第4話:なんなのよ
で、結局こうなるのね。
部室の家庭科室は、十分あるはずの椅子が足りなくなる状態になり、学校に丸イスを借りることで落ち着いた。
いや、あたしは全然落ち着かないんだけどね。
数日前。
「それほんとっ!!?」
輝が入部希望という発言に部長が食いついた。
部長の目がキラキラと輝いている。
………その期待は輝本人へ向けて?それとも部員確保のエサとして?
「いや待って」
あたしは止めに入る。
「何をよ?」
けど後のことを考えるといろいろ心配がある。
「いくつか確認があるわ。あたしに任せてくれない?」
「いいけど…」
部長には盛り上がっているところ悪いけど。
「輝、手芸部に入ろうなんてどういうつもり?」
「僕自身帰宅部だしさ、何か始めようかと思ってね」
「なんで手芸部を選んだの?」
「体育会系は性に合わなくて」
結構合ってそうな気がするけどね。スポーツ万能って噂だし。
「だったら吹奏楽部でも園芸部でも科学部でもいろいろあるじゃない」
「ここはラクそうだしね」
「全然楽じゃないわよ。時々生徒がボタン直しや破け直しに来るし、学園祭の前なんて服や小道具を作る依頼のラッシュよ。たいてい納期厳しいし」
「強いて言うなら、
かあっ。
思わず顔を赤くしてしまう。
「ばっ、ばっかじゃないの!?部活はそういう基準で選ぶものじゃないわよ」
「えー?重要だと思うけどな」
「もしかして二人って付き合ってるのっ!!?」
部長が声を張り上げて割り込んできた。
「バレちゃった?実はそうなんだ」
さらっと肩に手を回そうとしてくる輝。
「そんなわけないじゃない。というか部長、話がややこしくなるから入ってこないでくれる?」
輝の手を払い除けながら言った。
「詳しく話を聞かせてもらいましょうかっ!!」
部長が輝の手を引っ張って、奥に連れて行く。
「あのー、あたしの話がまだ終わってないんですけど…」
「こっちの話が大事よっ!!それと入部は決定ねっ!!」
「ちょ…」
「部長権限で無条件承認っ!!」
「こらーっ!!
で、今に至る。
心配したとおり、輝を追っかけて入部した人が押し寄せてきて、部室の家庭科室は人で
ひとクラスをまるごと受け入れる余裕のある教室は、椅子が足りないほどまでに部員が増えた。
「はは…手芸部…完全復活よ…かつてない活気が…」
部長が軽くトリップしている。
ま、輝がやめたら元に戻ると思うけど。
ちなみに掛け持ちはどの部にもカウントされない。
そのため、人数はこのとおりだけど、実際の部員カウントは20程度だった。
それでも部活としては十分な人数になって、静かだった手芸部の活動は見る影もなく、もはやお通夜状態が懐かしいほど
唯一だった幽霊部員もしっかり輝のそばに行ってる。
はぁ。
あたしはこれを心配してたのよ…。
これじゃ部活にならないじゃない。
多勢に無勢だけど、もう我慢ならないわ。言うだけ言わせてもらう。
バンッ!!
両手で思いっきり机を叩く。
一斉に静まり返って振り向く部員たち。
「あなた達!騒ぐのはいいけど、もう少し静かにしてっ!!さっきから見ていれば、自分で何かを作るわけでもなくただ集まって盛り上がってるだけじゃないっ!!ここへ何しにきてるわけっ!!?」
全員の視線を受けて、少し痛いくらいに突き刺さる。
「部員同士のコミュニケーションはとても大切よ!それくらいはわかってる!けどこれは度が過ぎてるわ!!集中して取り掛かる人の身にもなってみたらどうなのっ!!?」
「何あれ、輪に入ってこられない
「こんなので新宮さんの気を引こうって思ってるの?」
「なんかいい子ぶってない?」
部員たちは思い思いに言いたいことを言ってくれる。
これくらいの言い返しがあることくらい分かってた。
「まあまあ、
部長が仲裁に入ってきた。
「部長はどう思ってるんですか?このまとまりないたまり場になってる今を」
ギッと思わず睨みつけてしまう。
わずかに怯む部長。
「部員が一気に増えてしまったから、とりとめのない状態になるのは問題かもしれないわね。それは今後解決していくことだと…」
「ならどうするんですかっ!!?」
困った顔をする部長。
けどあたしの
「綾香さん、そんなに焦らないで。これだけ急激な変化なんだから、じっくり時間をかけて…」
「みんな、迷惑してるみたいだから、もう少し静かにしような」
騒音の原因が声を上げた。
『は…はいっ!』
散々騒いでいた女子部員たちが、一斉に輝の呼びかけに返事した。
イラッ!
こうして輝が結局事態の収拾に介入してきたけど、それが余計に納得できない。
やっぱり、もういいわ。
部員数確保はあたしも重要な位置づけにしてるけど、質の伴わない人数は作品作りの見積もりを間違えやすく、邪魔になるだけ。
部長には気の毒だけど、輝には部を辞めてもらう方向であたしが動くとするかな。
もちろん増えた部員のほとんどは輝目当てのため、そっちに人だかりができている。
あたしは人だかりができてないところに座ってミシンペダルを踏む。
今作ってるのは家で使う分のつもりでいる帆布のトートバッグ。
長方形に切った布の短辺を縫って、折り返して縫った反対側同士を合わせて、長辺を縫って裏表をひっくり返せば袋は完成する。
後は持ち手を作って終わり。
持ち手は市販の厚手布テープを縫ってもいい。
「おーい、彩音。ミシン糸の
ざわっ!!
「解くならあたしがっ!!」
「あっ、ずるーいっ!」
「あたしも」
「あたしがっ!」
何このカオスぶり。
輝もあたしの呼び捨て、いい加減にやめてほしいわ。
「ありがとう。でも綾音に教えてほしいから、また今度教えてくれるかな?」
爽やかに断った輝。
ここで言い合ってもよけいややこしくなるだけだわ。さっさと済ませておこう。
「はいそこ。向かいの席あけてね」
「ごめんね、そこ座らせてあげて。それと、彼女にちょっかい出さないでね」
『はーい』
右ならえとばかりに輝に返事する部員一同。
「それと彩音。ちょっかい出してくるひとがいたら教えてね」
「はいはい」
さっさと済ませてバッグ作りに戻るつもりだった。
あたしは向かいに座り、縫い合わせの部分を確認する。
「で、この下の布を巻き込んで縫った分をほどけばいいの?」
「それで頼む」
布の端はほつれやすい。
内側へ三つ巻きにしたミシン縫いをやってたみたいだけど、三つ折りにしたとこに、下の布を巻き込んで縫っていた。
「まず縫い終わりでも途中でもいいから、解き始める場所を決めるの」
糸切りバサミを取り出し、縫い終わりのところに出ている糸を切る。
「で、一度切った部分を広げる」
縫い合わさった布の端を掴んで外側へ引っ張る。
「交差する糸が出てくるから、その糸を切って、また広げるように引っ張る」
あたしはカッターナイフに持ち替えた。
「カッターでやると楽だから少し早くほどけるけど、布を切らないように注意して」
ふと後ろでひそひそ話が微かに聞こえた。内容はわからない。
「ねぇ、やっちゃおうよ」
「まずくない?
「大丈夫。ね」
「んー、手元がよく見えないなぁ」
斜め後ろにいた女子部員が身を乗り出す。
「押さないで」
どんっ。
「痛っ!」
バランスを崩した後ろの女子部員が押し返した反動で、あたしの背中に接触する。
手元が狂ったあたしは、カッターの刃で指先を切ってしまった。
「彩音っ!!」
ガタッと輝が席を立って、あたしのもとに駆け寄ってくる。
ガシッ
輝はあたしの手を掴んで傷を確認する。
「結構深くやったな」
傷口あたりの指の付け根を指でギュッと絞り、それ以外の指であたしの手を掴んで引っ張る。
「保健室に連れて行く」
輝は掴んだ手を、あたしの頭より高く上げて引っ張っていく。
「騒ぎになるからみんなはついてくるなっ!」
そう言い残して部室を後にする。
「逆効果…だったかな」
わざとぶつかった女子部員がつぶやく。
「ちょっと輝、これくらい自分で行けるって。足を折ったわけじゃないし」
「半分は僕のせいだ。責任は取らせてくれ」
何の責任よ…。
ほどなく保健室に着く。
コンコンコン
返事がない。ただのしかば…じゃなくて、ただの留守か。
「失礼します」
輝がドアを開ける。
「誰もいないか」
処置机に向かい合って座る。
輝が指を絞る手を離すと、じんわりとまだ血が出てくる。
ギュッと絞られてたから気づかなかったけど、今になってジンジンと痛みが走り始めた。
「ちょっと我慢してくれよ」
そう言って、紙テープを手に取る。
輝が指で絞っていたところに紙テープを貼り付け、引っ張りつつ指に巻いていく。
「何してるの?」
「一時的に血の流れを止める」
きつく締め上げながら、テープを2~3周させる。
「あまり血を止めすぎると
「うん」
消毒の綿をピンセットで取り出して、傷口に当てる。
「っ!」
消毒の痛みと、切った痛みが重なって伝わってくる。
ピンセットで四角い綿を折りたたんで、傷口に当てる。
その上からテープを巻く。
そこまですると、輝は処置を終えたのか、あたしの手を掴んだままじっと手を見る。
かあっ
今まで意識してなかったけど、手が触れてるっ!
思わず顔が赤くなる。
「キレイな手だな」
「そっ、そんなことないわよ…」
「こんなキレイな手に、傷が残ったら…やだな」
ドキッ!
反則よ…その一言。
「で、いつまで手を握ってるのよ」
「止血がうまくいったか確認してるだけだ」
じわ、と傷口を覆う脱脂綿に赤いシミができていた。
チャラい男って思ってたけど、実はとても気がつく人なのかも。
つなぐ手…じゃなくて、掴まれてる手から伝わってくるぬくもり。
筋ばっているがっしりしたその手に、とても安心してしまう。
あたしの手に目線を落とすその伏し目を見ていると、胸が高鳴ってくる。
ドキ…ドキ…ドキ…
やだ…この胸の高鳴り、手を通して伝わったりしないかしら…。
「ん?」
目線があたしに向くと、心臓が飛び跳ねるようだった。
「このテープを外して、血が止まらないようだったらしっかり手当てをうけてね」
「処置は終わったんでしょ?戻りましょう」
思わず顔を赤くしながら、ごまかすように促した。
部室に戻る廊下を歩く。
その背中を見ていると、キュンと切ない思いが胸を締め付ける。
部室に戻ると、輝はすぐ女子部員に囲まれた。
囲まれている姿を見ていると、どこか寂しく感じてしまう。
輝に手当てしてもらったこの指を、大切なもののように握り込んで、保健室で見たあの顔を思い出す。
「それじゃお疲れ様」
「お疲れ様」
挨拶を済ませて、活動を終える。
「彩音、ちょっといいか?」
「うん」
手招きする輝の呼びかけに、素直についていこうとする自分がいて少し驚く。
「で、話って何?」
輝に連れられた先には、手芸部の女子部員二人が先に待っていた。
ひとけのない場所。
「二人とも。何か言うことは無いか?」
二人の前に立つ輝の斜め後ろにあたしがいる。
「別にないけど」
一人が答える。
「本当に無いのか?」
「無いわよ」
もう一人が答えた。
輝は黙ってあたしの怪我した指のある左手を掴んで、二人の前に掲げる。
「もう一度だけ聞く。本当に言うことは無いか?」
神妙な面持ちで輝が問う。
「………」
二人の顔が強張り、黙った。
まさか…。
「気づいてないと思ったか?」
「ねぇ輝、なんの話?」
「本人の口から聞くといい」
輝はあたしの求めることを答えなかった。
とん
二人のうちの一人が、肘で合図する。
二人が顔を合わせる。
「ごめんなさい。その怪我、わざとやりました」
揃って頭を下げてきた。
「えっ?」
「
「と、いうことだ」
もしかして、あのひそひそ話は…。
「でも教えてっ!新宮さんは、綾香さんと付き合ってるんですか?」
「いいや。付き合ってないよ。けど…」
ひと呼吸おいて
「僕にとって、彩音は特別なんだ」
ふわっと優しい笑みを浮かべて言う、その言葉。
ドキンッ!
「だから、二度とこんなことするなよ。次は許さない」
呆然とする二人をよそに、輝はあたしの頭を撫で…ようとして固まった。
「じゃ、気をつけて帰んなよ。おつかれさん」
輝は、全然チャラくなんてない。噂とは違う。
でも…だったらなんで、あたしと茉奈だけ…呼び捨てするの…?
特別って…どういう意味?
頬を染めてぽやんとするあたしを置いて、輝は行ってしまった。
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