第8話:それでもとまれない
本気で、責任を取ってくれてるんだ…。
輝が、あたしのいる手芸部に入ってきてからは、ほんとぐちゃぐちゃだった。
入ってきた人たちはみんな輝目当てで、部活としてほとんど動いてなかった。
どこまで本気なのかわからないけど、あたしの部活に対する姿勢をしっかり聞いてくれて、輝が入ってからぐちゃぐちゃになった部分を、少しずつ直していってくれて…直していくうちに、ついてこられないでいる部員のケアまで…そんなとこまで言ってないのに、輝が自分で動いてくれてる。
あたしが輝に求めた、手芸部をどうしたいのかという言葉には、こう答えた。
「一人ひとりが、作品づくりにしっかりと取り組むこと。あなたが副部長になったうえで、ね」
そこに、部員のケアなんてことは一切触れてない。
今思うと、かなり意地悪な要求だったと思う。
誰を対象に、なんてもちろん、部員の数や、作品点数や、いつまでといった、具体的なことは一切なしで、
考えることを放棄して、放り出すかと思ってた。
輝が副部長に決まってからは、部の活動方針にあたしはほとんど口を出してない。
備品管理や消耗品の管理はやってるけど、変えることじゃなくて、維持することに専念している。
人が増えて、変わってしまった部を変えているのは、輝…。
口先だけじゃなかった。
それも、あたしに見せつけるようなこともせず、裏でこうして手を回して…。
もし、ここで見なかったら、どうして部員が戻ってきたのかも知らず終いだった。
感極まったまま教室に戻る。
あたしの言ったとおりの部活ができつつある。
実際、部に残ってる人たちはしっかり作品づくりをしている。
もちろん輝と一緒に過ごす時間というアメがあるからだろうけど、それでも実際に変わった。
前はちっとも信じてなかったけど、今なら信じられる。
あたしの見ている世界を、輝も見ようとしているって。
そこまであたしのことを…。
好き
輝のこと、もっと知りたい。
独り占めしたい。
あたしだけを見てほしい。
他の誰にも、取られたくない。
「彩音、なんかい~ことあったでしょ?」
「え?」
茉奈に話しかけられた。
「楽しそ~な顔してる」
「そう?」
「で、どっちから告白したの?」
はぁ
「カマかけたつもりでしょうけど、まだよ」
少し呆れた口調で返した。
「でも、いずれは
「どうかな」
確かにこのままなら、あたしは遠からず
けど、あたしは
輝はやめておけ、なんてどういうことなんだろう?
最初に顔を合わせたときは、さっさと告っちまえなんて煽っておきながら、今になってやめておけと言い出す。
この矛盾はどう説明がつくんだろう?
紘武にあの言葉の意味を聞いても答えてくれない。
どうやら輝の過去に関係しているらしいけど、その内容は見当もつかない。
もう一度、問い詰めてみるかな。
このままじゃ進むも退くも踏ん切りがつかないまま時間が過ぎるだけ。
紘武のいるクラスに足を運ぶ。
「紘武、ちょっといい?」
「あンだ?あの件なら何も言うことはねーぞ」
「いいから来てよ」
あたしは紘武の襟を掴んで席を立たせる。
「わーったよ。自分で歩くから離しやがれ」
席を立つ紘武。
「チビのくせに
黙ってデコピンを食らわせたのは言うまでもない。
確かに30cm近い身長差があるけど、あの言い方はさすがに頭きたわ。
教室の外に連れ出して、紘武と向かい合う。
「やっぱりあれのことは教えてくれないんでしょ?」
「聞くまでもねーだろ。これで何度目だ?」
そう。
何度も何度も聞いてみたけど、結局一度も答えてくれていない。
だから、気にかかっていることを別の角度から確認してみることにした。
「紘武と最初に会ったのは学食だったよね。その時はさっさと告っちまえって言ったよね?」
「あー確かに言ったな」
「それなのに、なんで今になってやめとけって止めに入るのよ?」
これが一番気にかかっていることだった。この心変わりはどうしてなのか。
「………どーせ今までの奴らと同じ
ピキッ
軽い…女…?
ここで思いっきり食いかかってもいいかなと思ったけど、まだ疑問が残っているから、と思いとどまった。
笑顔が引きつっているのを自覚しつつ、言葉をつなげる。
「へー、あたしは重たい女と思われてるんだ?」
「輝は別に
面倒臭そうな顔をして答える紘武。
「輝はなんで女の子と真剣に向き合えないの?」
「そりゃーあいつに…」
言いかけてハッと口をつぐむ。
なるほど、原因となった誰かがいるわけね。
「誰?」
「さーな。なンの話だか」
あら、ガードが固くなっちゃった。
まあいいわ。原因がぼんやり見えただけでも十分よ。
最近、あたしは部活が楽しみで仕方ない。
洋裁をやるのはもちろん楽しい。
けどそれ以上に、輝と一緒の時間を過ごせるのが楽しみになってる。
輝の追っかけをイヤがってたあたしが、今度は輝を追いかけ始めてる…。
人のこと…言えないな。
部活に出てくる人は、明らかに減った。
けど、日に日にその数を回復しつつある。
裏で輝がケアしているから、ということはわかってる。
本当に責任、取ってくれてるんだ。
それに引きかえあたしは…何かしてるんだろうか。
輝が他の部員と話をしているだけで、胸が苦しくなる。
勝手に嫉妬してる。
他の人に、優しくしないで…。
あたしだけを見て…。
とはいえ、部活の中ではあたしはみんなに当たっただけに煙たがる人が増えてしまった。
アヤアヤ呼ばわりする人が増えた。この呼び方の意味を知らないはずの人までもが。
おまけに輝との関係を疑われるおまけつき。
最初は嫌々関わってたけど、今じゃすっかり輝のことが気になって仕方ない。
なにかに打ち込んでいるときはともかくとして、少し頭をぼんやりさせると、思い浮かぶのは輝のことばかり。
あたしはお手洗いに向かう。
「あなた、手芸部の人?」
「そうだけど」
ふと声をかけられた。
「お願い、ちょっと来て!」
連れられて行った先には、しゃがみこんでる女子がいた。
「どうしたの?」
「それがね…」
腰のあたりを抑えている、しゃがみこんでる女子。
「ああ、わかったわ」
手芸部を頼る。立てない理由を考えれば、答えは一つだった。
スカートの留め具を破損したんだ。
あたしはポケットからスナップピンを取り出す。
一瞬、しゃがみこんでる女子の顔がこわばった気がした。
面識は無いけど、あたし自身はそこそこ有名だったりする。
言いたいことはハッキリ言うことを繰り返しているから。
「少し、じっとしててね」
スナップピンを、スカートの腰部分に通す。
「それ、直せるわよ。いったんジャージに着替えたら?」
「ほんとっ!?助かるわっ!」
スカートの留め具を破損した女子の教室へ行く途中、どうしてこうなったのかを聞いてみた。
呼びに来た女子が転びそうになって、慌てて掴んだのがスカートだった。
強い力がかかって、留め具とファスナーを派手に壊してしまったらしい。もうファスナーはひっかかって上げ下げのどちらもできなくなっている。
ジャージに着替えた女子は教室で待っていてもらうことにした。
あたしはスカートを受け取り、手芸部室に戻る。
「完全にダメね」
留め具とファスナーは破損がひどく、交換が必要だった。
幸いなことに、生地のダメージは少ない。
迷っている暇はない。
すぐにファスナーと留め具の替えを用意して、作業に取り掛かる。
まずはかみ合わせ部分がバカになっているファスナー。
いつものとおり糸切りバサミでファスナーを外す。
在庫しているファスナーから、長さが一番近いものを選ぶ。
手縫いで軽く仮止めしてからミシンをかける。
30分かからずにファスナーは交換した。
「あとは留め具か…」
これはかなり厄介だ。
金具がかなり変形している上に、新品を取り付けるには縫い合わせの分解に手間取る。時間があればいいけど、一時間で直す約束をした以上はどう考えても時間が足りない。
仕方ない。ペンチで補正するか。
裏返りかかった金具をペンチの先端で慎重に戻す。
15分ほどかけて金具はなんとか見られる程度には修復したけど、一度曲がった金具は癖がついてしまい、長期間の利用には耐えられないことは明らか。
「ま、応急処置としては上出来かな。いったんこれで返そう」
部室を出て、スカートを届けに行く。
この部室での作業を、輝は女子部員に囲まれつつもちらっと目線を送って見守っていた。
「ええっ!?ほんとに直ったの!?」
「金具は応急処置で、いつ壊れるかわからないから、また持ってきて。金具だけ直すのに多分一時間くらいはかかるわ」
「わかったわ」
スカートを履き終えて返事をする女子。
「直すのがアヤアヤだったから心配だったけど、すごいね。ありがとう」
…この子たちもあたしを煙たがる人だったんだ。
「それじゃまた持っていくから、よろしくね。彩音さん」
ん?呼び方が変わった?
この呼び方を変えたことには意味があるのかな?
部活も終わり、今日はあたしと輝が在庫チェックの担当をする。
「彩音」
「何?」
「今日は誰のスカートを直してたんだ?」
あれ、見てたんだ…?
「一年の女子よ。転びかかった人が思わず目の前のスカートを掴んで、そのまま壊しちゃったみたい」
「それは大変だったろ?」
「直し自体は大したことなかったわ。時間が足りないのが一番きつかったかな」
一時間でできることなんて
「他の部員もそれができるようになるといいな」
「そうするのは副部長である輝の仕事でしょ」
「そうだったな」
二人で在庫チェックを始める。
「針は…よし。糸…だいぶ減ってるかな」
初日の「ザルに水」なチェックが嘘みたいに、ほとんどのものが合っていた。
一日で減る量はたかがしててる。
その程度のズレはあるものの、週末の締めチェックがぴったり合ってることに、軽く感動を覚えた。
「みんな、だいぶ慣れてきたようだな」
「うん、そうみたい」
きっと、輝が何か裏でしてるんだ。
「ねぇ輝…」
「なんだ?」
あたしは輝と真正面に向かい合う。
「みんなを、どう変えてきたの?」
「…なんのことだかわからないな」
「知ってるんだからね。きつい課題に
少し眉を上げた。
「なんだ、見られたのか。別に大したことじゃないだろ」
「大したことだよっ!あたしそこまで思いつかなかったっ!あの時、あんなこと言って、輝を試してたっ!きっと
「当然のことをしてるだけさ」
「そうかもしれないけど、あれ…本気なんでしょっ!?あたしと同じ世界を見たいって」
ふっ、と顔を緩めた輝。
「信じてないだろうなとは思ってたけど…もちろん本気だよ」
あたしを同じ世界を見たい…。
それって、あたしの気持ちに寄り添いたいという意思表示。
相手を知りたいという気持ち。
最初の印象は最悪だった。
見もせずに、チャラ男と決めつけて、あたしには縁の無い人だと思ってた。
見ず知らずのあたしに、さり気なく手を差し伸べてくれて…それが輝だった。
存続が危機的だけど、それでも平和な手芸部に入ってきて、部の空気を引っ掻き回して、いっその事追い出そうかと思ったけど、どうせ辞めるなら懲りてほしい。
そう思って、意地悪な要求を出したけど、あたしの予想を軽く超える行動で、本当にいい方向へ向かってる。
あたしはなぜか部のマネージャーで、輝は副部長…。
適度な距離を置いて、少しでも遠ざけようとしたけど、輝に嫉妬深くなるあたしがいることに気づいてしまった。
もう…これ以上自分を抑えきれない
ダメ…
云っちゃ…ダメ…
でも、抑えきれない…
「輝…好き…」
「やめとけって言ったろ」
えっ!?
弾かれるように振り向くと、部室のドアには紘武がいた。
「いつから…そこに…」
「輝、ちょっとこいつ借りてくぞ」
ぐいっと手を掴まれる。
「紘武っ!離してっ!」
グイグイと引っ張られ、部室の外へ連れられる。
「紘武。人の邪魔して、どういうつもり?」
「黙ってみているつもりだったけどな、お前…傷つくぞ」
真剣な顔であたしを見る。
「どういう…こと?」
「輝は…女と、真剣に向き合えねーンだ」
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