い。早合点。思い込み。
告白の返事という重要な判断に迫られていた焦りから、確認という肝心なことを省いてしまった。
「そっか。きっと良い返事がもらえると思ってたけど、あれを中途半端に見られたから断られたんだ。あーあ、タイミングが悪かったな」
「ほんとに、ごめんなさいっ!」
このことは責められても、怒られても文句言えないよね。
ふわっとした吉間くんの空気は、この期に及んでも変わらない。
「なら改めて…」
「だめ…今はもう…だめ…」
あたしは
「どうして?」
俯くあたしに突き刺さるほどの視線を感じる。
穴が空いてしまいそうなくらい、鋭い視線が。
「前に『ごめんなさい』する理由になったあれが、あたしの早とちりだったのは、とても言い訳できることじゃないわ…でも、あの時と今はもう…違うの…だから、ごめんなさい」
ふっと顔が緩む。
「そうか、俺にもまだチャンスがあると思ったんだけどね」
さわ…
頭を軽く撫でてくる吉間くん。
知らない人や好感を持っている人以外だったら嫌だけど、吉間くんに撫でられるのは全然嫌じゃない。
「幸せになってね。彩音ちゃん」
優しい
どこまでも柔らかで、優しい吉間くん。
いっそのこと、二人の態度が逆だったら良かったのに。
一度はOKしようとした彼の気持ち。
けど今のあたしは、輝しか見えてない。
こんな気持のままでは、吉間くんと付き合ったとしても傷つけるだけ。
だからしっかりと断らなきゃ。
これ以上、間違いを重ねないように。
「ということがあったのよ~」
「それは確認しなかった彩音が悪いでしょ」
家に帰って、
吉間くんに改めて告白されたことを話してみた。
「というか、あたしは全然信じなかったわよ。吉間くんが
「でもあんな血相変えておばあちゃんに食いかかってるところを見たら、誰だって勘違いするわよ」
「だったらあたしが見たことにして、代わりに聞いてくるって手もあったんじゃない?」
ぴしっ
思わずあたしは固まってしまった。
そうだ…そうすればよかったんだ…。
「彩音…もしかして…」
「あーもーっ!何やってたんだろあたしっ!」
「思いつかなかったのね?」
電話越しでもわかる呆れた声。
「で、あの時の彩音だったら、吉間くんがよかったの?仮に吉間くんと付き合ってたとして、その後で輝と出会ったらどーなったの?」
そんなのわからない。
けど茉奈が聞きたいのはそんなことじゃない。
「今は、輝がいい。仮に吉間くんと付き合ってたとして、どうなったかまでは自分でもわからないけど、輝は選ばないと思う」
「なるほど。どっちも捨てがたいのね。けど吉間くんを選ばなかったのは彩音だよね」
わかってる。
片方を選ぶということは、もう片方を選ばないということ。
まだあたしのことを思ってくれている吉間くんのことは嬉しい。
でも運命の
「うん、今更あの頃に戻れるわけじゃないし、それは仕方ないことだと思う」
あの時に断ったのは、あまり後ろめたい気持ちがなかった。
勘違いとはいえ、相手への印象という断る理由がはっきりしてたから。
けど今日改めて断ったのは、とても悪いと思った。
彼の気持ちを改めて知って、それでもあたしの気持ちが輝に向いてるから。
吉間くんに非が無いことがわかって、前に断った分の罪悪感まで積み重なってしまった。
「いっそ吉間くんと付き合っちゃえば?」
「そんなのできないよっ!こんな気持ちのままじゃ絶対に傷つけるっ!」
茉奈の一言に、あたしの心は大きく揺さぶられた。
確かに今のままじゃ輝はあたしと向き合ってくれないことは分かってる。
そして吉間くんの場合は、あたしの気持ち一つで付き合える。
もっと早く勘違いに気づけていれば、今頃は…。
で、仮に輝に絡まれても多分振り向かなかった。
「彩音は結局ど~したいの?」
「そりゃ…輝がいいよ」
「なら早く告白しちゃえばい~のに」
「それが邪魔されて…」
ハッ
気づいて言うのをやめたけど、遅かった。
「誰に?」
しまった…口が滑った。もうごまかせないか。
今日、たまらず告白してしまったことを茉奈に話した。
「ついに言ったんだ!?」
「気持ちが高ぶってつい…」
「でもひどいよね。人の告白を盗み聞きしてたうえに、返事の確認を邪魔するなんて」
「そうなのよ!ひどいよねっ!」
「
何があってそうなったか、原因はわからないけどわかったこともある。
誰かのせいだってことは紘武が口を滑らせたことで判明した。
自分から女の子の体に触れることを恐れている。緊急時を除いて。
引き返すなら今のうち、なんて言われたけどもう遅い。
それよりもなんで最初は『告っちまえ』と
あたしが軽い女と思われてたのはカチンときたけど、輝は真剣な気持ちを受け止められないと聞いた。
輝に何があったんだろう…?
紘武は輝との付き合いは長そうだから、色々知ってるんだろうな。
その紘武に聞いてもはぐらかされるばかりで教えてくれない。
直接聞けって言われたけど、とても聞けない。
多分、輝にとってすごく繊細なことなんだろうな。
あたしだって、本人が知られることを望まない過去については、本人の了解なしじゃ黙ってることにすると思う。
だから…直接は聞けない。
傷を
「あたしが聞~てみよ~か?」
「紘武に?無駄だと思う」
「ううん、輝に」
「えええっ!!?」
思わず
「だって彩音、これじゃいつまで経っても聞けないままでしょ?」
「ううっ…」
「あと吉間くんには、彩音の気持ち伝えておくね」
「茉奈っ!ちょ、ちょっと待ってー!!」
なんか茉奈、突然行動的になってきている気がする。
それもこれも、あたしがモタモタしてるからだよね。
「今の彩音、見ててイライラするわよ。そんなんじゃなかったよね?」
「絶対だめーっ!!」
「じゃ~ど~するの?」
「いろいろなことがありすぎて頭が追いついてないのよっ!」
少しでも時間を稼ぎたくて、混乱していることにした。
「なら整理しよ。彩音は今、輝が好き」
「うん」
「吉間くんは好きだった」
「うん」
「紘武は輝の過去を知ってるけど教えてくれない。さらには輝に聞けと言ってた」
「うん」
「彩音は輝の過去を知りたい」
「うん」
「なら決まりね。輝に直接過去を聞いて、吉間くんに気持ち伝えとく」
「だからやめてーーーっ!!」
時間稼ぎしようとしたあたしの目論見は一瞬で打ち砕かれた。
「なんでそう急がせるのよっ!!」
「なんで煮え切らないの?」
うっ…そこを突かれると…。
「それは…」
「納得いく返事が無いならそ~するね」
「吉間くんとは終わったのっ!そっちはもう触らないでっ!」
「なら輝には聞~ておくね」
「ダメだって!」
「ど~して?」
茉奈がいつになく…というよりも初めてだな。こんなにプッシュしてくるの。
「だって…聞かれたくない話かもしれないじゃない」
「なんで彩音がそれを決めてるの?」
だめだ…手強い。
もう押し問答状態になってる二人。
引き下がらない茉奈を納得させられる理由を探した。
けど輝本人に確かめたわけではないから、あたしの言い分は単なる憶測や意見になってしまう。
明らかに分が悪い。
「分かったわよ。あたしが聞くから茉奈は口を出さないで」
本当は聞きたくない。
けど変なスイッチが入っちゃった茉奈に暴走されるくらいなら、いっそのことあたしがうまく誘導してあげればいいと思った。
二人きりで、それとなく匂わせるように聞いて、それで反応を見て引き際を決めることにしよう。
しかし…。
「ならお昼に三人で一緒の時に聞こ~よ」
げっ…こう来たか。
「輝とは同じ部活だし、二人きりになることも多いから、その時に聞くわよ」
「輝に対しては逃げ腰な彩音に聞く勇気あるの?」
うう…痛いところ突いてくるわね。
「………わかったわ。二人きりで聞くなら条件を…」
「却下」
嫌な予感がしたから内容も聞かず、すぐに却下するけど…
「なら直接聞~ちゃおっ!」
「やーめーてー!わかったわよっ!条件って何っ!?」
こうなるともう、あたしが折れるしかなかった。
「その様子を盗聴…じゃなくて録音し…」
「警察呼ぶわよ」
全部言い切る前にすかさずツッコミを入れる。
結局、どんな話をしたか教えるということで落ち着いた。
茉奈って時々変なスイッチ入るんだよね。
見ていて危なげない感じではあるから放っておいてるけど。
うーん、輝にはどう聞こうかな…。
回りくどくても面倒だから、ズバッと聞いちゃうかな。
朝、やっぱり茉奈が昨夜の件に突撃してきた。
「彩音、わかってるわよね?」
「わかってるわよ…」
ジト目で茉奈を見るけど、茉奈は変なスイッチが入りかけてるのか平然としている。
思わず口を滑らせてしまったことを、今更ながら後悔していた。
あいも変わらず、隣のクラスは輝を見に来るギャラリーで賑わっている。
手芸部員の顔もちらっと見える。
「期限は今日中ね」
はあ
どうせここで反発しても「なら今すぐ聞いてきちゃう」と言い出すのは分かってたから…
「わかったわよ。聞けばいいんでしょ!?聞けばっ!」
もはやヤケクソ状態。
お昼は普通に輝が同じ席へやってきた。
昨日の告白がまるで無かったことのように、輝の態度が全く変わらないのは寂しさを感じてしまう。
一方茉奈はスイッチが入る様子はなく、ホッとしていたけど…茉奈が切った期限がじわじわ迫ってくる重圧を感じざるを得ない。
聞くなら放課後、部活の間かな…。
お昼が終わって教室に戻る。
次第に
茉奈のこの行動力、セコいいじめをやめさせる方向で発揮してくれればいいのにな。
午後の授業は毎度のことながら睡魔との戦い。
下手に逆らおうとするより、少し寝てしまえば楽だったりする。
放課後になって、部活の時間。
「ひぁっ!」
部室に向かっている途中で輝とばったり。
「よ、部室に向かってるのか?」
「う…うん」
変に意識してしまって、少し緊張しているあたしの様子に気づいたのか、輝は
「どうしたんだ、彩音?」
ここで聞かずに避けてしまうのは簡単だけど、輝のことだから心配してくるに違いない。幸いというか、あたりに人の気配はない。だったらいっそのこと…。
「ねぇ、輝」
「なんだい?」
「…その…紘武から輝に直接聞くように言われたんだけど、輝が女性と向き合えないのって…過去に何があったの?」
っ!?
あたしは見逃さなかった。
いつもにこやかな輝の顔が、固まったほんの一瞬を。
やっぱり聞いちゃダメなことだったんだっ!
「ごめんっ!今のなしっ!!」
両手で目の前の何かを押しのけるような仕草をして、輝を静止する。
いたたまれなくなったあたしは、そのままその場から離れるため輝に背を向けて駆け出そうとした瞬間…。
すぐそこの曲がり角の影に…
「吉間…くん?」
もしかして、今の…聞かれちゃった!?
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