第7話:ほんきになっちゃうよ

「あたしがマネージャーって、寝耳に水なんですけどっ!?」

「今初めて言ったんだから、そりゃそうでしょ」

 意地悪な笑みを浮かべる部長。

「そもそも手芸部にマネージャーなんて要るのっ!?」

「これだけの人数をまとめるの大変なんだから必要でしょ。それが副部長を引き受けてくれる条件にされてたしね」

 うー…こんな不意打ち、卑怯だよ…。

 責任取れって言ったけど、あたしまでこんな形で責任取らされるなんて…。

 何を考えてるの?ひかる…。

「あたし、マネージャーやりますっ!」

「いえあたしがっ!」

 一部の女子部員が立候補を始めた。

「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ。でもマネージャーやってもらうのは彩音あやねに決めてるから、みんなは部活に専念してね」

 っ!

 あたし…特別扱いされてる…?

 さすがに本人からこう言われちゃ、立候補者が出るはずもない。

「ではマネージャーも決定ということにします。綾香あやかさん、お願いね」

 黙った部員からの視線が痛い。


「輝、ちょっといい?」

 あたしは輝と話をしなくちゃならない。

 お手洗いに出た輝を追いかけるようにして呼び止める。

「あたしをマネージャーにするって、どういうつもり?」

「副部長が特定の部員と仲良くしてるのはまずいだろ?だからマネージャーにしておいて、いつも話してるのが自然な状況にしたわけ」

 あっ…。

 そういうつもりだったの…。

「それと、本当に責任取るつもりなの?」

「僕は本気だよ。その質問の意図は何?」

「…ちょっと重荷を背負わせれば、すぐ逃げ出すかと思ってたから」

「安心した。いつもの彩音あやねだ」

 輝はそのままトイレに入っていった。


綾香あやかさん、ちょっといいかな?」

 女子部員三人が絡んできた。

 はぁ。

 どうせ輝のことだろうな。

 そのまま少し奥へ行き、あたしは三人に囲まれる。


「あなた、新宮しんぐうさんの何なわけ?」

「なんであなたばっかり目をかけられてるのよ?」

「なんか怪しいのよね」

 口々に詰問きつもんしてくる三人。

「そんなの、あたしが一番知りたいわよ。何か知らない?」

 実際、輝の考えることはわからないことだらけ。

 素直に問いかける。

「あくまでとぼけるつもり?」

「マネージャーって言うけど、ちょっとしめちゃう?」

 ガシッと胸ぐらを掴まれる。


「そこまでだ」


 声のする方を見ると、輝がそこにいた。

 ただし、優しい顔ではなく、ギッと睨みつける目をしている。

「ふっ、副部長っ!!?」

 パッと胸ぐらを掴む手を離して姿勢を正す三人。

「三人に聞く。今は何の時間だ?」

「…部活…です」

「なら今、マネージャーに何をしていた?」

 厳しく問いただす輝。

「………」

「…今回は見逃す。部室に戻るんだ」

『はいっ!』

 返事をしてすぐ、そそくさと小走りする三人の後ろ姿を見送る。

「輝…」

「勝手にマネージャー指名して悪かったな。時間はかかると思うけど、少し我慢していてくれ」

 そう言って、優しい微笑みであたしの頭を撫で…ようとした瞬間、輝がハッとしたような顔で固まる。

 すぐ真顔に戻り、手を引っ込める。

「部室に戻ろう」

 微笑んだと思ったら、クルッと身を翻して歩き出す。


 気になる…。

 輝、何かがある。

 キスしようとしてやめたり、抱きしめようとしなかったり、撫でようとして固まったり。

 でも、あたしからキスしようとした時は…あたしがやめなければそのまま…。

 まるで自分からの体の接触を拒絶しているような…。

 どうして…?

 でも手当ての時は迷わず触ってきたよね…。


 偶然通りかかった人影は、そこの見えない角に隠れたまま、このやり取りを見守っていた。


「それじゃ、部室の消耗品在庫チェックは毎日持ち回りでやります。二人一組になってください」

 部活の時間もそろそろ終わり。

 家庭科室をそのまま借りている以上、学校の分と部活の分は別々に管理しなくちゃいけない。

 手芸部存続においてはかなり重要な作業。

「彩音さん、あたしと…」

「マネージャーは僕と組むからいいよ。部長は他の雑務に追われるから…」

「気遣いありがとう。でもやるからいいわ」

 あたしは自動的に、輝と組むことにされた。

 こういうのも見込んで、あたしをマネージャーに…?

 でも、他の部員は…仕方ないか…。


「それじゃ、お疲れ様」

 在庫チェックの手順をざっと教えて、今日担当の二人に挨拶して帰ることにした。


「ねぇ、副部長とマネージャーって怪しいよね」

 在庫チェックの二人は部室でチェックを進める。

「だよねぇ!?」

「なんかあたしたち、マネージャーの前じゃオマケみたいに扱われてない?」

 在庫表をペラっと一枚めくる。

「するするっ!」

「絶対なにかあるよね?」

「なら、あと尾けてみよっか」

「今から?それはどうするの?」

「こんなのてきとーに書いておけばいいって。毎日やるって話だし」

 そう言って、書きなぐりのようにチェック表を埋めていった。

「あらら…もう完全に見失っちゃったか」

「5分は大きかったわね。もういいよ、尾けるのは明日にして帰ろう」

「そだね」

 二人はそのまま駅に向かう。

 忘れ物を教室へ取りに戻った輝は途中で追いつき、この二人の後ろ姿を見ていた。


 翌日。

 あたしはいつもより1時間早く登校した。

 先生に家庭科室の鍵を借りて、部屋に入る。

 在庫チェック表を手に取り、あたしは一人で在庫チェックに取り掛かる。


 はぁ…。


 予想したとおり、しっかりチェックできてない。

 使い切りかけたものがあるのに、使ってないような書き方のまま変わってなかったり、針が一本無くなってたりするのに、本数が変わってない。

 チェックがほとんどザルに水だわ。

「よっ、朝練おつかれさん」

「輝っ…!」

 思わず記入ボードを後ろ手に隠してしまう。

「何か問題でもあったか?」

「………別に何も…」

 ツカツカ寄ってきて

「ほいっ」

 後ろ手に隠していた記入ボードを取り上げる。

「ちょ…」

 コツン

 記入ボードの面で、あたしの頭を軽く叩いた。

「ま、予想したとおりだったな」

 一瞬見ただけでわかる。あたしは赤ペンを入れていた。

 その赤ペンで違うところがあちこちにあったから、サッと眺めるだけでわかるはず。

「言ったろ。責任取るって。お前が一人で抱え込む必要なんて無いんだ」

 見透かされてる…夕方だと輝が残ってる可能性があるから、朝早くに出てきてチェックすればいいと思ってたけど、それすら読まれてた。

「こんなこと、毎日続けるつもりか?」

「ある程度の期間は…仕方ないと思うわ」

 目を逸らして返事する。

「彩音」

 呼ばれて、輝を見る。まっすぐと。

「この件は僕が預かる。君は口を挟むな」

「…どうするつもり?」

「部員の指導は、副部長の仕事だ」

「ならあたしがっ…!」

 目の前が手のひらで覆い尽くされる。

 輝の大きな手。


「副部長命令」


 っ!

 そう言われちゃ、何も言い返せないじゃない…。

 思わず、輝の胸に飛び込んでいった。

「彩音…?」

「お願い…少しだけ、こうさせて…」

 体の距離はこんな近いのに、心の距離はなぜか遠い。

 こうして胸に飛び込んでみて初めて分かる。

 輝は…あたしのことをどう思ってるの…?


 気まぐれで早く登校した人影が、校庭から遠目にこの様子を見ていたことに、あたしたちは気づかなかった。


「で、今日はどーしたのよ?」

 朝に顔を合わせるなり茉奈まなが察して聞いてきた。

「もぉいろいろありすぎていちいち言う気しないわ」

「どうせ輝がらみでしょ?」

「輝というよりも、副部長ってとこかしら」

「副部長?なにそれ」

 少し面倒な部分は省いて、茉奈に昨日のことを説明する。

「そっか、輝が来てからぐちゃぐちゃになったのを、輝に直してもらうってことね」

「ま、そんなとこ」

「それで、輝との恋はどーなったのよ?」

 意地悪な笑みを浮かべて聞いてくる茉奈に、あたしは少しうんざりする。

「もう、よくわかんない。部活のゴタゴタよりもあたしの心がよほどゴタゴタしてるわよ」

 もし、屋上であのままキス…してたら…どうなったんだろう?

 どうもならなかったのかな…。

 何よりショックだったのが、密着しても距離を感じたこと。


 休み時間になったら、いつも隣が騒がしくなるけど、今日の騒がしさはちょっと違ってた。

「何かあったのかな?」

 あたしは2-Bの教室を見ると、いつもいるはずの輝がいない。

 そっか、だから騒がしさが違ったんだ。

 ………まさか。

 昨日の在庫チェック担当は確か1-Cの二人だったはず。

 気がつくと1年のフロアに足を向けていた。

 思わず足を止める。

 輝の声がしたから。


「二人とも、昨日は在庫チェックありがとう」

「いえ、新宮しんぐう先輩のためならっ!」

 すでに輝は部員を呼び出していた。

 階段を上ろうとした途中、踊り場にいるみたい。

 声がよく響く。

「ところで、今朝チェックしてみたんだけど、結構ズレが出てたんだよね。何か知らないかな?」

 1-Cの部員二人は顔を見合わせる。

「いえ、何も」

「本当に?」

 念を押す輝。

「はい」

「君たちは本当に仕事が早くて助かるよ。昨日、僕は教室に忘れ物を取りに戻ったからみんなより5分程度遅く帰ったんだけど、そうしたら二人の後ろ姿を見かけたんだ。声はかけなかったけどね」

『っ!?』

 声にならない声を上げる二人。

「で、この在庫チェック表のズレ、本当に心当たり無いかな?」

 少し沈黙する。

「ごめんなさい。ほとんどチェックしてませんでした」

「次回はしっかり頼むね」

「はい」


 まずい。

 話が終わったら輝がくる。

 あたしは階段を降りようとしたそこには

「よっ、彩音」

紘武ひろむ…なんで…?」

「彩音?」

 階段を降りてきた輝に見つかってしまった。

「ちょうどいい。さっきの話聞いてたよね?やっぱりチェックしてなかったようだ。二人は反省してたみたいだから、しばらく様子を見よう」

 輝はそのまま階段を降りて、2年の階へ降りていった。

 気まずくは、ならないで済みそうだけど…なんだろう。この不安感。


「彩音、少しいーか?」

 場所を移して話をする。

 休み時間がギリギリだから、早めに切り上げないと。

「お前、輝に気持ちは伝えたンか?」

「ううん。口じゃ伝えてないけど、気づいてると思う」

 紘武は部活で三人に詰め寄られた時や、朝に見た抱き合ってる姿を思い出す。

「時間がーから、これだけ伝えとくわ」

 一呼吸置いた紘武が口を開く。

「あいつは…輝はやめとけ。今ならまだ間に合う」

 えっ…?

「それって…どういう…」

「休み時間はあと一分切った。早く戻ンぞ」

「ちょっと!」

 あたしも後を追うように小走りで教室に向かう。

 途中で紘武は教室に飛び込んだ。


 あ~、聞きそびれちゃった。

 キーンコーンカーンコーン…。

 本鈴が鳴った。

 気になるけど、また聞けばいいか。


 あれから数週間が経ち、衣替えした。

 紘武の言葉の意味は、まだ聞き出せてない。

 聞いてもはぐらかされて終わってしまう。


 在庫チェックの件は、毎週末にあたしがこっそりやることにして、ひとまずは落ち着いた。

 けど、それ以上に気になるのは、部員のほぼ半数が退部届も出さないまま部活に出てこないことだった。


 職員室にへ行くため、渡り廊下へ向かった。

 あっ、輝がいる…誰かと話してるのかな?

 ついこっそりと角に隠れて聞いてしまう。


「最近、部活に出てないようだけど、何かあったのか?」

「だって部活の課題がキツすぎるから…」

 輝が話をしている女子部員がすねたような声を出す。

 やっぱり、本気度の違いが出てきたわね。

 副部長体制になってから、出てくる部員がほぼ半分になっちゃったけど、だいたい予想したとおりだわ。

「すまないね。僕も課題が少しキツいことはわかってる。だけど学園祭では、演劇部や、クラスの出し物や舞台をやる時に、こっちへ服や小道具の製作依頼がよく来るらしくてね、その時までに部員の質を少しでも上げておかないと、その時がきつくなると思うんだ。部のためにも、そして僕のためにも、もう少し続けてみてくれないかな?どうしてもキツくて続けられそうにないなら、まずは僕に相談してほしい」


 ドキンッ!


 何っ!?

 僕のために…って、そんなこと言われたら…。

「新宮さん…はい…あたし、もう少し頑張ってみる」


 嘘でしょ…輝が…来なくなった部員を説得してる…。

 確かにあたしは、部をめちゃくちゃにした輝に責任取れって言ったし、輝が部に入ったのは、あたしと同じ世界を見たいからと言ってた…。

 実際に、副部長体制ができてからは、あたしが思い描いてたのとは少し違うけど、緊張感が出てきたし、部員の目が前と違ってきた。


 輝…本気で、責任を取るつもり…?

 誰のために…何のために…?

 もしかして…あたしのため…?


 きゅうぅんっ!


 胸が締め付ける想いに駆られる。


 輝…あたし…あたし…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る